第二十九話 傷つき傷つけ愛う者達Ⅰ――風の音、彼女の音
が、がが……っ、ガガガガガッガガガガッガガガガガガガガガガッガアガガガガがッッッ………………フッ――
――戦況報告、その二。
現在十五時二十七分。『ユニーク』の介入により『ネバーワールド』内にて発生した戦闘と、その結果を報告します。
※追記:十五時八分以前の戦闘については、戦況報告その一を参照。
十五時八分頃。天風楓と寄操令示の戦況に大きな変化あり。天風楓の精神を揺さぶり、拮抗していた戦況が大きく崩れた結果、寄操令示が圧倒的優位に立つ。
十五時十分頃。泉修斗と咀道満漢の戦闘にて、泉が咀道と直接的接触を確認。泉修斗の身体の一部が咀道によって“食される”。
※追記:被験体〇五〇〇二の神の力『万食晩餐』の効力確認。処理能力、許容限界量共に基準値への到達を確認。スペックは申し分ないかと。
十五時十二分頃。天風楓と寄操令示の戦闘に暫定的な決着。寄操令示は勝利を確信し、天風楓を残しその場を離脱。
ほぼ同時刻。『始祖四元素』シャルトルとスカーレが合流。さらにそのまま薄衣透花と接触。戦闘開始。
十五時十六分。泉修斗と咀道満漢の戦闘に決着。アトラクション『バタースピン・デッド☆コースター』の崩壊と共に、暫定的に泉修斗の勝利。咀道満漢は行方不明。
※追記:こちらは至急捜索を開始。現在、無事に被験体〇五〇〇二――咀道満漢の回収に成功。
十五時十八分。シャルトル、スカーレ、薄衣の元に寄操令示、続けて泉修斗が合流。しかし寄操は戦闘に参加せず、三対一の状態で戦闘が再開される。
十五時十九分。野呂伊草が背後から高見秀人の奇襲を受け、背後から心臓を破壊され死亡。
十五時二十五分。高見秀人と寄操令示が接触。直後、高見秀人が裏切り、同人物の不意打ちによって戦闘開始。終始主導権を握り圧倒的有利と思われた高見秀人でしたが、高見が殺したのがダミーであることが発覚し形勢逆転、戦闘は現在も続行中。
なお戦況はいぜn……じっ、ジジジッッッ!! ガガジジジズズッザザザザザザザッザザザザザザザザザザッザqザザザザッザザザザッザザザザzッ――エラー――エラー―――緊急……たい……生。致命……き、は……ん…………………………………………………………ッ
☆ ☆ ☆ ☆
大きくごつごつとした巌のような掌が、数多の虫の中に紛れた監視用の小型マシンを握り潰した。
「……『シーカー』。いや、“探求者”。まさかとは思うが、ここから先、何もかもがお前の思い通りになるとか思ってねえだろうな?」
☆ ☆ ☆ ☆
PM ??:??:??
limit ?:??:??
「はっ、はっ、はっ、はっ」
規則的な足音と荒い呼吸が連続する。
綺麗に整備されている路面の所々が捲れ、剥がれ、破損している。中には巨大な瓦礫が道を完全に塞いでしまっている所もあった。
足元を流れる景色はそんな風にどこかちぐはぐで、まるで違う時代の同じ場所のパーツをかき集め、無理やりに元の形にはめ込んだみたいな印象を与える。
そんな風景の中を膝を前に突き出すようにして前に進む。
自分が思ったよりも身体の動きは鈍重で、頭の中のイメージと一致しない事がもどかしい。もし想像通りの動きを実現させられていたとしたら、今頃ネバーワールドを三周は回っている頃だった。
疲労がたまっている事が嫌でも自覚させられるが、それでも今の勇麻にできる事はひたすらに走り続ける事だった。
目指すはパーク中央のエリア本来の目的地であった『マーガリンフォレスト』。バラバラに飛ばされた後も、仲間たちはそこへ向かったハズだ。ならば、人が多い所にいけば高見もそこにいるかもしれない。
ここ一か月、何かにつけて走ってばかりだなと思う。
これだけ走っていれば、体力の衰えや体重の増加に気を使う必要は無さそうだ。
そんな益体もない事を考えた。
本当に益体もない、考え。きっとこれも現実逃避なのだ。心の何処かは怯えていて、それを表に出さない為の反応なのだろう。
恐怖は悪ではない。
恐怖を感じるのは人として当たり前の事で、それを乗り越えようとする心が、勇麻に力を与えてくれる。
恐怖に抗い立ち向かおうとする心こそが勇気。勇気と恐れは表裏一体。
大事なのは、逃げずに立ち向かおうとする事。恐怖から逃げない、という心。
勇気の拳も、きっとそれを分かっている。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
ならばこの場合の恐怖とは何だ。
勇麻が恐れる物とは何だ。
自分の死?
確かにそれだって怖くないと言えば嘘になる。けれど、それよりもなお恐ろしい事は自分の知らぬ間に大切な人達を失ってしまう事だった。
傷つけられることすら、我慢ならない。
大切な人達の命が不当に脅かされる事。
東条勇麻は、それが何よりも恐ろしい。
「はっ、はっ、はっ」
そのあり方は、もしかしたら歪んでいるのかもしれない。
自分の命よりも、究極的には赤の他人である友達の命の方が大切だと言っているような物なのだから、そう思われようとも仕方がない。
けれど、彼らがいなくなってしまった世界に。自分の大切な人達がいなくなった世界と言う物に、勇麻は生きていく価値を見出す事が出来るとも思えないのだ。
手がかりなんてどこにもない。
『マーガリンフォレスト』に高見がいる保証もない。アリシアや楓に泉、シャルトル達四姉妹がどうなっているのかも分からない。
勇麻が眠っている間に何が起こっているのか、アリシアや楓はどこにいるのか。起爆虫はどうなったのか。高見に敗れたと予測されるシャルトル達の安否は。制限時間と残りの敵の人数は。
何もかも分からない事だらけで、だからこそじっとしてなどいられない。
以前繋がらないスマホをポケットにねじ込み、東条勇麻は人を探して一心不乱に走り続ける。
目につく建物の扉を開け、また走り、また扉を開けて、また走る。その繰り返し。
中には人質達が集められている建物もあり、勇麻は自分達の背負う物を改めて痛感させられた。
怯えた人々のこちらを見る瞳には絶望と恐怖、そして外に出ている人間がいる事への困惑と怒りのような物まで感じた。
視線が胸に刺さる。後ろめたさと罪悪感を感じて、けれど弁解もせずに無言で扉を閉じた。
心に痛みはあるが、こんなところで立ち止まる訳にもいかない。
そんな思いで非難の視線を振り切り、再び走り出す。心につっかかる拭いようのない罪悪感が確かな爪痕を残すのにも構わずに。
焦る心とは裏腹に『ユニーク』のメンバーにも、仲間たちにも巡り会えない。
嫌な予感ばかりが浮かび、その度に首を横に振って妄執を振り払う。
気づけば勇麻の足は、本来の目的地だった『マーガリンフォレスト』の土を踏んでいた。
不意に足が止まるが体力切れを起こした訳では無い。かと言ってそこで静止した理由を述べろと言われても返答に窮してしまう。
要するに“何となく”。第六感というヤツだった。
立ち止まった勇麻の視線は、乱立する建物のうちの一つに吸い込まれていた。
重厚なデザインの扉を開け、中に入る。どうやら古めかしいデザインの劇場のようだった。
エントランスから通路へと抜け、入口と同様に大きな扉に手を掛ける。
重々しい音と共に、視界を塞ぐ仕切りが開いた。
おそらくはネバーワールドのキャラクターによる演劇のような物を上映していたのだろう。数百人は収容可能な緩やかな段差になっている客席と、大き目のステージが勇麻の眼前に広がっている。
ただ、座席の一部が根こそぎ破壊されていたり、天井の照明が剥離し落下していたり、ここにも破壊の魔手は広がっている。
光源は当然の如く死んでいるが、天井に僅かに空いた風穴から漏れる薄光が、申し訳程度に窓の無いホール内を照らしている。
差し込んだ陽光の軌跡に照らされた埃が、ダイヤモンドダストみたいにキラキラと輝いていた。
破壊の後に残る、一種の穏やかささえ感じる静止した世界。
時代に取り残され、忘却の果てに荒廃した世界に迷い込んだような錯覚に陥りかねない光景だ。
ひゅるひゅる。
(風の音……?)
爆風の衝撃波によって飛び散った破片によって壁に穴でも生じたのだろうか、隙間風の音が耳に残る。
ひゅるひゅる。
(違う……。これは……)
隙間風、ではない。
違う。そうじゃない。
直視しなければいけないのは、そんな事じゃない。
どこか幻想的にすら感じるこの光景も、隙間風の音も、何もかもがどうでもいい。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
自分の息が荒くなっている事に、今更のように気が付いた。
勇麻の視線は扉を開いたその瞬間からステージ中央に釘付けになっており、一度たりともそこから離れていない。
正確には、どんなに努力しても目を離せない。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!?」
勇麻の動揺を反映してか見開いた瞳が激しく揺れ動いていた。
脂汗がとめどなく額を流れ、荒い呼吸はいつの間にか過呼吸にまで悪化している。
ステージ中央。
まるでスポットライトみたいに漏れ出た陽光を浴びて、一人の天使がポツン立っていた。
それは、勇麻がその身を案じ心の底から会いたいと願っていた少女だった。
それは、かつて勇麻がずっと味方でいる事を誓った少女だった。
それは、勇麻にとって大切な、幼馴染の少女だった。
それは、それは、それは、それは――
――天風楓という名の優しい少女だった。
「か、えで……?」
心臓が早鐘のように脈打つ。
勇麻の本能が頭が痛む程の危険信号を発している。
どうしてこんなにも嫌な汗が流れ出るのか分からない。だって、あんなにも望んでいたハズだ。あんなにも心配していた少女が、こうして五体満足な姿で目の前に立っているのに、それなのに。
どうして声すらも出ないような恐怖と絶望に呑み込まれなくてはならないのだ。
震える身体を奮い立たせるように、二の腕を全力でつねった。
痛みに無理やり身体を動かし、沸き立つ恐怖を押し殺す。
「楓、なんだよな……?」
恐る恐ると言った感じで尋ねて、勇麻はステージに向かって階段をゆっくりと降りる。
俯くようにして佇む楓の表情は、角度的にも勇麻の今いる位置からでは見えない。
さらに段差を下る。
「い、いやぁ、良かったよ。無事、だったんだな。は、ははは。俺もさっきから皆の事探してたんだけどさ、まだ誰にも会えてなくて」
無理やり絞り出した妙に明るい声は、調子っぱずれた違和感丸出しの物になった。
それでもどうにか作り笑いのような物を浮かべて、体裁を整える。
意識し過ぎた笑い声は寂れたホール内に反響し、もはや乾いた響きしか生み出さない。
「それで、本当に皆の事が心配で心配で、あぁ、でもこんな事を泉の前で言ったら『お前なんかに心配される程柔じゃねえ』とか言われそうだけどな……。でも良かった、本当に楓が無事で――」
「――逃げて」
え? と自分の言葉を遮った少女の台詞に、勇麻は思わずそう聞き返していた。
楓はもう一度、切羽詰まった何かを堪えるように震えた声で言う。
「お願い。お願いだから……わたしから、逃げて」
「な、何を言ってるんだよ。楓。今は、冗談言っている場合じゃ……」
「いいから早くッッ!」
ありのままの感情を突き刺すような少女の悲痛な叫びに、ビクッ! と、勇麻の身体がお化けに怯える幼子のように震えた。
瞳の揺れ幅が大きく、激しくなる。
止まらない。身体の震えが、脂汗が、嫌な予感が、止まってくれない。
碌な言葉も返せず、その場で狼狽するしかない勇麻。それを見かねてか表情を隠すかのように俯いていた楓が、その顔を上げた。
視線が合う。
その瞬間、勇麻の脳裏に稲妻よりなお鋭い衝撃が走った。
「嘘、だろ……」
ふるふると力なく首を横に振るう。
数歩後ずさるようにたたらを踏み、その場で膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
そこにあったのは、見るも無惨な姿に変わり果てた幼馴染の少女の姿だった。
涙を流し過ぎて真っ赤に腫れ上がった瞳。その懇願するような瞳が勇麻に「ここから逃げて」と訴えかけているのが分かる。
楓の柔らかで色素の薄い肌のすぐ下を、ナニカが蠢き、這いずり回っている。そのナニカが蠢くたびに、血管が醜く不気味に盛り上がり脈動し、少女の可愛らしい顔を歪に歪めていく。
痛みを必死に堪えているのか、凄まじい量の脂汗が少女の頬を伝って顎から滴り落ちる。
そして少女の周囲を護衛するかのように、半透明のボディを持った不気味な虫達が耳障りな羽音を響かせて浮遊していた。
「勇麻くん、お願い。お願いだから、わたしの話を聞いて……。ここから、逃げてよぅ」
少女の縋るような懇願さえも、勇麻の耳には届かない。
そこにいたのは現実を直視しようとしない、哀れな紛い物の英雄の残骸だった。
「そんな、嫌だ。やめろ、やめてくれ……」
「勇麻くん、アリシアちゃん。泉くん。皆、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
繰り返し呟かれる嗚咽混じりの赦しを乞うその言葉が、勇麻にはまるで呪詛のように思えた。
ひゅるひゅる。
耳障りな風の音がさらに激しさを増す。
ホール内の空気の流れが明確な意志を帯び、ある一点へと全ての流れが収束されていく。
束ねられた風に意思が与えられそれは役割と形を得る。
背中には力の象徴たる『竜巻の翼』、彼女を覆うは絶対無敵の『風の衣』。
風に髪を靡かせ、天使のようなその少女は新たな戦場に君臨する。
枯れ果てる程の涙を流してきたであろう少女は、その瞳に余りにも悲痛な涙を浮かべて勇麻を見て、
次の瞬間。
天風楓の姿が勇麻の視界から掻き消えた。
「――!?」
否。
背中に接続された竜巻の翼をはためかせ莫大な推進力を得て、音に迫る挙動で勇麻の懐深くへと急接近していたのだ。
気が付いた時には致命的な間合いへの侵入を許していた。
「――ごめんなさい」
少女の身体とすれ違うような形。
耳元で、途方に暮れた迷子の子供のような声がしたのを勇麻はただぼんやりとした頭で聞いていた。
ビュワッッッ!!!
勇麻の鳩尾に優しく触れるように置かれた掌から、凄まじい勢いの竜巻が生じ、吹き荒れた。
それは少年の身体をいとも簡単に吹き飛ばし、激しく回転しながら宙を舞う勇麻は、砲弾の如くスピードで劇場の壁に叩き付けられた。
ハエ叩きを喰らったハエの気分を味わいつつもそのまま壁からずり落ち、数メートルは距離のある床に落下。
背中を打つ衝撃に無理やりに息が吐き出される。
全身を襲う激痛に意識が飛びのき、酸素を失った身体では叫び声を上げる事すらできない。
うまく息が出来ない。
肺が酸素を求めて喘ぎ悲鳴を上げる。
気管に明らかな異常、喉元にせり上がってくる異物をどうにか吐き出し気道を確保した。
吐瀉物かと思ったそれは、予想以上に真っ赤な色をしていた。
荒く吐く息にさえ血の赤が混じっているような錯覚を覚え、痛みに視界が歪む。
咳き込みつつ、荒い呼吸を繰り返す。
たった一撃で命を削り取られるような、そんな圧倒的な力量差がそこにはあった。
それでも何とかふらふらと頼りなく揺れる上体を起こし顔を上げる。
視線の先、勇麻の守りたかった少女は滂沱の涙に顔を歪ませていた。
もう認めるしかなかった。
天風楓の身に何が起きたのかを。
少女の身体はどうしようも無い程に、寄操令示の虫達に蝕まれていた。意識を残したまま身体の制御を乗っ取られ、自分以外の意志に従って動く身体を前に、でも彼女にはどうする事もできない。
力無く、己の無力さに苛まれるように事態を傍観するしかなかったのだろう。
自分の身体を好き放題に弄ばれる恥辱に、声を押し殺して耐えるしかなかったのだろう。
それはどれほどの痛みを彼女に与えたのだろうか。
どれだけの絶望だっただろうか。
勇麻には想像する事もできなかった。
でも少なくともそれは、一生癒えない傷を少女の心に刻みつけたハズだ。
(……まただ)
また守れなかった。
少女の願いも、優しさも、純粋な想いも、その全てが凌辱された。
勇麻が巻きこんんでしまったシャルトル達が高見秀人に敗北したように、天風楓もまた、勇麻に協力したが為に寄操令示と対峙し、そして敗北したのだ。
自分が呑気に惰眠を貪っている間に、心優しい少女が不当に傷つけられていた。
助ける事も、少女の危機にその場に駆けつける事もできなかった。
勇麻は自分に信頼を寄せてくれる少女を裏切ったのだ。
だからこそ勇麻は許せなかった。
「どうして、だよ。どうしてお前が謝るんだよ……っ」
堪え、絞り出すように口にした血の滲むような言葉。
勇麻の胸中に、どす黒く滾るように熱い何かが湧き上がる。
食いしばる歯の一部が砕け、鋭くなった歯牙が口内を切った。血の鉄さび臭い味を感じる。
憎かった。どうしようもなく憎々しかった。
大事な時に何もできない自分が。
皆が命懸けで戦っているときに、呑気に意識を失っていた自分が。
あんな大言を吐いておきながら、結局何もできない無力な自分が。
そして、勇麻の大切な物を次々と傷つけ奪っていく寄操令示が。
「お前に謝んなきゃなんないのは……俺の方だろうがよぉッ!?」
悔しい。目頭が熱を持ち、視界が滲む。
何が正義の味方だ。何が偽物の英雄だ。拳を握る理由? ふざけるな。大切な物一つ満足に守れもしない男が、何を一丁前にそんな物を語っている。思い上がりも甚だしい。
どうしてこんなにも何もできない。誰かを救うために立ち上がったハズなのに、どうしていつもいつも大切な何かを傷つけられるのを阻止できないのだ。
無力な自分が許せなかった。
一生味方であり続けると決めた少女があんな顔で何もできなかった勇麻に向けて謝罪の言葉を述べるのが、許せなかった。
悔しい。悔しい。悔しい……ッ。
自分の力の無さに、頭がおかしくなりそうだった。
しかし泣く事など許されない。
そんな被害者面をする事だけは、絶対に許されない。
「絶対に助ける」
だから、取り返さなければならない物を、取り返す。
自分のせいで起きた悲劇に、自分の手で幕を下ろす。
逃げることなど誰が許そうとも東条勇麻が許さない。
「俺がお前を、絶対に助けてやる!」
力の差は圧倒的。
勝敗など一目瞭然。
だけど、そんな事は勝負を投げ出す理由にはならない事を東条勇麻は知っていた。
心の底から湧き上がる想いに従い、東条勇麻は立ち上がる。
これまで戦いのように。
そしてきっと、これからの戦いのように。
――そう決意した少年の瞳がどこか熱に侵されたように異様な色を秘めている事に、当然の如く東条勇麻は気が付かなかった。




