relation
まだ冷える夜、カチカチという音と賑やかな音がするリビング。
そこで隣にいる1つ年下の弟が俺に話し掛けてきた。
「兄貴、俺明日泊りに行ってくるから。」
「彼女?」
「んー‥トモダチ。」
「あーそ。いってらっしゃい」
こいつは絶対に“彼女”とは言わない。まぁ、どーせ女の子の家に泊りに行くのだろう。
ってか、こいつとこの会話するの何回目だろうか。
休みがあれば高確率でどっかに泊りに行ってしまう。
そもそも何でこいつはこんなにもてるんだ!?
同じ親から生まれたんじゃないのか?
何故俺に恋人が出来ないんだ!?
弟は高校に入ってから変わった。運動部に入って程よく筋肉がついて男らしい身体になった。
身長も俺を追い越した。
髪を明るい色にし、髪型も変わった。
声変わりも終わって大人っぽくなった。
うん、なんかかっこよくなった。イケメンだ。
モテるのも理解できる。
それにトモダチと紹介された女の子は数知れず。…ってか、どれが本命か分からない。
あーあ。俺も彼女欲しい!
「兄貴?」
「んぁ?って、のああああああ!!!」
「うっさい」
不意に呼ばれて気付くと、俺の目線の先には【GAME OVER】と書かれたテレビ画面。
考え事していたらついボーとしていて目の前で繰り広げられるバトルをすっかり忘れていた。
「何してんの兄貴。ボロ負けじゃん」
俺の隣でケラケラ笑っている弟の“竜”。
「弱くなったねー」
「ち、違う!今のは考え事してて…」
「ふーん。何を?」
「え、あ、いや。」
友達だったら言えなくもないが、弟に「恋人欲しいと考えてた」とは言えんだろー。
そんなこと言ったら絶対に馬鹿にさせるに決まってる!
「何でもない!」と誤魔化すようにポイとコントローラを竜に渡してテーブルの上のポテチに手を伸ばす。
「ぅえ?」
しかし俺の手は虚しくも空振りした。
「ねーじゃんかよ!おい竜!」
手にした空になったポテチの袋をグシャっと握る。
「全部食っちゃった。ゴメンゴメン」
と反省してない様子でゲームを始めた。
ひどい…ひどいぞ弟よ。俺がうす塩好きだと知ってるだろ!?
でも確か、まだもう一袋あったはず…
「仕方ない、新しいの持ってくるか…。」
と渋々立ち上がってポテチが入っているであろう棚へ身体を向ける。
「あ、それで最後。」
と、直ぐ様発せられた絶望的な言葉。
え・・・?
な、なにぃ!?
竜、お前今「最後」と言ったよな?
なんてヤツだ!
「ひっでー。分かってて全部食ったのかよー!悪魔め!俺のポテチ返せ。」
俺が必死に抗議しても「えー」とか言いながらゲーム画面から目を逸らさないのがムカつく。
それでも弟が食べたポテチの袋を小さく畳んでゴミ箱に捨てる俺。なんてやさしーんだ!
取り敢えず悲しみを抑えソファーに座り直して倒されていく敵達を見ることにしよう。
目の前に広がるのはラスボス戦。
竜はコントローラを素早く操り、小柄な主人公が巨大な敵を吹っ飛ばしていく。
敵の体力が3分の1に差し掛かった時、今まで黙々と手だけを動かしていた竜が口を開いた。
「でさ、」
「ん?」
「兄貴は恋人いねーの?」
「うっ;」
何を言いだすのかと思えば、なんなんだお前!今一番してほしくない話題を急に振りやがって!
さっき話逸らしたのに意味無いじゃんかよ;
「・・・。」
なかなか言わない俺に竜は目線をチラリと画面から俺に向けた。
『早く言え』と?
敵の体力はあと10分の1程だ。
くっそ!言えばいいんだろ、言えば!
「…いま、せ…ん。」
少しの沈黙の後、
「へー。」
興味なさげな生返事が返ってきた。
・・・・・。
え?それだけ!?
なんだよ、恥ずかしいの我慢して言ったのに!
俺の話聞いてた?ねぇ、俺スッゴク恥ずかしーんだけど!
敢えて声にしないけど。
もしかして聞いていなかった?聞いてないならそれでいい!寧ろ嬉しい。
でもさ、ゲームは負けるし、ポテチ全部食われるし、弟は話聞いてないし。
俺にしてみればなんかテンション急降下なんですよ。全部お前のせいだぞ竜!
するとバーンとラスボスが爆発する音がした。
「よっしゃ勝った!」
「…;」
俺の心情とは裏腹に隣で嬉々している弟。
やっぱり聞いてなかったんじゃないか!自分で話振っといて!
ふー、と竜はコントローラをテーブルに置いて、
「あのさ、」
また話し掛けてきた。
ホント今日は良く喋るな。
「ぁん?」
力のない返事しかできんよ、俺。
今度は何でしょーか、竜さん。
内心うんざりしてる俺。
テレビからは場違いな明るい音楽が流れている。
「俺が付き合ってやろーか?」
「…は?」
一瞬頭が真っ白になった。
「俺が兄貴の恋人になったげる。・・・いや、なりたくなった。」
は?は?は?
いやいやいや。何言ってんだこいつは!?
「彼女いないんだろ?」
こいつ…さっきのしっかり聞いてやがったのか!
ギシッとソファーに片手をついて近づいてきた竜。
近いんですけど、竜さん…。
背中にソファーが当たって後退りが出来ない。
整った顔がすぐそこにある。先程お風呂から上がったせいで竜からシャンプーの甘い匂いがする。
急に心臓の鼓動が速くなって顔が熱くなるのを感じる。
「い、意味わかんねーし。冗談言うなら他当たれっての!それに俺は男だ!」
緊張しすぎて早口になる。実の弟になんて情けない俺…。
「うん、知ってる。」
「いや、知ってるじゃねーよ!」
間髪入れずにつっこむ。
こっちはすっげードキドキしてるのに平然としているのがまたムカつく。
「兄弟だしさ。」
「それ、関係ある?」
「大有りだ!」
「俺にはないもん。」
もん、って…お前な。
じゃなくて!
「俺は恋人いらん!いらんからそこどけ!」
「恋人いらないんだ?」
「う…いや、・・・いる。けど、だからって何でお前なんだよ!」
「いーじゃん」
にっこりと細まる目。
長い睫毛に見惚れてしまう。
これが彼女だったら…
なんて考えてしまうのはやっぱり竜が綺麗な顔立ちしているからだと思う。
…って待て俺!今はそんな事どーでもいいんだ!
「よくない、よくない!いいから、取り敢えず離れろ。」
こんな今にもキスしそうな体勢、誰かに見られたら・・・
「やだ。」
最悪だ。
「兄貴がOKしてくれるまで離れない!」
なんだそれ!
「お前彼女いるんだろ?」
「いないよ?」
「だって泊りに行くって…」
「兄貴聞いてなかったの?俺が泊りに行くのは女だとしても“トモダチ”だから。」
「いや、でもさ…」
俺、超必死。なんか惨めだ…;
すると、突然ガチャと部屋の外から音がした。
ヤバイ!
どうやら風呂に入っていた母さんが上がってきたようだ。
ヤバイって!このままじゃ絶対にリビングに来るじゃないか!
俺は決意した。
「よ、よし!付き合ってやる。」
「ホント?」
「ああ。だから早く離れろ!母さん来る!」
はぁい、と言って竜が俺から離れた瞬間母さんが入ってきた。
「危なかったぁ…」
「何が?」
「うおっ!」
ソファーの後ろに母さんがいた。安堵から洩れた言葉が聞こえてしまったらしい。
「何でもない、何でもない!」
「そう。次お風呂入ってちょうだいね。」
「はーい;」
よかった。母さんに怪しまれずに済んだ。
「いってらー」
パタパタと竜がニヤニヤしながら手を振る。
イケメンってあれだよな、ニヤニヤしててもきもくないから得だよな。
なーんて思いながら部屋をあとにした。
ドキドキは未だに収まらない。
取り敢えず風呂に入って頭冷やそう。
それから着替えを取りに行って、弟と変な関係になってしまったこと考えながら風呂場に向かった。
これから俺は弟とどう接していけばいーんだろうか。
【つづく】