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jealousy


「ただいまー。」


貴斗の家から帰ってきてキッチンを覗くと、母さんが夕飯の用意をしていた。美味しそうな匂いが漂っている。


今日は肉じゃがか?


「あら、おかえり。」


俺の声に気づいて振り返った母さんにもう一度「ただいま」と言ってから、リビングを見渡す。


あれ?竜がいない。


いつものこの時間はここでゲームをしているはずなのに、竜の姿が無いことを不思議に思い、また目線を母さんに戻した。


「竜は?」


「もう帰ってきているわよ。そういえば、お昼に帰ったきり見てないわね。もうすぐ晩ご飯できるから呼んできてもらえる?たぶん部屋にいると思うから。」


「ん、分かった。」


寝てんのかな?


ってか、泊まりにいって昼に帰るとか早いな。せっかくの青春なんだからもっと遊んでこいっての。


あ、でも相手側が用事あったから帰ってきたのかなぁ。


とか思いつつ2階へ上がると、俺の部屋よりも手前にある竜の部屋のドアをノックした。


「りゅーうー。いるかー?」


呼んでみても返事がない。


本当に寝てるのかな?


「ただいまー…と。」


そっとドアを開ける。


隙間から覗くと部屋の中は暗くて、やっぱり寝ているらしい。


「おーい。竜、ご飯だぞ…っわ!」


ドアを半分くらい開けた途端、隙間から急に腕を掴まれて部屋の中へと引っ張られた。


いきなりの出来事に持っていた上着やら荷物やらを廊下に落としてきてしまった。


「ちょっ、何!?…ぶッ!」


そのままベッドに投げられて顔面からダイブした。


「つー…」


俺を部屋に連れ込んだ犯人は勿論竜だったわけだが、マジでビックリした!急に手が出てくんだもん!ホラー映画の何かかと思った…。



ってか、この状況は一体…?


体を仰向けにしただけでベッドに沈んだままの俺は未だに現状が把握できない。だって目の前に立っている弟が無言で見下しているだけなんだ。何だ?



まぁそんなことより、ぶつけた鼻が痛い…。


「ったく、いてーな。鼻が折れたらどーすんだよ。」


ツーンと痛みを感じる鼻を押さえながら竜を見る。


「…おい、どうした?」


いつもなら、「鼻が折れるほど高くないだろ。」とか、「むしろ折れた方が似合うんじゃないの?」とか悪態をついてくるくせに、今は真っ直ぐに俺を見下ろすだけで何も言ってこない。


なんだよ、無視すんなよ。

そんなに黙っていると、なんていうか…心配になるじゃんかよ。


投げられっぱなしだった体を起こし、ベッドから立ち上がろうと思った時、頭上から声がした。


「どういうこと?」


「…ぇ」


その声はやはり竜のもので、やっと口を開いたかと思ったら「どういうこと?」って。


いやいや、こっちが聞きたいからね!


でも、このなんとも言えない雰囲気で「何が?」なんて言えるわけもなく、口からは小さな音しか出なかった。


「母さんから聞いた。友達の家に泊まりに行ってたんだってね。」

「え、…ああ、うん。そうだけど。」


「誰、友達って。」


「…貴斗、だけど。」


一瞬竜の片眉がピクッと動いて、何かまずいこと言っちゃった?とか思ったけど、そんなこと無い…よな?


「ってか、さっきから何なんだよ。無言だから寝てるかと思えば急に手が出てきてベッドに投げられるしさぁ。おまけに無視までされちゃった俺、超かわいそ〜」


冗談口調で言いながらベッドに手を付き立とうとした時、


「分からない?」


「へ?ちょ、」


突然。


本当に突然、立っていた竜が俺に被さっきて、


「―――ッ!?」


そして立ち上がりかけていた体は今度は後ろ頭からまたベッドに埋まってしまった。


驚きに目を見開くと目の前には竜の顔のドアップで。羨ましいほどに長い睫毛で縁取られている瞳が悲しそうに揺らいでいるのが見えた。


と同時に唇に柔らかなナニカがぶつかった。



え…?何が起こっているんだ?



ホント、頭ン中真っ白になるってこーゆーことだと思う。



何してんだ俺たち―――。



一度ソレが離れたと思ったら、今度は俺の固く閉じた下唇にヌルッとしたものが当たった。


その瞬間、全身が一気に熱くなるのを感じた。



これは…キス、だ。



ガリッ



「――いッた!」


キスだと理解した途端、思わず竜の舌と唇をおもいっきり噛んでしまった。


さすがに痛かったのだろう。竜の唇は俺から遠ざかった。


「バ、バカかお前は!いきなり何すんだよ!」


心臓が痛いくらいに鼓動しているのが分かる。


落ち着け、落ち着け、落ち着け!


胸を押さえて呼吸を調えながら再び竜を睨み付けると、若干俯いていた竜の口から紅い滴がつぅ、とゆっくり顎に向かって流れるのが見えた。


「あ、血が…!ごめん、大丈夫か!?」


俺が噛んだせいで竜が怪我を…!早く手当てしなきゃ!


「ちょっと待ってろ、今ティッシュ持ってくるから。…ってかティッシュどこ?」


キョロキョロと部屋を見渡してティッシュの箱を探すと、力強く手首を掴まれた。


「…和希。」


「ちょっと待ってろって。」


「和希。」


「離せって…ッ」


手を離そうと目線を竜に戻すと、血なんか気にしていないというようにペロリと血を舐めとり、再び俺の名前を呼んだ。


それがやけに色っぽくて見とれてしまった。


こんな竜、俺知らない。


ゆっくりと掴まれた腕を引かれてベッドの上で抱き締められた。


微かに震えた声で「ごめん」と耳元で囁かれ、またキスされた。


今度は口の中に入ってきたものが竜の舌だってことを理解するのにそんなに時間はかからなかった。


さっきは拒絶できたのに、何故だか今はできなかった。


竜の声があまりにも儚くて、今にも消えてしまうんじゃないかって思ったんだ。あり得ないことなのに、そう考えたら体が動かなくなってされるがままになってしまった。


「っ…ん、ふ、」


クチュクチュと水気のある音がこの空間と脳内を支配する。


時折鉄の味が広がってくるのを感じる。


お互いの舌が絡み合って触れる一瞬一瞬が快感を呼び起こした。


初めてのキス。


それは今まで感じたことのない、深くて長くてなんだかあたたかいキスだった。




「――んッ!?」


何の前触れも無く、スルリと竜の左手が服の中に入ってきた。


「んー!んー!」


俺の抗議の声はキスのせいで言葉にならずにくぐもった音となっただけだった。


ってか、横腹を伝ったり、ヘソを弄ったりしてくすぐったいんだけど!


「んっ、ア…やぁ…ん」


竜の左手が腹を行ったり来たりするだけで身体がビクビクと反応してしまう。


そんな俺の反応を楽しむかのように激しかったりゆっくりだったりと動く左手が憎い。


恥ずかしくて両手で竜の腕を掴んだけれど、力なんて入るわけもなく、直ぐにもう片方の手で邪魔だというように、両手ごと頭の上で固定されてしまった。


それでもキスは尚深くなっていくばかりで、弟のペースに乗せられている自分が情けない。


だから、ただギュッと目を瞑って堪えていた。



漸く舌が出ていき、竜が数十センチ先で俺を見下ろしていた。その眼差しは熱を帯びているかのようでやけに艶っぽく見えた。


「和希のその顔エロいな。」


なんてちょっと笑いながら言ってさ。


何でそんなに冷静なの?いつからそんなにオトナになったんだ?


「ハァハァ…っせーな。」


それに比べて息を整えるのに必死な俺はなんて無様なんだろう。


「涙なんか流しちゃってさ、気持ちよかった?」


「…ぇ、ぁ。」


気が付けば顔の表面を流れていたであろう涙の筋が外気に触れて冷たくなっていた。

涙なんて気づかなかった。…恥ずかしい。


「そんな目で見られると抑え効かなくなるんだけど?」


眉を少し下げて苦笑した竜の手は、スルリと服から出ていった。


それから今度は俺の全身を包み込むように抱きしめた。


「あのね和希。俺、嫉妬してんだよ。分かる?」


しっと…?


嫉妬って、あの嫉妬?


「誰にも渡さないよ、和希は俺のなんだから。たとえ貴斗さんでも…。」


「竜…、」


「お風呂入ろ?この匂い、嫌だ。」


そう言って竜は首筋に鼻を近付けた。


この匂いっていうのは、たぶん昨日使った貴斗のシャンプーかな?


「俺ね、和希からこの匂いするとあの人と一緒にいたんだな、って考えるだけでイライラする。今日はいつもより匂い強いね。あの人の部屋にずっといたからかな?俺が洗ってやるからさ、いこ?」


ちょっと待て。


おかしーだろ、これ。


「い、いいよ!体なんか自分で洗えるし。…あ!ってかご飯!母さんに呼んでこいって言われてたんだ!行くぞ!」


一気に言い切って竜を退かしてドアの方へ歩く。



が、竜が後ろからついてくる様子がないので振り向くとジィッと俺を見ていた竜と目が合った。


「どうした?」


「…いや、別に。」


…なんだよ、その顔は。


「ご飯冷めるぞ。先行ってるからな。」


部屋から出ると母さんが「早く来なさい。」と1階から呼んでいる声が聞こえたので適当に返事をして廊下に放置されていた荷物を俺の部屋にぶち込んで小走りで階段を降りた。




ドアが閉まって再び暗くなった部屋で


「…まだ分かってくれない、か。」


と竜が呟いたのを、部屋を出た俺の耳には届かなかった。




【つづく】

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