individualist
まだ9時か…。
ベッドの上で大の字になって時計の針と睨めっこ。
竜が出かけてから自分の部屋に戻って着替えを済ませたが、勉強しようにも一向にやる気が起きない。
テレビを点けてもニュースばかりですぐに消してしまった。
「マンガでも読むかな…」
ベッドの近くにあった若干古びたマンガを手に持った時、急にケータイが震えたもんだからビクッと身体が跳ねた。
「…貴斗かよ。」
ケータイの画面に表示されたのは友人の名前だった。
貴斗は昔から同じ学校に通ってる幼馴染みでちょっとうざいとこがあるヤツ。まぁその人懐っこい性格が嫌いではないから今も友達やってるんだけど。
ヴー…ヴー…
ケータイはいまだに鳴り続けていて、仕方ないので通話ボタンを押した。
「もしもし」
『あれ、出た。おっはよー!』
「おはよ」
今日もテンション高いなぁ。
『早いなー和希。いつもならまだ寝てる時間なのに〜』
「だったら電話してくるなよな。」
ベッドから身体を起こしながら、電話の向こうではきっとニシニシと笑っているに違いない友人の顔を思い浮かべる。
『いーじゃん!あのさ、これから遊びに行かない?』
「お前なぁ、勉強は?」
『しない、しない!そんなのいつもの事じゃん?』
あはは。と聞き慣れすぎた笑い声が聞こえてきた。
どこまでも明るいその性格にちょっとだけ自分の口角が上がったのが分かった。
まぁ別にどうせ何もやる気が無かったんだし、遊びにいこうかな。
と思って、貴斗の誘いを承諾することにした。
「…で、何処行くんだ?」
『お!そーこなくっちゃ!俺、カラオケ行きたいんだよね〜』
「ん。分かった。じゃぁ、20分くらいで行くから家で待ってて」
『了解ッ!』
元気な声の後に電話がプツリと切れた。
そしてまだ肌寒いであろう外の気温を思い薄手の上着を羽織った。
「8分か…」
時計は9時8分であることを示していて、30分には着くかなぁ、なんて考えながら財布とケータイをポケットに突っ込んで部屋から出た。
………
だいたい時間通りに貴斗の家に着き、インターホンを押そうと手を伸ばした瞬間、目の前のドアが勢い良く開いた。
「ぉわっ!」
「ナイスタイミング俺ー!」
驚いて転けそうになった俺を他所に、親指を立てて楽しそうな友人に呆れる。
「あぶねーよ」
「でも今のスゴくない?やっぱり俺とお前は赤い糸で結ばれてんだよ!」
とか言いながら抱きついてきた。
抱きついたせいで貴斗の柔らかい髪が耳に当たってかなりくすぐったい…。
「っんなわけねーだろ!まぐれだ。」
一刻も早く離そうと押し返すが、なかなか剥がれない。
なんて馬鹿力…。
「ってか、こんなとこで抱きつくな!変な目で見られるだろーが」
って言ってもあんまり気にしてない貴斗は「和希の匂いするー」とか言ってくる始末。
ホント止めて欲しい。
と思っている間にも俺の目の前…つまり開けっぱなしになっている家のドアの奥から貴斗の母さんの夏美さんが見えた。
「あ…」
ほら、やっぱり。
バッチリ目が合ってしまった。
そして段々近付いてくるスリッパの音。
最悪だ。
「お、おい。離れろよ」
「えー」
えー じゃないだろ!ほら、早くしないと…
「あら、和希くんじゃないの。久しぶりね。」
「…おはようございます。」
来た。来てしまった。
そしてこの状態 出来れば見られたくなかった。
何が嫌って・・・
「もう貴斗ったら和希くんに抱き付いちゃって…萌えちゃうわ!」
コレである。
俺達を見ながら少女の様に目を輝かせている夏美さん。
つまり、夏美さんはBL大好きな俗に言う“腐女子”なのだ。
勿論俺も貴斗も知っている。
我が子とその友達を見て萌えるのはどうかと思うけど…。
昔からこうだった気がするから絶対貴斗の性格は夏美さんに影響されてると思う。
まだ30代前半に見える美貌の持ち主の夏美さんが、若さの秘訣は“コレ”だと昔言っていたのを覚えている。
…まぁ、俺にはよく分からない。
「あ、写真!写真撮っていい?」
「いいよー」「ダメです!」
今にもケータイのカメラを起動させようとする夏美さんに間髪入れずに拒否。
そう、コレが一番嫌なんだよ。高校にもなってこんな体勢の写真とか撮られたら一生の恥だ。
俺の返答に「えー」と口を尖らして同じ顔をしている二人はさすが親子って感じだ。
「いーじゃん、俺達の友情を写真に収めようぜ」
「そうよ、アタシがバッチリ可愛く撮ってあげるから」
「いえ、結構です。って、いい加減離せ!」
渋々俺を離した貴斗と夏美さんがまた声を揃えて
「残念。」
って言うのを聞いて、どんだけ似てんだよ、と心のなかで呟いて笑った。
「ほら、行くぞ貴斗」
「あら、出掛けるの?」
「カラオケ行ってくる」
「そう、ご飯は?」
「どっかでテキトーに食べてくるよ。良いよな、和希」
「うん」
「分かったわ、行ってらっしゃい。あまり遅くなっちゃダメよ?」
「りょーかい。いってきまーす!」
少し外へ出て夏美さんがニコニコしながら手を振って俺達を見送ってくれた。その笑った顔が隣を歩く貴斗にそっくりだった。
そんな二人を見たからか、朝のもやもやとした気持ちはいつの間にか消えていたんだ。
【つづく】