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「あ゛〜気持ちぃ〜」
ザバァと浴槽から溢れ出たお湯と同時に、湯に浸かった貴斗から出た感嘆の声が浴室に響いた。
「ジジイか!」
「あはは、和希も早く入れよ。」
「分かったから、そこどけ。」
「はいは〜い、いらっしゃ〜い。」
大人4〜5人は余裕で入れる広い浴槽の入る側のほとんどを陣取っていた貴斗は少しだけ右に避けて俺の入る場所を空けた。
「熱っ!」
足を少し入れて、想像以上の熱さに一瞬で足を引っ込めた。
「これ、熱すぎね?」
「男ならこれくらいが調度いいだろ?」
こんなに熱い湯に浸かりながらもニィッと笑っていられるコイツはなんとも漢らしい。スゲーよお前。
ってか、換気扇回しているのに辺りが湯気で真っ白なのはこのせいだったのか。
「いやいやいや、お前よく入れるな。体悪くすっぞ。」
「えー。フツーだよ、こんくらい。…えい!」
「アッツ!ちょ、やめろ!」
バシャッと勢いよく掛かった熱湯。貴斗、お前ドSですか?
「あはは、ほら、風邪引くから早く入りなよ。」
洗髪後の濡れた前髪をかき上げた貴斗の悪戯っ子のような笑顔がいつもより子供っぽく見えて憎めないのがなんとも悔しい。
「ッ、分かってるっての。〜〜〜あっちぃー!」
渋々入ることになった風呂はやっぱり熱かったけど、冷えた身体を温めるには調度よく、すぐに身体はポカポカしてなんだか血の巡りが良くなったように感じられた。
「和希さぁ、何かあったの?」
「なに?突然。」
子供がお湯に浮かべて遊ぶようなアヒルのオモチャを指で突っつきながら横目で貴斗を見る。
「んや、変な顔してたから。」
「…なんだよ、変な顔って。ってかいつの話だよ。」
「ほら、ファミレスで。」
「ん?」
ファミレス?なんかあったか?
頭にクエスチョンマークを浮かべている俺に苦笑しながら貴斗は続けた。
「あの女の店員さんの話した時にさ、やけに喰い付かなかったし、なんかボーとしてた気がしたから。」
あぁ、あの時かぁ。
確かあの時は竜のこと考えてて…。
そうなんだよなぁ。今は恋人が弟なんだよなぁ。
この場合、竜は俺にとって彼氏っていうことになるのか?ん?じゃあ俺は彼女?いやいやいや。俺女じゃないし。
「おーい、和希〜?」
「あ、ごめん。で、何だっけ?」
貴斗の呼び掛けに我にかえった。いつの間にか考え事をしてしまっていたらしい。
「ほらまたボーとして。…なに?彼女でもできた?」
その言葉に心臓が大きく鼓動した。
「は、はぁ?ちげーよ!」
ちょ、落ち着け俺!声が若干上擦ったじゃんかよ!
「おっとぉ?なに慌ててんのかなぁ?怪しいなぁ。」
「慌ててなんかねーよ。」
「あとでケータイチェックしてやる。」
ボソッと、しかし俺にしっかり聞こえる声で冗談を言う貴斗。
「やめろよなー。彼女なんていないし。」
「本当に?」
「本当に。」
「そう?ま、悩み事とか何かあったら言えよ。ダチなんだからさ!」
バシャッとお湯が大きく跳ねたと同時に貴斗が俺に覆い被さってきた。
「おわっ!急に抱きつくな!」
「別にいーじゃん。俺たちの仲じゃないか!」
「うるせー!暑苦しい!離れろぉ!」
「あははは、やぁだ」
どうやら彼女がいないことを信じてもらえたようだが、何だか少し騙しているみたいで申し訳無さが残る。
いや、彼女は本当にいないけどさ。彼氏はいるけど。
そんなこと言えるわけ無いじゃんかよ。
とか考えながら、バシャバシャとお湯を跳ねさせながら暴れたせいで暑さが半端ない。
もう一回シャワー浴びるか。なんて考えながら貴斗に便乗して夏美さんが逆上せていないか心配するまで思いっきり騒いだ。
………
「あー念願のdevil disguise killer2〜!」
「大袈裟だなぁ。」
お風呂から上がった俺たちは髪を適当に乾かしてから貴斗の部屋に駆け込んだ。
ゲームの箱を持ち上げて興奮する俺に貴斗が苦笑しているが今の俺には気にしている余裕なんてない。
「早くやろ!」
「はいはい。和希、テレビつけて。」
「わかった!」
リモコンを画面の大きなテレビに向けて電源を入れると、何かの音楽番組が映ったが、すぐにゲーム用の画面に切り替える。
こんなに大きな画面でゲームとか迫力あるだろうなー。
「ほい、コントローラー」
準備が出来た貴斗が俺にコントローラーを投げ渡してきた。
テレビの画面はソフトの読み込みを終え、製作会社の名前が表示されては消え、また違う名前が表示されるということを繰り返している。
「おー!やべー興奮してきた!」
会社紹介が終わったのか、主要キャラクターが表示された。
「えーと…設定は…これか。」
まだ始めたばかりだからそんなに装備やアイテムの持ち物は無いから、あるものだけで装備をしていく。
「装備、どれにする?」
「これとか?」
「ぶはっ!なにそれ!」
「これは?」
「あっはっは、ムリムリ!真面目に操作出来ない!絶対笑うって!」
少ないアイテムながらも装備した俺のキャラクターは、青い服に、子供っぽい体に不釣り合いな大きな剣。それから、シルバーの盾を構え、なんとか様になっている気がする。
ちなみに、ある意味芸術のような装備をした貴斗のキャラクターはというと、何故か緑のモヒカンにゼブラ柄のTシャツ。下は褌に下駄。武器に至っては魔法少女が持っているようなピンクのステッキという、何がしたいのか問い質したい出来栄えとなった。
…よくこんなアイテムあったよな、と思わずにはいられない。ってか、プレイ中絶対に笑う!
「そんなんで戦えるのかよ?」
「へーきへーき!寧ろステッキとか最強じゃね?」
「ぜってーに魔法とか使えないだろ。」
「いや、もしかしたらレベルアップすれば使えるようになるかもしれない!」
「ないだろ…。」
とか話している間に画面はもうゲーム開始の準備が調っていた。
「よし、スタート!」
暗い音楽と共に廃れた街が映った。
このゲームは次々と出てくる敵をひたすらに倒していくものなのだが、難易度をeasyにしても本当にeasyなのか疑ってしまう位なかなかクリア出来ないゲームなんだ。謎解きもあるしな。
今回は2ということで、さらに難易度が上がっていると思うとワクワクする。
「さーて、いきますかねー!」
「ちょ、置いてくなよ!」
俺のキャラが廃墟に走り出し、貴斗のキャラが褌を靡かせながら後に続いた。
その後、ゲームにはまった俺たちが寝たのは、窓から見える景色が明るくなり始めた頃だった。
………
「…ん?あ、朝?」
疲れで頭が少し痛い。
今何時だろう?
時計を見ようと思い、起き上がろうとした。
「…ん?」
あれ、身体が動かない・・・。
「貴斗!?」
体が動かない原因は貴斗で、ガッシリと俺の腰に腕を回していた。
「ん…和希ぉぁょ…。」
「おはよ、じゃなくて!早く離せ。」
「やだ。」
そう言うとモゾモゾと俺の腹に頭を擦り付けながらさらにガッチリと腰に掴まってしまった。
「えっちょっおい!」
「くーくー…」
また寝やがったっ!
「起きろー!」
ぐぐぐっと貴斗の肩を押すとパチリと目を開いた貴斗と目が合った。
「…。」
「…。」
「のああああ!和希のばかぁぁあ!」
「なんでだよ!」
急に叫びながら俺から離れた貴斗は目を潤ませながらギッと俺を睨んでいた。
「やだやだ!俺にナニしたの!?」
「何もしてねーよ!」
起きた直後から元気すぎる貴斗の冗談に普通に答えてやると、寝癖のついた頭を弄りながら貴斗がため息を吐く。
「…はぁ。和希、ここはのってよねー。」
いや、ため息吐きたいのはこっちだからね!
「…ったく、今何時?」
「えーと、午後2時だね。」
置き型時計を見た貴斗が苦笑しながら答える。
「マジ?1日の半分過ぎてんじゃん!」
「まあまあ。続きやろうじゃないか!」
そう言ってテレビを付けた俺たちはまたゲームにのめり込み、次に時計を見たのは夜の7時だった。
「うわ、帰んなきゃ!」
「お、もうそんな時間か?」
「宿題残ってるの忘れてた!」
「あー俺も〜。何にも手付けてないや。」
「それキツいな。」
「大丈夫!潔くやらずに行くから!」
帰り支度を始めた俺に向かって親指を立てた貴斗は、キッパリと宿題やらない宣言を言い切った。
「やれよ!」
「えー、面倒くさい。」
「原田に怒られるぞ。」
数学の先生の名前を出すと今度はかなり嫌そうな顔をして
「うっ…。じゃあちょっとだけやる。」
とか言いながら宿題が入っているであろう鞄を見つめていた。
「ちゃんとやれよな。じゃ、また明日学校でな!」
「ああ。じゃあな。」
貴斗に見送られた後、外に出ると、やはり暗くなっていて、体が冷えてしまう前にと、早足で家に向かった。
【つづく】