4
「腹へったぁ。」
やっと4限が終わった。
4限は現代文でほとんどの時間教科書を読んでいたから凄く眠かった。文の半分位から眠くて記憶が無い。
今日は天気がいいから射し込む日光が暖かいし、少し開けている窓から入る風が春の匂いを運んでくる。
まだ風は冷たいが、それが太陽の暖かさと合って心地いい。
こんなにいい感じなのに眠くならない方がおかしいよな。
まぁ、そんなのは言い訳だけど。
今年は受験だしな。もっと気合い入れないと!
眠気を吹き飛ばすため、大きく深呼吸をして頭に酸素を送り込む。
うとうとしてしまった分、後で復習しよう。黒板の文字はノートに書き終わっているから問題ない。
それよりも弁当弁当。マジ腹へった。座学って結構辛いよなぁ。
机に散らかっている教材を片付けて鞄の中から弁当を出す。
今日のおかずは何かな〜?
包みに手をかけたその時、バンッと自分の机から音がして思いっきり肩を震わせた。
見ると机を叩いたであろう両手がそこにあり、そして弾けるような声が頭上から降り注いできた。
「和希、屋上行こう!」
目線を上げると声と両手の主はそこにいた。
唐突に話しかけてきたのはやはり貴斗だった。
「屋上?」
「そ。今日すっごく天気良いし〜。ね、屋上行こう?」
窓の外を見ると青空が広がっている。
屋上か…んー。
「寒い。」
「えー!いいじゃん!日向ぼっこしよーよー。」
本当は寒いから教室で食べたいんだけど、貴斗が俺の制服の裾を引っ張り、駄々をこね始めたもんだから教室で食べるのは諦めることにした。
「わかったって。行くから。」
「やった!早く行こう!」
…………
………
……
…
「おお!貸し切りだー!」
屋上の扉を開けた瞬間に貴斗は叫んで広々とした空間へ走っていった。
まだ寒いせいか、屋上には誰も居なかった。
ここの学校は今日みたいな晴れた日には屋上の鍵を貸し出しをしてくれる。
職員室で鍵を借りるときは使う時間帯や学年、名前を用紙に記入するようになっているのだ。
もちろん屋上には飛び降り防止のために柵が回りに取り付けられている。
柵で囲まれてはいるが、隙間から見る景色は最高に気持ちがいい。
「和希、早く〜!」
「はいはい。さっむ…。」
少し遠くで手を振られ、屋上に足を踏み入れたがやっぱり寒い。きっと風が冷たいせいだろう。
「ここ、日当たってすっごく暖かいよ〜。」
おいでおいでをする貴斗の場所まで行くと、貴斗の言った通りそこはやけにポカポカとして暖かかった。
「ホントだ。暖かいな。」
「ね。さ、ご飯食べよ!」
貴斗の向かいに胡座をかいて座ると太陽の熱で地面が温まったのだろう、制服からじんわりと暖かさが伝わってきた。
「いっただきまーす!」
手を合わせた貴斗の前には巨大な弁当箱。
「今日も豪華だな。」
「うん。いっぱい食べないと午後もたないからね〜。」
大人2、3人分はあるだろう弁当をパクパクと凄いスピードで平らげていく。
「夏美さん凄いよな、こんなの毎日作るなんて。」
「そう?おばさんも毎日和希に弁当作ってんじゃん、しかも弟くんの分も。」
「まぁ、そう言われればそうだな。けど…」
目線の先には、野菜や肉で作った何かのキャラクターらしきものが入っている。いわゆるキャラ弁だ。
「こんなの作れるなんてな。今日のは何のキャラ?」
「んー分かんないけど母さんが最近はまってるアニメにこんなのがいたような…。」
「ふーん。細かいな。」
まじまじと見るとキャラクターの小さなパーツまで細かく表現されている。
「これが趣味なんだってさ。俺の弁当の写真撮ってブログにあげてるみたい。それが結構評判いいんだって。」
「その気になれば本とか出せるんじゃねーの?」
「かもね。俺としては開けて恥ずかしいキャラじゃなきゃ何でもいいんだけど。」
「一回凄いのあったもんな。」
昔を思い出して苦笑いをするとつられて貴斗も同じ顔をした。
「そうそう。高1の頃だっけ?あの頃は何なのか分からずに食べてたけど女子がチラチラ見てきたから聞いたらBLアニメのキャラだったんだよな。さすがの俺も怒ったな。」
その時の貴斗の顔は今でも覚えている。
恥ずかしそうに貴斗に耳打ちをする女子とそれを聞いてみるみるうちに顔を真っ赤にした貴斗。その後機嫌を直すのが大変だったなぁ…。
「でもあれからそういうの無いんだろ?」
「うん。弁当作ってくれることには感謝してるけど、あれはね…。」
「俺もあれは無理だな。それでもキャラ弁止めない夏美さんもすごいけどな。」
「まぁ、味は美味いから変なの以外だったら何でもいいよ。」
苦笑いをしながら弁当に箸をつけるうちに見事だったキャラクターは見るも無惨な見た目に変わっていった。
…………
………
……
…
「あ、ケータイ教室だ!」
弁当を食べ終わり、時間を見ようとポケットに手を突っ込むがケータイが無いことに気が付いた。
やばい、今何分だ?一也との約束忘れてた!
「貴斗、今何分?」
「ん〜?15分」
左手首に巻かれている茶色の腕時計を見ながら答えた貴斗は「ほら」と腕を前に出して俺にも時間を見せてくれた。
「うわ!もうそんな時間なのか。俺もう教室行くな。貴斗はどうする?」
「えーもう戻るの?いいじゃんケータイなんか。もう少し居ようよ〜」
「いや、一也と約束してるし何か連絡きてるかもしれないから教室戻らないと。」
包み直した弁当を持って立ち上がり、扉へ向かおうとしたが何故か足が動かなかった。
「わっ!」
その反動で前のめりになり、顔から地面に突っ込みそうになるところをなんとか持ち直した。
「…貴斗!?」
動かない足元を見ると貴斗に右足を掴まれていた。
「もう少しここにいようよ。」
少し目にかかる前髪が邪魔をして貴斗の表情を隠す。俯き加減の貴斗のから発せられたゆっくりとした言葉。
「でも…。」
「ね?」
今度は目線を上げた貴斗と目が合った。
真っ直ぐ見つめる目線に一瞬動けなくなった。
「…いや、やっぱ戻るわ。」
勢いに委せて貴斗の手を振り払い屋上の扉に向かう。
階段を降りながら貴斗の目が頭から離れない。
「はぁ…」
教室がある階に着き、深く息を吐く。
またやられた。
昔からあの目を向けられるとどうも動揺してしまう。
竜もそうだ。真っ直ぐに俺を見据えて俺を逃がさないかのように見つめる。
自覚はある。俺はあの目に弱い。
何かを頼むときに必ず向けられる力強い視線。
最近ではわりと大丈夫だが、以前は断れなかった。
竜のやつ、俺があれに弱いと知って絶対貴斗の真似してるよな。
明るく少し可愛い系の貴斗とクールな竜は見た目のタイプが全然違うのにあの瞬間だけは同じ生き物のようだ。
あんな目力で見つめられたら女子は惚れるだろーな。
俺なんか目力というよりただ睨んでるようにしか見えないしな。
そう考えるとなんだか笑える。
目力はイケメン様の特権だな。
自分に無いものを考えても仕方ないので教室で待っているであろう一也を思い出し、早歩きで教室に向かった。
【つづく】