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神ナリシ模倣者ト神門審判  作者: 高木カズマ
第三章 災厄ノ来訪者ト死ノ狂宴
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第二十七話 狂乱怒涛Ⅲ――頭に響く声

 深く深く。光の届かない闇の底へ、どこまでも落ちていく。

 まるで無重力空間を漂っているような、“確たる何か”が欠けてしまったような世界。

 光の届かない深海にも似た真っ暗な闇の中を、どこまでも沈むように落ちていく。

 

 ――お前は弱いな勇麻。

 

 声が響く。


 ――悔しいか、敗北が。恨めしいか、自分の無力さが。


 それは頭の中に直接、神経毒が回るように響き浸透する。

 

 ――弱さは悪だ。強くなければ正義じゃない。正義は勝つ、ならば負けたお前は何だ? 情に流され、綺麗ごとを尽して敗北したお前は、一体どの口で正義を騙る? なあ勇麻、教えてくれよ。


 どこかで聞いた声だった。

 いつかの戦場――


 ――それは黒騎士ナイトメアとの死闘を繰り広げたあの戦場であり。


 ――それは天風駆との激闘を制したあの戦場であり。


 そして、もっと昔。どこかで聞いた懐かしい声でもあった。


 けれど、それが何処であり誰であったか、記憶に靄が掛かったように思い出せない。

 勇麻はそれを確実に知っているハズなのに、記憶の金庫にはいつの間にか厳重な鍵が掛けられていて、それを開ける為のパスワードを勇麻は消失してしまっていた。 

 

(……俺は、何だ? 正義の味方じゃないなら、偽者にさえなれないなら俺は……一体何なんだ?)


 答えは分からない。

 それは、勇麻が長年、あの日から問い続けてきた謎かけでもあった。

 英雄に憧れ、しかしその英雄をその手で殺してしまった自分自身への答えの出ない問いかけ。

 東条勇麻という存在の根っこであり、未だ理解の及ばない未開。

 否、探し続ける未踏といった表現が正しいか。


 ――分からない、か。……まあ俺も、そこまで期待しちゃあいないさ。


 未だ東条勇麻という男は、己が何者であるのかさえも、見つけられないでいる。 


 そんな少年に声は尋ねる。


 ――勇麻、お前は敗北した。勝てるはずの場面で、お前は正義ではなく友情を選んだ。否、友情を信じて、そして裏切られた。……この結末を知ってなお、お前は自分の選択が正しかったと、胸を張ってそう言えるのか?


(……俺の選択。友達を失いたくないっていう、俺の我儘。……それが本当に正しかったか、どうか……)

  

 ――教えてくれ勇麻。お前は友達を守りたいのか、世界を守りたいのか。それとも“そこにいるハズだった憧れ”を――正義を守護しているのか。どれがお前の拳を握るに足る理由だ。何がお前を戦いへと誘う?

 

 拳を握る理由。

 戦う為に、必要な物。

 勇麻が探し求め、そして一時は確かに掴んだのだと、そう錯覚した物で、今はまたよく分からなくなっている、そんな不確かで曖昧な物。


(……確かに俺は、龍也にぃみたいな正義の味方になりたかったハズだ。でも今は……。いや、それでも“例え偽物でも俺が正義を代行しなきゃならない”って言う、その使命感にも似た思いからは、解放されることはないんだと思う)

 

 きっと、目の前で意味も無く理不尽に苦しめられている人がいれば、勇麻はその人を助けようとするのだろう。

 悲しみに嘆き、途方に暮れて助けを求める声を耳にすれば、勇麻はきっとその人の為に立ち上がるのだろう。

 東条勇麻という男は、正義の味方(なぐもりゅうや)の死後ずっとそういう生き方をしていたのだから。

 それがどれだけくだらない自己満足的な行いなのだとしても、染みついた習慣と思考回路は今更簡単に変えられるものではないのだ。


 ――ならお前は、お前のあの選択は……間違っていた、と?


 そういう意味では、あの時の東条勇麻の選択はこれ以上ないくらいに愚かだったと言えるだろう。

 頭ではどうするのが正しいかハッキリと分かっていて、その上で目前の敵への余計な情から敗北を喫したのだから。


 余計な物に惑わされるべきではない。

 悪は挫く物であり、憎むべき物だ。たとえそれが友達でも、否。友達だったからこそ、勇麻の手で引導を渡してやらなければならなかった。

 これ以上悪事に手を染める前に、終わらせてやらねばならなかった。


 でもできなかった。友達を、なくしたくなかった。あんなことがあっても、高見秀人との暖かい日常を夢想してしまったから。明日を夢見てしまったから。

 正義の味方としては、きっと落第点だ。

 何もかもが間違っている。


(……間違っていたんだと、思う。けど、それでも俺は、あの時一番正しいと思った事を選んだんだよ。俺は、きっとそういう心無い正義の機械に成り果てる事が、嫌だったんだ。怖かったんだ。友達を殺して、そうやって掴み取ったナニカなんて気持ち悪い物は、見たくなかった。例え友達だと思っているのが俺だけだったとしても、それでも。アイツは俺の友達だから)

 

 だから。


(だから俺は、それが間違いだと分かっていても、何度でも同じ選択肢を選ぶんだと思う)


 愚直で綺麗ごとにさえならないような、稚拙な戯言。

 あまりにも自分勝手で自己中心的な考え方だと自分でも思う。

 けれどそう答える事ができた自分に、勇麻はある種の安心感のような物を抱いていた。

 間違っていても、正しく無くても、愚かで浅はかでも、正義の味方にはなれなくても、東条勇麻がそうしたいと心の底から思える事。

 それこそが――その心の底から湧き上がる浅ましい子供のような感情こそが――拳を握るに足る理由なのかもしれない、と。そんな事には全く気が付かずに。

 それでも無自覚の安心感が腹の底にパズルのピースを嵌めるようにしっかりと落ちて行ったのだ。


 そんな嘘偽りのない言葉に、声が安堵の溜め息を吐いたような気がしたのは気のせいだろうか。

 

 ――……勇麻、確かにこの世界は残酷だ。理不尽に満ち、いまだに悲劇ってヤツはその幕の降ろし方さえも知らずにいる。けれど、俺達が思っている以上に世界にはまだまだ“救い”って物もあるみたいだぜ。


 声は、今までの試すような口調から打って変わって、厳しさと優しさを同居させて勇麻の脳裏に響いた。

  

 ――行って来い勇麻。俺の“希望”。お前なら、お前ならきっと……


 何かが勇麻を引っ張り上げている。深い水底から海面へと浮上するかのように意識が再覚醒していく。



☆ ☆ ☆ ☆ 

 PM 15:26:14

 limit 0:33:46


 

 ……何か、夢を見ていたような気がする。懐かしい声の、夢を。


 うまく焦点が定まらずピンボケしたような視界の中、投げ出されるようにしてだらしなく床に伸びる両手両足を何となく眺め、働かない頭は未だ睡眠を求めている。

 

(俺は……なに、を……?)


 何か、重大な何かを見落としている気がする。

 そう……こうやって目を覚ます前に確か……


「……………………っは!? 高見!!」


 ガバッと勢いよく跳ね起き、見開いた瞳で周囲を見渡す。

 人の姿などどこにも見当たらず、故に名前を呼んだ少年もここにはいなかった。

 瞬時に直前の記憶が蘇り、高見を止める事ができなかった自分に歯噛みする。

 しかしおかしい。

 蘇る記憶も、歯噛みする奥歯もある。

 友だったハズの裏切り者との戦い。両名の命を懸けた死闘に東条勇麻は敗北した。

 それはすなわち死を意味するのではなかったのか。

 高見秀人に敗北し、“死んだように眠っていた”東条勇麻は、思わず切り裂かれたハズの喉元に手を当てて、


「傷がない……というかこれ、血のりか?」


 べたりとした感触は、しかしどこか勇麻の知る血液とは異なっている。

 試しに少し舐めてみると甘い風味が口の中に広がった。少なくとも鉄臭い味はしない。おそらくは簡単に手に入る食品を利用して作成した血のりだ。

 さらには……。


「この針……まさか麻酔針?」


 気が付いたのは本当に偶然だ。勇麻の二の腕に蜜蜂の毒針のような、ごく小さな針が刺さっていた。

 よくよく目を凝らさないと気が付かないようなサイズだが、間違いなく人為的な人工物だ。

 こちらは推測でしかないが、致命傷を負った訳でもなく、他に目立った外傷も無い勇麻の意識を奪った物の正体はこれだとしか考えようがない。


「……」 


 状況は分かった。


 けれど、その意味までは分からない。

 勇麻の頭を疑問が埋め尽くしていく。今までの高見秀人の行動と今回の行動が噛み合わない。

 容赦なく拳銃の銃口を向け、あれほど勇麻を殺す気満々だった高見が、ここにきて気紛れで勇麻を助けたのか?

 それもこんな手の込んだ仕掛けを使ってまで? 


(……違う)


 それだとどうしても違和感が残る。

 気紛れで命を救うにしては、余りにも回りくどく、些かその方法に計画性がありすぎる。

 そこまで思案して、ふと電撃的にとある考えが勇麻の頭をついた。


「アイツ、まさか……ッ!」   

 

 嘘とブラフとハッタリは得意分野だと、彼はそう笑って言っていた。

 

 嫌な予感がする。

 もしも、だ。

 もし最初から、全てが高見秀人の掌の上だったとしたら。

 『ユニーク』も寄操令示も勇麻達も、その全てがあの少年に翻弄されているのだとしたら。

 高見の行動の全てが、勇麻達を戦いから早急にこの馬鹿げたデスゲームから脱落させるための物だったとしたら……。

 高見秀人が殺意すら乗せて放った攻撃の全てが、こちらの実力を的確に見定めた上で加減して行われた、『ギリギリ絶対に死なない一撃』なのだったとしたら。


 迷っている暇なんてなかった。

 考えている時間すら惜しかった。

 確証なんていらない。

 事実かどうかなんてどうでもいい。

 ただ、あの嘘付きでどこまでも調子のいい友達の身に危機が迫っている。それだけが分かれば後はもう充分だった。


「くそ! 他の皆も心配だってのにあの馬鹿野郎が!」


 怒りと喜び、喜怒哀楽がごちゃ混ぜに押し寄せ、どんな表情をすればいいのかもわからない。

 東条勇麻は気を抜けば潤んでしまいそうになる瞳を強引に拭い、どこか嬉しげに毒づきながら走り出していた。

 

 きっとまだ間に合う。

 無垢な子供のように、そう信じていた。

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