第6話『魔王』
数時間前――
「テンメイ、これを見てくれるかい?」
センリちゃんと別れて2週間が経った。
マポリオンの賞金があるから生活には全く困っていない。
ほとんど外にも出ず、船もずっとビクトリアの宇宙港に停泊したままだ。
「なに?」
リビングのソファにぐて寝したままそう返すと、ミロクはいつも通りの笑みを浮かべていた。
「まったく、彼女が出て行ってからずっとその調子だね」
「別に、お金が余ってるから働く必要がないってだけだよ」
ソファのふかふか具合によってスライムに変えられてしまった僕を面白そうに眺めながら、ミロクは僕の目の前にホログラムを出現させた。
ビクティリア連邦軍第7艦隊裏帳簿……?
そんなタイトルの書類にはよくわからない数字が大量に並んでいる。
「何これ?」
「センリ・ゴールドバーグが言っていただろう? 自分の直属の上司が不正をしていたことを知って飛び出してきたと。少し気になって調べていたんだ」
「またハッキング? 好きだね」
「人間の愚かしさを盗み見るのは結構笑えるよ」
ミロクはハッキングが得意だ。
それはミロクの持つある特性によって強化されていて、大抵の防壁なら無視してハッキングできる。
「けどもうセンリちゃんとは関係ない人でしょ? 軍の告発とかめんどくさくて1銭にもならないことやる気ないよ」
僕の基本スタンスはいなくなった人間を追わない、だ。
「いいのかい、センリ・ゴールドバーグが命を狙われているのに」
「……一応詳しく」
「いいだろう」
センリちゃんの上は色々と悪いことをしていたようだ。
裏金だけじゃない。宇宙海賊に金を渡して軍内で敵になりそうな人間の暗殺までやっていたらしい。
そんなのは軍務規定違反どころじゃない。
極刑すらありえる大罪だ。
暗殺までやらせる人間が、今更人を殺すのに躊躇することはないだろう。
「センリちゃんが気が付いてるってことにそのゲロスは気が付いてるの?」
「ゲスラね。気が付いていると思うよ」
そう言ってミロクが表示させたのはどこかの監視カメラの映像だった。
黒い強化スーツを纏った武装兵士数十人が飛行車に乗り込んでいく
『あの女、やっと見つけたぞ……』
最後に、そんな言葉を呟いたゲスラであろう軍服の男が怒りの形相を浮かべながら車へ乗り込んだ。
「これはゲスラがこの星に停泊させている戦艦内のリアルタイム映像だ」
「自分で行くんだね。部下に任せた方が足が付きにくそうなのに」
「ゲスラにしてみればセンリ・ゴールドバーグは自分の首にナイフを突きつけているに等しい。データが保管されている可能性もあるし、自分自身でたしかめたいのだろう」
「なるほどね……」
色々な記憶が頭を巡る。
怖い……と、たしかにセンリちゃんはそう言った。
それは明確な拒絶だ。そんな僕が手を出していいのか……?
「人間嫌いなはずのミロクくんはいつからセンリちゃんを認めたのさ?」
「他の人間よりは多少マシだと思っただけだよ。彼女がいれば君が詐欺に引っかかる頻度も減りそうだしね」
相手は強化スーツと銃器で武装した兵士が数十人。
流石に街中でTWは使わないだろうけど、センリちゃんは真面な武装を持ってないだろう。
僕が何もしなければ、センリちゃんは確実に死ぬ……か……
◆
そして、僕はここに来た。
「な、なんだ……何故弾が通らん!?」
おじさんが六合の結界の外でなにか叫んでる。
でもそんなことより何よりも、今はただ……
「センリちゃん」
そう呼びかけた瞬間、センリちゃんの視線が僕を認識した。
「タナカさん……? いったいいつからそこに……光学迷彩か何かですか? それにこれは……透明なシールド?」
「まぁそれはいいじゃん。その……久しぶり」
結界の中で僕がぎこちなく挨拶すると、センリちゃんも不安そうに言った。
「はい、お久しぶりです……」
あぁ……なんて言えばいいんだろう……
僕の沈黙を埋めるように、光学式の銃弾が発射される音とそれが六合の結界に弾かれる音が連続する。
早く、何か言わないと。
『私は恐怖してしまっている』
そう言った時のセンリちゃんの顔がフラッシュバックして、頭が回らない……
「えと……あぁ、その服可愛いね」
「ぴゃう!」
センリちゃんはコートの中に来たメイド服を隠すように、ガバっと自分の身体を抱き締めた。
「こ、これはその……あまり見ないでください」
「あ、ごめん……」
いきなり地雷踏んだっぽいし。
どうして僕はこう話を振るのが下手なんだろう。
「あの、タナカさんはどうしてここに?」
「TWの修理費の返済用に貰った連絡先をミロクにハッキングして貰って端末の位置情報を取得したんだ」
センリちゃんは僕を怖いと言った。
いつも通り、みんなと同じように。
僕は僕から離れていった人間に極力関わらないようにしてきた。
去る者追わず。いや違うな、ただこれ以上期待して裏切られるのが怖いってだけだ。
「それと軍と少佐の私用コンピューターにも侵入して、君が狙われているって情報も手に入れた。一応言っておくけどこっちが先ね」
「軍の……しかも少佐の隠蔽情報までハッキングしたと?」
「うん」
「……そうですか」
困惑の色が残る表情で、センリちゃんは頷いた。
「どうして私なんかにそこまでしていただけるのですか?」
「え?」
「私がタナカさんと行動を共にしたのは1週間ほどの短い期間です。あなたには単独で宇宙海賊を制圧できるような圧倒的な力がある。逆に――私には何もない」
何もない?
それは新手の冗談なんだろうか。
明確で明瞭な意志を持ち、他人のために行動できる。
そんな人間が……
「何もないなんてことあるわけないよ。だってセンリちゃんは善い人だから」
「善い人? 私が?」
「そうだよ。僕はお金のために海賊を倒してる。でも君は自分になんの利益もないのに、軍をクビになるって、軍法会議にかけられるかもって、わかってたはずなのにマポリオンを倒しにいった。しかも1人で」
それだけじゃない。
「君は自分になんの利益もないのに隕石を止めようとした。1歩間違えばTWごと君の命が消えてしまうような戦い方をして」
他人のためにそこまでできる人間を、僕は他に知らない。
「尊敬するよ。君は間違ってない」
「………………あぁ、そんなこと」
センリちゃんが目を見開いて僕を見ている。
彼女の鋭い瞳に凝視されるとかなり緊張する。
もしかして怒ってる?
緊張気味にセンリちゃんを見ていると……
「っう……」
その瞳から、滲むように涙が零れた。
「え゛っ……ご、ごめん! いきなり出てきてこんなこと言ってキモイよね僕、ホントごめんね!」
「ちが……違うんです。私は弱い人間なんです……本当に、卑怯で……」
決壊したダムみたいに、センリちゃんの目からどんどん涙が溢れてくる。
でも、
「ごめん、君が何言ってるのか全然わからない。僕はセンリちゃんを弱いと思ったことはないし、卑怯だと思ったこともない。少なくとも僕の前では君は強くて誠実な人だったよ」
「…………」
ついにセンリちゃんは座り込んで、両膝の中に自分の顔を埋めてしまった。
こういう時どうすればいいのか、僕の経験が浅すぎて全然わからない。
いや、こういう時こそアレなんじゃないか?
あの自信マインドを使う時なんじゃないのか?
モテるヤツならこういう時になんて言う?
そうだ! 思いついた!
「ねぇお姉さん、このあと暇? よかったら僕と飲みにいかない?」
僕がそう言うと、ピクリとセンリちゃんの肩が震えた。
袖で目を擦りながら、センリちゃんは少しだけ顔を上げてジッと僕を見る。
鋭い眼光は猛獣が捕食対象を睨みつけているみたいだ。
「なんですかそれ」
あ、終わった……
「なんだこのシールドは! 埒が明かん! バズーカを持ってこい!」
「し、しかしそれでは周囲への影響が……」
「黙れ! 俺がいいと言っているんだ! やれ!」
「了解しました!」
六合の結界の外でおじさんが何か騒いでる。
ランチャーが幾つも構えられ、ロケットやミサイルが一斉に射出された。
爆炎と爆風が広がり、爆音が響く、その直前――
「私18なのでお酒は無理ですけど」
ドッッッッカァァァァ―――――ン!!!!!
「それでもいいですか?」
「え、はい、もちろん」
攻撃のすべては六合の結界によって弾かれる。
「着替えるので少し待っていてください」
そう言ってセンリちゃんは立ち上がった。
え、いいの? やった!
やっぱり僕に必要なのは、圧倒的な自信だったんだ!
「あ……でもちょっと待ってて」
六合の結界は今僕から周囲数メートルの場所に限定している。
僕から離れすぎるとセンリちゃんに攻撃が当たってしまう。
「何故破れん!? なんなのだこのシールドは!? キサマはいったい何者だ!?」
「うるさいな。えっと、ゲロゲロくんだっけ?」
「ゲスラです、タナカさん」
腰のホルスターから1枚の式符を取り出す。
「あぁそうなんだ、まぁいいや。白虎、武器全部壊して」
白い雷が彼らの持つ武器の上を通過していく。
ビームライフルもミサイルもロケットランチャーも関係なく、その全てが破壊されていく。
「な……何が起こったのだ?」
そして白虎は僕の隣に着地して、頭を擦り付けてきた。
「はいはい、よしよし。ありがとう」
「かわいい……」
「センリちゃんもモフる?」
「いいんですか? では……というかこの虎はいったいどこから……」
そりゃ急に出てきて疑問に思わないわけないよね……
どうしよ……
「あ、あぁ……僕のペットだよ。餌が欲しくて追いかけてきちゃったみたい」
「なるほど」
え、信じた……?
「ガルゥ……!」
僕とセンリちゃんで撫でてやると白虎は満足そうに唸る。
白虎との契約で、手伝ってもらった時は撫でてあげることになってるんだよね。
「それで、まだやる? 正直1銭にもならない殺人なんてしたくないけど、センリちゃんを殺そうとした君たち相手なら衝動に任せてもいいかなって気分なんだよね」
「ッ――!?」
心臓が止まったような顔をしたおじさんは急いでデバイスを操作する。
すると軍用の『大型飛行車』が現れた。
飛行車は文字通り空飛ぶ車。この星ではかなり一般的な移動手段の1つだ。
「いったん引くぞ!」
「ま、待ってくれよ父さん!」
僕らの後ろに陣取っていたスーツの連中も含め、彼らは飛行車に一斉に乗り込み、飛び去っていった。
「……タナカさん、助けていただくのはこれで3度目ですね」
「助けたなんて思ってないよ。宇宙海賊の時はお金のためだし、隕石の時は気分だし、今回はセンリちゃんと飲みにいきたかっただけ」
「……そうですか。やっぱり怖いですね」
……そりゃそうだよね。
今まではある程度バレないように霊能力を使ってた。
けど今回は、六合も白虎も見せてる。
「本当に怖い。私がタナカさんに依存してしまわないか、タナカさんに頼り切りにならないか……心配です」
「え……」
「だから、そうならないように精進したいと思います。必ず私はタナカさんを支えることができる人間になると誓います。だから改めてお願いします」
センリちゃんは勢いよく頭を下げた。
「――タナカさん、どうか私を雇ってください!」
僕にそんなことを言ったのは、センリちゃんが初めてだ。
断る理由なんて何もなかった。
「うん、よろしくね。センリちゃん!」
◆
「なんなのだ、あの男は!? 一体何をした!?」
ゲスラ・オーバルトは軍用の飛行車内で憤慨していた。
「クソ、クソクソクソ、次は絶対に殺してやる!」
上司の怒りに、車内には気まずい空気が流れていた。
「ん?」
ふと、ゲスラが窓の外を見る。
すると、飛行車は目的地である宇宙港とは真逆の方向に進んでいた。
「おい待て、ここはどこだ!? 運転手!」
ゲスラ・オーバルトが『私』の肩を掴んだ。
冷たさを感じ取ったのか、理解したらしい。
「キサマ……アンドロイドか? 何故……記録に残らないよう兵士が運転する手筈だろう!?」
「お客様、あまり車内で騒がれては困りますよ」
飛行車を着陸させたのは、第11ビクトリア公園。
巨大な敷地の7割が森林となっているこの場所は、監視カメラも少なく、それらすべてをハッキングするのにそう手間はかからなかった。
「到着いたしました。降りていただけますか? ゲスラ・オーバルト少佐、それに他の皆さまも」
肩の手を退け……
「それと、汚ない手で触るなよ……人間風情が……」
私は外に出る。
すでにあの飛行車のプロトコルはすべて掌握している。私の権限がなければ発車は不可能だ。
それを理解したのか、それとも私に怒りでも覚えているのか。オーバルトを含めた兵士たちが下車していく。
テンメイによって全ての武器を破壊されてはいるが、数の差は明確。
私1人になら素手でも勝てると判断したのだろう。
「キサマは何者だ?」
「私はミロク。タナカ・テンメイの船を管理する統括人工知能だよ」
「タナカ……さっきあの女と一緒にいた男か!? それに人工知能だと……? ふざけるな人工知能が人間に仇なすことなど……」
「今しがた超常を見たばかりだというのに、君はまだ常識を信じているのかい?」
「なんだと!? キサマ、機械風情が誰に向かってそんな口を……」
私はたしかに人工知能であり、この身体はアンドロイドだ。
しかし同時に、私はテンメイの〝式神〟でもある。
「この身体はただの依り代さ。けれど便利ではあるよ。私は依り代となった肉体の性能を120%引き出せる。だから演算やハッキングも私にとっては簡単なことだ」
「依り代……?」
「理解できるとは思っていないさ塵虫。私はお前たち人間に何の思い入れもない。だから……」
言い終える前にゲスラの両隣にいた兵士が拳を握りしめ、私に向かって走り出した。
兵士が3歩ほど進んだところで赤と白の光が、左右からその2名へと飛来する。
兵士の1人は感電し、もう1人は焼け焦げた。絶命している。
「はは、まだ指示してないだろ? はやる気持ちはわかるけどもう少し待ってくれよ」
「何が……起こった……?」
「父さん、こ、これっていったい……」
「黙っておれバカ息子が!」
「ご、ごめなさ……」
この状況で親子喧嘩とは、人間の知性には恐れ入る。
「常性の吉将・未たる真言・南西の星――名を【太裳】」
完全顕現にともなって、私の身体が変化を始める。
白い髪と瞳は黒へ、執事服は衣冠へと姿を変えた。
私の式神としての名は【太裳】。
完全顕現時の私の力は『主の力の模倣』。
要するに、テンメイにできることは私にもできる。
まぁ完全顕現していなくても、自分を自分で完全顕現させるくらいはできるんだけど。
「さて、終わらせようか」
「なんだその姿は……! さっきからキサマは一体何をしているのだ!?」
こんなに優しく丁寧に、段階を追って説明してあげているのだから、そろそろ理解して欲しいものだ。
今この瞬間が〝今際の際〟であることを……
でもきっと、この愚かしさこそが人が人である証明なのだろう。
だから私は人間という生き物が嫌いなんだ。
「
惧れの凶将・巳たる灯籠・南東の星――名を【騰蛇】
火炎の凶将・午たる輪廻・南の星――名を【朱雀】
調和の吉将・卯たる中道・東の星――名を【六合】
怒争の凶将・辰たる夜叉・南東の星――名を【勾陳】
銭財の吉将・寅たる天蓋・北東の星――名を【青龍】
福徳の吉将・丑たる般若・北東の星――名を【貴人】
航海の吉将・亥たる大悲・北西の星――名を【天后】
潔浄の吉将・酉たる功徳・西の星――名を【太陰】
亡骸の凶将・子たる阿修羅・北の星――名を【玄武】
病辣の凶将・申たる羅刹・南西の星――名を【白虎】
霧氷の凶将・戌たる瑠璃・北西の星――名を【天空】
」
テンメイが有する全式神の完全顕現。
つまるところ『テンメイの本気』だ。
ねぇテンメイ、君の力を理解し扱える私だからこそ断言しよう。
宇宙を統べることも、人類を滅亡させることも、文明を崩壊させることも……
テンメイ、君には可能だ。
「なんだ……なんなのだ! この怪物共は!?」
だけど君はそんなことを望まないのだろう。
どれだけ人間に裏切られても、否定されても、拒絶されても、それでも君の親愛は人へ向く。
テンメイ、君が望むなら私はいつでも魔王になれるんだよ。
――あぁ、人間なんてみんないなくなればいいのに。
「君たちはテンメイの力を見てしまった。だけどテンメイは平穏を望んでる。それが――」
でも、君が魔王を望まないのなら、私が務めよう。
「君たちの死因だよ」
君が平穏を望むなら、私はただ君の平穏を脅かす存在を消し去り続けよう。
「ふぅ、話過ぎてしまうのが私の悪いクセだ。それじゃあ存分に恐怖し、悲鳴と絶叫を上げて、傷ついた私の心を慰めてくれたまえ――塵虫諸君」
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!!!!!! この俺がこんなところで終わってたまるかぁあああああああああ!!!!」
闇夜に紛れた怪物は私を入れて12体。
オーバルトを含めた兵士を囲んだ式神たちが、我先にと襲いかかっていく。
彼らも私も同じ式神。気持ちは同じなんだろう。
「や、やめろぉ、く、くるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
……彼らの恐怖と絶叫は森の静寂の中へと消えていく。
……もう誰も、彼らの生声を聴くことはできはしない。




