婚約者様は義妹に乗り換えるそうですので
「このたび、わたくしジャック・ルブロは、ルイーズ・コットネルとの婚約を破棄し、新たにこのエリラ・コットネル嬢との婚約を結ぶことになりました!」
ジャックがエリラの肩を抱きかかえるようにして、宣言する。
ざわめく晩餐会の広間の中、扇に顔を隠したルイーズは大きなため息をついた。
(本当にエリラに乗り換えるのね……)
〝元〟になってしまった婚約者と、義妹の笑顔を眺め、ルイーズは日中の出来事を思いだした――。
***
バタバタと近づいてくる足音に、魔石を覗き込んでいたルイーズは顔をあげ、背後のドアを振り返った。
同時にドアが開き、男が顔を覗かせる。と思ったら、もう一人、ぴょこんと見慣れた顔も加わった。
「なんてみすぼらしい姿だ、ルイーズ!」
「まあ、いやですわ、お姉様」
責める声に甲高い嘲る声が重なって、ルイーズとともに作業をしていたウォルターも、手を止めて振り向いた。
「ウォルターもいっしょか」
「ジャック様……と、エリラ」
ドアを開けて早々にルイーズをみすぼらしいと言い放ったのは、ルイーズの婚約者ジャック・ルブロだ。
ジャックの隣にはルイーズの義妹エリラが寄り添っている。
二人とも晩餐会に行くような派手な服装で、エリラのドレスはたくさんの魔石宝飾品で飾られていた。
一方のルイーズは、シンプルなワンピースに分厚い丸メガネをかけ、黒髪を一つにまとめてモスリンをかぶった姿。
ルイーズの隣には同じく分厚い丸メガネをかけたジャックの弟、ウォルターがいる。
野暮ったい風貌で並ぶルイーズとウォルターに、ジャックは「ハッ」と笑い声をあげた。
「なんのご用ですか、兄さん」
ルイーズを庇うようにウォルターが前に出た。眼鏡で表情は読めないけれど、声色からは、「たぶんまたろくでもない話だろう」という呆れを感じる。
その予想には、ルイーズも同感だった。
「よく聞け――」
「あら、これきれいじゃない」
ジャックが話しだす前に、エリラがテーブルの上の魔石宝飾に手をのばした。
その手をさえぎり、ルイーズはため息をつく。
「それはまだ調整が終わっていないものよ。魔石は干渉しあうから、勝手に触らないで」
「なによ、うるさいわね」
エリラが睨んでも、ルイーズは動じない。
魔法陣を刻んだ魔石は持ち主の魔力に応じて様々な効果を発揮する。触れてしまえば魔法陣は発動し、周囲の発動済みの魔石と干渉する。ジャックやエリラのように大量の魔石を扱うには、本来なら相当な訓練が必要だ。
エリラは以前にも調整中の魔石に触れ、魔法陣をだめにしてしまったことがあった。
頬を膨らませるエリラと、無表情のルイーズを見比べ、ジャックは肩をすくめる。
「これで俺の婚約者だというのだから呆れるな。ルブロ伯爵家と商会を継ぐ男の妻になる自覚はあるのか?」
「はあ……?」
「見ろ、エリラのように美しく着飾ってこそ、客の視線を集めることができるんだ」
「……」
「お前ときたら、晩餐会にも出席せずに引きこもってばかり。魔石オタクを妻にしたら、馬鹿にされるのは俺のほうだ」
どうやら今日の用件はこれらしい。
ウォルターとこっそり目配せをして、ルイーズは明日の残業を覚悟した。できるなら今日終わらせてしまいたかったが、今夜は予定がある。
グチグチと小言を言うジャックの腕を、エリラが引っぱった。
「そのくらいにしてあげてください。お姉様は侍女たちに嫌われて、ドレスも持たせてもらえないのですわ」
「いよいよ女主人の器ではないな。お前よりこのエリラのほうがふさわしいのではないか」
ため息をついたジャックは、最後に一言。
「いいか、今夜の晩餐会には必ず出るんだぞ。俺の主催なんだからな。せいぜいその時になって後悔しろ」
言いつけるものの、返事も待たずに、ジャックはエリラを抱き寄せて、笑い声をあげながら出ていった。
閉めもしないドアからその後ろ姿を見送って、ルイーズは我慢していたため息をついた。頬に手を当て、考えるような顔でウォルターに話しかける。
「……ルブロ伯爵家の直営として名高いルブロ商会、ここはその本店で、売上の半分以上を占める『魔石宝飾』の工房ですわよね? このメガネは魔力回路を見るための水晶レンズで、機能性の高い服装は細心の注意を必要とする魔石を扱うため。調整中の魔石がだめになることも防いだ……私、商会を継ぐ男の妻になる自覚がないのでしょうか」
「どうだろうね。兄さんも君の妹さんも、ぼくには話しかけもしなかった」
ウォルターは苦笑しながら、手袋をした手で魔石を渡した。
受けとったルイーズはすぐに真剣な顔になり、メガネ越しに魔石を見つめる。
「問題ないですわ」
テーブルには魔石や魔石を使った宝飾品が並んでいる。
先ほどエリラを止められたのはよかった。いま加工をしている魔石はどれも一級品で、細心の注意を必要とする。
(魔石はいいわ。理路整然としていて、手をかければそれだけ応えてくれる)
ルイーズはにっこりと笑った。魔石を見ていれば嫌なことも忘れてしまう。
それに、魔石の世界はそんなに生易しいものではない。全力を尽くしたからこそ手に届くものもある。
ルイーズは笑顔のままウォルターを見た。
「新商品のサンプルはこれでよろしいですね。残りは明日に」
「ああ、ありがとう。君のおかげですばらしいものができた。父上も納得すると思うよ」
頷き、ルイーズはメガネとモスリンを外した。髪がほどけ、素顔があらわになる。
この場にジャックがいれば、ガラリと雰囲気の変わったルイーズに目を見張っただろう。
艶やかな黒髪に、しっとりと濡れたような睫毛、同じ、深い黒色をたたえた瞳。はっきりとした顔立ちは、さぞ化粧映えするだろうという美しさ。
ただしルイーズ本人は自分の容姿に無頓着で、ジャックの勘違いを訂正してやろうという気もない。
「ルイーズ、これを」
「私に?」
ウォルターがさしだしたのは宝石箱だ。仕事ではなく、個人的な贈り物らしい。
ふたを開けると、中にはネックレスが入っていた。
ルイーズが驚いた顔になり、ハッと息を呑む。
「これは……月光石と星明石を組みあわせて……? すごいです、魔力の干渉もなく、むしろ相乗効果を生むように設計されている」
「さすが、よくわかるね」
ルイーズの心からの称賛に、ウォルターは照れくさそうに笑った。
「君に受けとってほしいんだ。これまでのお礼と……これからのことも」
「ありがとうございます」
受けとったルイーズも頬を染め、照れた顔になる。
もう一度ネックレスを見つめて感嘆のため息をこぼしつつ、ルイーズは呟いた。
「あのお話は、本当のようですね……」
***
コットネル男爵家の長女、ルイーズ・コットネルと、ルブロ伯爵家の長男ジャックの婚約が結ばれたのは、一年前のこと。
ルブロ伯爵家は商会の経営で経済的に成功し、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
一方のルイーズは幼い頃に母を亡くし、後妻としてやってきた継母とほどなく生まれた義妹に疎まれながら、使用人のようにすごす日々。
手に雑巾を持ち、床に膝をついて働くルイーズを、継母とエリラは笑いながら眺めていた。
それでもいつかはこの家から自由になれるはずと、ルイーズは学問を欠かさなかった。
独学ながらも魔石宝飾の勉強をし、資格もとった。
ルブロ伯爵家から自分を名指しで婚約の打診があったとき、ルイーズは報われたと思った。
手に職をつけるために始めた魔石の勉強だけれども、その神秘的な世界はすっかりルイーズをとりこにしていた。
愛のない結婚だとしてもそれでいい。ジャックにではなく、自分を拾ってくれたルブロ伯爵家と、商会に尽くすつもりだった。
けれど、ルイーズからすべてを奪ってきたエリラにとっては、ルイーズが得ようとしている伯爵夫人という立場は許せないもので。
商会の工房でルイーズが仕事に勤しんでいるあいだ、姉に会うと言う名目でやってきたエリラはジャックにしなだれかかり、自分の価値を説いたのだった。
***
ジャックに出席を命じられた晩餐会は、ルブロ家の広間で行われた。
集まった客人たちは、ざわざわと落ち着かない囁きを交わしあっていた。
伯爵家長男であり、今夜の晩餐会の主催者であるジャックが、婚約者ではない令嬢をエスコートして現れたからだ。
「お集まりいただいた皆様に、お知らせがございます」
広間じゅうの注目を浴びながら、ジャックは満面の笑みで告げた。
「このたび、わたくしジャック・ルブロはルイーズ・コットネルとの婚約を破棄し、新たにこのエリラ・コットネル嬢との婚約を結ぶことになりました」
ジャックがエリラの肩を抱き、エリラがジャックに負けない笑みを浮かべて彼にしなだれかかると、広間はさらに大きくどよめいた。
(本当にエリラに乗り換えるのね…)
ウォルターから贈られたネックレスをつけ、ドレスアップしたルイーズは、扇で隠した顔を盛大にしかめた。
もう何か月も前から、言動の端々にそうした気配は感じていた。
そして、小言とともに「後悔しろ」という言葉を投げつけられるより前に、ルイーズは事態の収拾に動いてもいた。
「皆さん、お静かにお願いします」
ジャックが手をひらひらと動かし、呼びかける。
「ルブロ家、コットネル両家当主の了承も得ております。これは正式な手続きを踏んだ再婚約で――」
「ええそうです。そして皆様にもうひとつお知らせがございます」
割り込んできた声にジャックは眉根を寄せた。
広間の中央、ジャックとエリラが寄り添う前につかつかと歩いてきたのは一人の青年。
「ウォルター!」
「ウォルター……様!?」
ジャックの声に、エリラが驚きの声をあげる。
今日のウォルターは、エリラの知るウォルターとは様子が違っていた。
作業用のメガネをつけず、髪を下ろして、伯爵令息にふさわしいジャケットを着こなしたウォルターは、広間じゅうが見惚れるほどの美形だった。
ウォルターは一人たたずんでいたルイーズのそばに歩みよると、手をとった。
伯爵令息にふさわしい優雅な仕草で、手の甲に口づける。
ルイーズも彼の隣でほほえみを浮かべた。
「わたくしウォルター・ルブロは、ルイーズ・コットネル嬢と婚約いたしました」
広間は今日一番の騒ぎに包まれた。あちこちから隠そうともしない声が飛び交う。
しかし最も驚愕しているのは、ジャックとエリラだった。
「どういうことだ!? しかもルイーズだと!?」
「お、お姉様なの!? 信じられないわ!!」
(やっぱり私に気づいていなかったのね)
ジャックが婚約の破棄と新しい婚約を宣言するのを、ルイーズは正面から見つめていたのだ。なのに二人とも視線すらよこさないから、そうなのだろうと思っていた。
ルイーズは黙ってポーチから水晶レンズのメガネをとりだした。ウォルターも同じく、メガネをつける。
「ルイーズ!!」
「本当にお姉様だわ!! それにウォルター様!!」
メガネ姿になった二人に、ようやくジャックとエリラはそれが自分たちの姉・弟だと理解したらしい。
しかしルイーズやウォルターがメガネをかけたのは、自己紹介のためではない。
「あらあら……エリラはジャック様を手に入れるために考えなしに魔石をつけて、魅力アップを狙ったのかしら」
「兄さんも今夜の晩餐会のためにはりきったんだろうけど……」
ジャックのジャケットやエリラのドレスには、工房で会ったときと同じ、数々の魔石宝飾。むしろ数は多くなっているかもしれない。
明らかにつけすぎの魔石は、水晶レンズ越しに見れば魔力が歪に渦を巻いている状態だった。
「エリラ! 君が、ルイーズは着飾りもせず晩餐会にもこないと……!」
「だってお姉様にドレスなんてあげてないもの! アクセサリーだって、買えるはずが……」
言いあい始めた二人にルイーズとウォルターはため息をついてメガネを外した。
「あのねえ、私はルブロ商会で魔石鑑定士として働いているのよ? 身のまわりのものくらい買えるわよ。晩餐会にも出席していました。この姿でね」
「ルイーズ嬢の私物はルブロ商会の副商会長室に置いてある。コットネル男爵家では手癖の悪い義妹に盗まれるから、と」
ウォルターに一瞥され、エリラは気色ばむ。
「なによ、お姉様のものはあたしのものでしょう! 借りてただけよ! ねえ、ジャック様。晩餐会をぶち壊しにするこの二人を追いだしてくださいな!」
「副商会長室、だと……?」
自らの罪を暴露するようなエリラの言葉にも答えず、呆然と呟いたジャックは、ハッとした顔になってルイーズのもとへ駆けよった。
「ルイーズ! 俺が悪かった! 知らなかったんだ…その、君がそんなに美しいなんて…! エリラに騙されてたんだよ! 婚約破棄なんて冗談だ! 俺と――」
「はあ!? 何言ってるのよ! あたしだって知らなかったわ、ウォルター様がこんなにかっこいいなんて!!」
ルイーズに縋ろうとするジャックの腕をつかみ、エリラは叫ぶ。
ジャックもエリラも、働いている姿のルイーズを見て、ルイーズにはその格好しかできないのだと思い込んでいた。
それはウォルターに対しても同じで、エリラはウォルターを冴えない次男だと認識した。
「……ジャック様も、エリラも、知らなかったと思いますが。ルブロ伯爵家とコットネル男爵家は婚約に際して、交換条件を結んだそうです」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人に冷たい視線を送り、ルイーズは言った。
そのあとを引き取ったウォルターが淡々と語る。
「コットネル男爵家には令嬢が二人しかいない。本来なら家を継ぐルイーズをルブロ伯爵家に嫁がせるのだから、エリラには婿が必要だ。優秀なルイーズを兄さんの妻にするかわりに、ぼくがコットネル男爵家に入ることになっていた」
「そんな、あたし、ウォルター様と結婚できるはずだったの……!?」
両手で口元を覆い、エリラが目を見開く。
ジャックはとりたてて美形というわけではない。ただ、伯爵家の長男という身分と、姉の婚約者という立場がエリラに彼を『欲しい』と思わせただけ。
ウォルターと結婚できて、コットネル家を継げるならそのほうがよかった。けれどもう、エリラはジャックと婚約してしまったのだ。
「エリラはコットネル男爵や夫人に泣きついて、ジャックと結婚したいと言った。エリラに甘い夫妻はその願いを叶えようと父に申し出て――」
「そ、そうよ! あたしはジャック様と結婚する! そしてルブロ伯爵夫人になる。商会だってあたしの言うとおりにさせられるわ。そうなったらお姉様もウォルター様も、クビにしてあげる!」
自分の優位を自分自身に言い聞かせるように、エリラは叫ぶ。
そんなエリラにジャックは慌てて「エリラ……!」と口を挟むものの、あとをつなぐ言葉が出てこない。
「……うちの父は、まあなんというか、抜け目のない人でね」
わが父ながら……とぼやき、ウォルターは整えた髪を指先でつついた。
「父は、経営に疎い長男をコットネル男爵家が引きとってくれると大喜びで、ぼくを伯爵家の後継ぎに指名した」
青ざめて唇をかみしめるジャックと、「な……!?」と顔を引きつらせるエリラ。
ジャックにすら許されていなかった副商会長の座。その部屋をウォルターが使うというのは、そういうことだ。
ゆくゆくは商会長となり、それは伯爵家当主となるということも意味する。
「ぼくを婿にするのは父のせめてもの温情だったんだよ。そうじゃなきゃコットネル男爵家の財政が危ないだろうから。でも家どうしの約束をひっくり返したのはコットネル家のほうだ」
「エリラ! お前のせいだぞ、お前が俺を誘惑したから……!」
「あんたが、魔石の力があればなんでもできるって言うから……! あんたのせいじゃない!」
ギャアギャアと言い争うふたりを、招待客たちは冷ややかに見つめた。
ルイーズもまた、仲裁をしてやろうという気はない。
(なんでも、は嘘ね。魔力が干渉しあうと効果はマイナスになるし、魔石の取り扱いには注意が必要。だから私たち売る側にもたくさんの資格が求められている……そんなことも知らなかったのでしょうけれど)
エリラがジャックを誘惑しようと魔石を過度につけたおかげで、ジャックはエリラの言うことを鵜吞みにし続けた。
そして今日の晴れ舞台にとジャックがつけすぎた魔石は、招待客たちにジャックやエリラの本音をぶちまけさせてしまった。
もっと慎重に魔石を扱っていれば防げたことで、同時に、ジャックに対しては商会を継ぐ能力なしと伯爵に認めさせてしまう失態だった。
後悔するのはどちらだったか、これでわかっただろう。
静かにほほえむルイーズの手を、ウォルターがとった。
身を屈め、上目遣いにうかがってくるウォルターの表情にもまた、ほほえみが浮かんでいる。
「まったく、ジャックに見る目がなくて助かったよ。……働くルイーズの真剣な横顔は、最初から美しかったのにね」
「これからもご期待に沿えるようにがんばりますわ、副商会長さん」
くすりと笑って言うルイーズに、ウォルターは唇を尖らせた。
「……そんな呼び方じゃなくて……」
拗ねたような表情は彼に少しの子どもっぽさを添える。
働くルイーズの真剣な横顔が美しいとウォルターは言ってくれたけれど、ルイーズも働くウォルターにずっと親しみを感じていた。
魔石の可能性を探るときのウォルターは、目をキラキラとさせて、一生懸命だったから。
その親しみの中にあった恋心の芽を、今後は押さえつけなくともよいらしい。
「ウォルター」
そっと名を呼び、寄り添うルイーズに、ウォルターは嬉しそうに笑った。
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地味に見えて実力者なヒーローが、押しつけられた役割から令嬢を救いだして甘やかすお話です。
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