見越し入道と呼ばれた女
「見越し入道、見越したー!」
「きゃははははー!」
子供達は初(はつ)を指差して去っていく。
いつものことに初はため息をつきながら再度歩きだした。
初は子供の頃から背が高く、年頃になった今では六尺|(約百八十センチ)ほどになった。
初は別にその事自体は気にしていなかった。けれど、周りの者達はそうはいかないようだ。
背が高い。それだけで奇異の目で見られる。子供達からは『見越し入道』なんてあだ名がついた。
見越し入道とは、坊主が段々大きくなり、見上げた者を転ばすという妖怪だ。『見越し入道、見越した』と言うと消え去るらしい。
何故自分はそんなことを言われるのだろう。たかが背が高いというだけで。
「お初、出ていってくれないか」
夕飯刻、家族が集まる時間に初は父親にそう言われた。初は目を丸くして震える声で聞いた。
「ど、どうしてじゃ?」
父親は毅然とした態度で言う。
「お前がいると、わしらまで村の者に白い目で見られる」
母親や兄弟達もうなずく。
「ここまで置いてやっただけでも感謝せぇ。今日中に荷物まとめて明日には出ろ」
背が高い。それだけ。なのに、何故なのだろうか。
その夜、初は泣きながら荷物をまとめた。
次の日、朝早くに初は家を出た。もう何も言われたくなかったから。
そうして村から出たはいいものの、初はどこに行けばと悩む。
「(出家してもきっと背のことでいろいろ言われるのは変わらんじゃろう……。そうじゃ、よく山菜採りに行く山に使われとん山小屋があったはずじゃ。そこで一人、静かに暮らそう)」
初は山に向かい、山小屋での生活を始めた。
そこでの生活は大変だったが、一人というのは気楽なもので、誰も初をからかわない。自分にはここで生きるのが合っているのかもしれない、そう思った。
そんなある日、初が夕飯を食べていると突然、山小屋の扉が開いた。初は驚きに身を跳ねさせた。
「ああ、驚かせてすまん。人がいるとは思わんで」
そこには六尺五寸|(約百九十五センチ)ほどの大柄な青年がいた。初は目をぱちくりさせた。自分より大きな者に出会ったことなどなかったから。
「すまんが、一晩だけでいいから置いてくれんか? 山を歩き回ってはらぺこで……」
青年は腹をさする。
人の良い初はそれを承諾した。
夕飯を食べながら初は青年にいろいろと聞いた。
青年の名前は『吉次(きちじ)』といい、どうやら彼も初と同じような理由で村を追い出されたらしい。
それならばと初は吉次に一緒に住まないかと提案する。
「ええんか? 見知らぬ男と」
吉次は自分を指差す。そんな吉次に初は笑って言った。
「もう夕飯を一緒に食べたんなら吉次さんは知らん人やないよ」
初の言葉に吉次は目を見開いいた後、はにかんだ。
それから二人は共に生活をした。
二人が惹かれ合うのにそれほどの時間はいらなかった。
境遇が同じだからかもしれない。でも、それだけではない。お互いの優しさが通じ合ったのだろう。
いつまでもこの生活が続けばいいと二人は思った。
しかし……。
「一揆に参加してくれ?」
「ああ。どこでわしのいる所を突き止めたんか、使者が来てな」
その時、初は山菜採りに出掛けていた。
「成功の暁には報酬がたんまり貰えるんじゃ」
吉次は嬉しそうだったが、初は憤りを覚えた。
「吉次さんを追い出しといて、都合のええ時だけ利用するなんて……」
吉次は体格がいいから声を掛けに来たのだろう。
そんな初を吉次はなだめる。
「それでもな、報酬を貰たらお初にええ暮らしをさせられる」
「吉次さん……」
「わしは絶対に帰ってくるから。な?」
そうして、初は吉次を見送ることにした。
初は吉次の帰りを待ち続けた。何日経っただろう。
「……」
初は、もうわかっていた。
ドンドンドン。
山小屋の扉を叩く音がする。初は扉を開けた。そこには……。
「お前がお初か?」
中年の男がいた。
「ええ……はい」
男は、ずいと貨幣がどっさり繋がった束を初に差し出す。
「約束の報酬だ。一揆は成功した」
初はそれを受け取る。
「あの……吉次さんは……」
初の問いに男は非情な事実を告げた。
「死んだ」
初は全身から力が抜けてその場に座りこんだ。
「しかし、あいつのおかげで一揆が成功したと言っても過言ではない。誇れ」
そう言って男は去っていった。
初は貨幣を握り締めて咽び泣いた。
「こんなもんいらねえ……! おらは吉次さんと一緒に暮らせればそれでよがっだ……!! あああああ!! 吉次さん……! 吉次さん……!!」
初の慟哭は山に響いて消えていった。
それから、初は無気力な生活を送っていた。何度も吉次の後を追おうとした。
しかし、吉次はそんなことを望んでいるのか。自分の為に一揆に参加して、手元に残った報酬。それだけが初をこの世に繋ぎ止めていた。今、自分が死んでしまえば、本当に吉次のしたことは無意味になる。
だから、ただ、生きていた。
そんな折、初が日課の山菜採りに出掛けていると、坊主がちょこんと立っていた。何故ここに坊主が? 家出か修行か迷子か。とりあえず初は声を掛けてみることにした。
「どした? 迷子か?」
すると、坊主は振り向き、どんどんと大きくなっていった。初は驚いて坊主を見上げるがついには転んでしまった。
坊主は面白そうに笑う。
「ははははは! すまなんだ! ちょっと驚かせてみようと思うてな!」
その声には聞き覚えがある。ずっと、ずっと、待ち続けた……。
「吉次……さん……?」
「ああ」
小さな坊主の背に戻った吉次を初は泣きながら抱き締めた。
「吉次さん……! 吉次さん……! 吉次さん……!!」
吉次は初の頭を撫でる。
「絶対に帰ってくる言うたじゃろ?」
初の泣き声は、今度はしっかり吉次が受け止めた。
「しかし吉次さん……なんでこんな妖怪に……」
落ち着いた初は吉次に問うた。
「仏様にな、どうしても生き返らせてほしい言うたら、妖怪なら空きがあると」
「そうか……」
にわかに信じがたいが、実際そうなのだからそうなのだろう。
「吉次さん……」
「なんじゃ?」
「おら、吉次さんのこと『見越した』なんて言わねぇ。何度転ばされたって吉次さんと一緒におる」
「お初……」
二人はそう言って口づけを交わした。
それから、その山には見越し入道が出るとの噂が絶えることはなかった。なんでも、仲良く二人でいるのだとか。




