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第4話『落星』


星長(せいちょう)、お逃げにならなくて本当によろしいのですか?」

「我らには力がない。だからアレをどうにかすることができない。我らには知識がない。だからアレの接近に気が付くのが遅れた。我らには財がない。だから助けを呼ぶこともできない」

「……どれだけ税を納めているかで救う星を選り好むなど軍はふざけています! 抗議文を送るべきではありませんか?」

「その返信が返ってくる頃には、この星にその通信を受け取るための装置は存在しないのだ」


 綺麗な夜空がよく見える星見台。


 初老の男と眼鏡をかけた若い男が並んで空を見上げ、そんな会話をしていた。


「私はこの星の民を何も告げることなく殺す。その責任として1番高いこの場所でアレを待ち受けると決めた。お前は逃げてもいいぞ、実際政治家や資産家の多くは宇宙船を使ってこの星からの脱出を計っている」

「私はあなたが建ててくれた孤児院のおかげで今ここにいます。最後まで星長と共にいさせてください」

「……君が秘書で嬉しい限りだ」


 夜空の中で輝きを放つ無数の星の中に、ひときわ輝く星が1つ。


 それは少しずつ巨大化していた。


「あ、星長さんだ! なにしてるの!?」


 そこに1人の少女がやってきた。よくここで遊んでいるのを見かける元気な子だ。


「今日もハゲてるね、星長さん!」


 少女はいつも星長を見かけるとそう言った。


『ハゲとらんわ! こりゃスキンヘッドじゃ!』


 そう言って星長がどこか嬉しそうに叱ってくるのが面白かったから。


 だけど今日の星長は少女の姿を見ながら涙を流していたから、少女は少し困惑した。



 ◆



「センリちゃんって呼んでもいいかな?」


 離着陸用の子機を使って宇宙船まで戻って来た僕らは、船内のリビングのソファに対面になるように座って、改めて自己紹介をすることとなった。


「構いません。私はなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「好きなように呼んでもらって大丈夫だよ」

「ではタナカさんと……このたびは助けていただきありがとうございました」

「気にしなくていいよ。別に君のためにあの星へ行ったわけじゃないし」


 話していると廊下に続く扉が開き、コーヒーカップを3つ乗せたトレイを持ってミロクが入ってくる。


「失礼するよ」


 僕とセンリちゃんの前にカップを1つ。そしてミロクは自分のカップを持ってセンリちゃんの隣に座った。


 コーヒーまで飲めるんだから最近のアンドロイドは凄いよね。


 頬杖を付いたミロクは、姿勢正しく座るセンリちゃんをギョロリと下から覗き込む。


「私はこの船を統括管理している人工知能だ。ミロクと呼んでくれたまえ」

「センリ・ゴールドバーグと申します。随分と高性能なAIを搭載しているのですね、ここまで馴れ馴れしい人工知能は初めてです」

「徒党を組んで自然を破壊する人間という種族ほど馴れ馴れしくはないさ」


 張り付けたような笑顔をセンリちゃんへ向けながら、ミロクはセンリちゃんの手に自分の手を重ねた。


「なにやってるのミロク、やめなって」

「まぁまぁ、テンメイは少し黙っていてよ」

「私は構いませんよ、タナカさん」


 え、急に手を触られて嫌じゃないの?

 ミロクって確かに顔の造りだけはいいからな。


 センリちゃんって眼つきは鋭いけどこんなに美人なんだし、今までの人生もモテてきたのかな?


 むしろ『こんな風に近づかれても当然』みたいなマインドセットがモテるコツだったりするんだろうか。


 詳しく教えて欲しいものだ。


「それで聞いてもいいかな?」

「なんでしょうか?」

「君は、テンメイの何が欲しくてここにいるんだい?」

「私がここにいるのは、船を持たない私をタナカさんが送ってくれると仰ってくれたからです」

「ふむ、けれど事実としてテンメイには巨大な宇宙海賊団を単独で撃滅できる力がある。事実としてテンメイが熟す仕事1つは普通の人間が数十年を懸けて稼ぐような金額に相当する」

「それを私がなにかのアテにしていると?」

「人間というのはそういう習性の生き物だろ?」


 2人とも、距離の近さに全く違和感を感じていないように自然に喋ってる。


 やっぱりこれが人に好かれる人間の距離感なんだろうか。


 たしかに詐欺師の人たちもこれくらい距離が近いのが当たり前だった。


 それになにより、みんな僕にはない自信を持っていた。


 だとしたら……


「私の心拍数を計測するのは構いません。いきなり船に乗ってきた私を怪しむのは当然のことです。しかしフェアではないので言っておきますが、私は軍人でありさまざまな訓練といくつかの改造手術を受けています。その方法での真偽調査は不可能です」

「それなら答えなよ。君の目的はなんだ?」


 センリちゃんは目を閉じて、ゆっくりとコーヒーを口へ運んだ。


「私の目的は……」


 コツ、とカップが置かれる音がする。


 ここだ。ここしかない。


「いやぁ、やっぱり僕ってイケメン過ぎてモテるのが当たり前だから、君がなにを考えてるかなんて関係ないっさっ!」


 どうだ。こういうことでしょ!?


 自分を美化する圧倒的な自信(マインド)

 それこそがモテるコツ……!


「っ、ぷっ……ふは……」

「え…………っと」


 あれぇ?


 なんかミロクが必死に爆笑を抑え込んでる。


 アンドロイドに過呼吸とかないんだから苦しそうなのもきっと演技だ。


 センリちゃんはコーヒーをスプーンで無限にかき混ぜ続けてる。円周率の最後の数字を答えなさいって言われた計算機のローディングみたいだ。


 やばい、誰も反応してくれない。

 2人とも僕から目を逸らしている。


「あの、アレはなんでしょうか?」


 わ、わ、話題まで……逸らされた……ッ!?


 なんで、どうして……!? なにが間違ってたんだ!?


「アレは……隕石……?」


 センリちゃんが指さしたのは船の外だ。

 このリビングは、強化ガラスによって外の景色を一望できるようになっている。


 外はいつも通りの宇宙空間。

 闇の中に星々の光がいくつも見える。


 けれどその中に、ひときわ巨大な物体があった。


 センリちゃんが言った通り、それは紛れもなく『隕石』だった。


 かなり巨大な小惑星が、重力という指向性を持って1つの惑星へ飛来している。

 でもこんなことは宇宙ではよくあることだ。


 そんなに気にすることじゃ……


「そんな……あの隕石が向かっているのは居住惑星です……」

「凄いねセンリちゃん、そんなことまでわかるんだ?」

「私は軍人、この宇宙の平和を守るのが私の務めです。自分の担当地区のマップ情報くらいは把握していて当然です」


 居住惑星、字面通り人間が住んでいる惑星のことだ。

 僕はこの辺りの星系なんて知らないけど、このサイズの隕石が衝突すればその星がどうなるかは僕にもわかる。


 確実に、星の文明が滅ぶ。


「たしかに彼女の言う通り、あの小惑星の行先には数千万人規模の都市があるね」


 ネットにアクセスして情報を収集してくれたのだろう、ミロクもそう報告してくれる。


「でも隕石なんて軍艦が数隻あれば破壊できるでしょ。あの星がビクティリア連邦の加盟惑星なら助けてもらえるんじゃない?」

「それは無理です」


 青い軍服を纏ったセンリちゃんは、なにかへの怒りを思い出すように眉間へ皺を寄せ、キッパリとそう言い切った。


「タナカさん、この船にTWはありますか?」

「え? 一応あるけど……」

「申し訳ありません。お借りします」


 そう言ってセンリちゃんは急ぎ早に部屋を出て行った。


「あ、え!? 行っちゃったんだけど!?」

「進む足に迷いがないね。この船に乗る時に外観は見ているだろうし、内部構造を逆算してTWがありそうな場所に当たりくらい付けられるんだろう。流石に軍人だね」


 なんというか、とんでもない行動力だ。


 いや、それこそがセンリちゃんがたった1人で宇宙海賊の本拠地であるユーズニアスにいた理由なのかもしれない。


「って、それマズくない!? だってあのTWは……」

「あぁ、あれは君が騙されて買った観賞用モデルだ。動きはするだろうけど手入れも全くしてない……つまり『オンボロ』だ」


 めちゃくちゃヤバいじゃん!


「ミロク、本当に行ったと思う?」

「確実に行ったね。ハッチが開いてる」


 あの子とんでもないな……!


「どうするテンメイ? 別に観賞用(オンボロ)じゃなくなってTWたった1機でその100万倍近い質量を持つ隕石を止められるとは思えないが……」

「どうするって……そりゃ……」



 ◆



 タクティカルウェア――通称TWと呼ばれるそれは全長15m前後の体躯を持つ人型兵器であり、宇宙空間においては中近距離の戦闘をまかせられる白兵武装だ。


 レーザーすら容易く回避し、戦艦へ取り付いて撃破することすら可能な速度を持っている。


 そして、内部に乗り込んだ人間の操縦によって機能が完結する性質のため完全なハッキング対策が可能な兵器でもあるがゆえ、TWは宇宙戦闘における『切り札(エース)』の座に君臨している。


 そのTWを操るパイロット。それが私『センリ・ゴールドバーグ』の軍務上の立場だった。


 だが、この機体にはロクな武装が搭載されていない。

 どころかメンテナンスすら怠られている完全な不良品だった。


 しかし、この機体以外にタナカさんの船にTWは存在しなかった。


 私は気絶していて見ていないが、どうやらタナカさんの戦術はTWを用いたものではないらしい。

 しかし、それでどうやってマポリオンを……


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「目標補足――」


 対象隕石のサイズは直径1km、厚さ300m。

 質量は約1兆トン。


 この機体に搭載された武器と呼べる物は『レーザーライフル』と『ビームサーベル』だけ。


 それに見た目をよくする目的か、本来肩や足に搭載されるはずのサブ武装は取り外されている。


「完全な趣向品、ということですね」


 相手は巨大隕石。


 こちらはせいぜい100トンにも満たないのTW1機。武装はブレード1本とライフル1丁のみ。


 現実的な作戦ではないことは明らかだった。


「だからといって、罪なき人を見捨てていい理由にはならない!」


 私の故郷は宇宙海賊に滅ぼされた。


 父も母もその時に死んだ。あんな理不尽は許せない。


 そんな不幸を少しでも取り払いたかった。


 そのために、私は軍人となったのだ。


 操縦する機体の速度を上げ、隕石へ接近する。

 惑星の重力に引かれているとはいえ、まだ隕石は宇宙空間にある。


 速度はTW(こちら)()がある。ビームサーベルを構えた私の機体は隕石と並走する。


「砕けろ!」


 サーベルを振るう。

 光学兵器であるそれは、対象の頑強さをある程度無視した切断が可能だ。


 隕石に傷が入った――が、それだけだった。


 ビームライフルを連射するが、それも隕石に小さな穴を空けるだけであまり効果があるようには見えない。


 これじゃあ意味がない。


「もっと巨大なエネルギーが必要」


 目標はこの隕石の軌道を変えること。


 周辺の無人惑星の重力圏内まで吹き飛ばす!


 エネルギーとは質量と速度の集合だ。質量が足りていないのならば速度で補えばいい。


 必要なのは切断能力でも貫通能力でもない。


 必要なのは、この大質量の軌道を変えるほどの――衝撃!


「武装が足りないのなら操縦技術で補う!」


 脚部ブースターを連続点火。

 過度な加速の中、機体を操って姿勢を精密に制御する。


 機体を回転させながら踵を隕石へ。


 速度が持ち味のTW、その速度を衝撃に変換するために最も効率的な動き。


 それは【後ろ回し蹴り】だ。


「曲がって!!」


 祈るようにそう叫ぶと同時に、蹴撃は隕石の正面を打った。


 だが、それでも――


 ボロッ……


 TWが文字通り、膝から崩れ落ちる。


 必要最低限、それも外見を保つための手入れしかされてこなかったそのTW(インテリア)は――錆びていた。


「そんな……」


 隕石が私の機体を擦り、弾き飛ばしながら横を通り抜けていく。


 正面には亀裂が走っているが、砕けるほどではない。これでは流星群にすることすらできない……


 あの時と同じだ。父と母と故郷が、海賊に蹂躪されたあの時と……


 私の祈りは誰にも届かなかった。だから強くなったのに……


 右脚と共に片方の脚部ブースターを失ったことで大幅に速度が落ちた。


 これではもう、隕石へ追い付けない。


「宇宙海賊に支配されたあの星を救うために上官の命令に背いて独断先行して、無断でTWまで持ち出したのに……」


 あの上官は辺境の星を救う気がなかった……


 宇宙海賊、天変地異、食糧難、内乱、そして隕石。多くの星から多くの助けを求める通信があった。


 けれど上官はそのほとんどを無視した。


 被害が拡大してから解決した方が自分の手柄が増えるから。

 裏金を受け取った惑星しか助けなかった。


 そんなのは軍人じゃない。


 そんなのは私の理想じゃない。


 だから逆らった。だから独りでもやってやろうと思った。


 でも……


 結局あの星を救ったのはタナカさんだ。

 私は無謀に突っ込んで負けただけ。


「これでは、あの解雇通知も当然ですね……」


 私の通信端末にその上官から解雇を通達するメールが数時間前に届いていた。


 本来私がやったことは軍法会議にかけられる事案だが、きっと上官は捜査によって自分の不正がバレるのを怖れたのだろう。


「私はもう軍人ですらない……」


 私は無力だ。


「なんで……どうして……」


 もはや、私には必定の滅びを見ていることしかできない。



 ◆



「どうするって……そりゃ……決まってるじゃん」

「君は本当に人間が好きだね」

「別に誰でも助けるわけじゃないよ。正直、センリちゃんがいなかったら気が付いても助けはしなかったと思う」

「それじゃあどうして?」

「センリちゃんが……カッコよかったからかな」


 僕はホルスターから式符を1枚取り出す。


「火炎の凶将・(うま)たる輪廻(りんね)・南の星――名を【朱雀(すざく)】」



 ◆



 ――宇宙が、真っ赤に輝いた。



「え?」


 暗黒と星々の白い輝きだけが彩る宇宙という空間。


 気体すらないその真空では、基本的に燃料もなしに炎が燃焼することはない。


 にも関わらず、それは赤い炎を纏っていた。

 それは飛翔するように隕石の正面へと飛び込んで行く。


 その形状は巨鳥。


 太古の文献に登場する架空存在に酷似したその姿はまるで――


「不死鳥……?」



 ――ドッッッッッカァァァァァァァンンンンンンン!!!!



 それは隕石へと激突し、大爆発を引き起こした。


「ぴゃえ!?」


 あ、ビックリしすぎて変な声でちゃった。


 隕石は粉々の石片となり、真逆の方向へ……惑星の重力圏外まで吹き飛んでいく。

 この星にはもう2度と近づかないだろう。


『あーあー、聞こえる? センリちゃん、隕石はもう壊れたみたいだし帰ってきたら?』


 TWに搭載された通信機からタナカさんの声が響いた。


「あ、え、はい。あのすいません、機体の脚部が粉砕しました」

『あー、全然気にしなくていいよ。むしろ壊れかけ渡しちゃってごめんね』


 TWは超高額兵器だ。


 それを破損させたというのにタナカさんは笑って流している。


 それに、まさかあの火の鳥はタナカさんがやったのだろうか?


『あとさ、センリちゃんって以外と可愛い驚き方するんだね』

「え……通信、繋がってたんですか……?」

『うん』

「お、お願いですから忘れてください!」

『悪いけど私の記憶領域は一億年分ほどあってね。君が生きている間に忘れることは無理そうだ』

『罪なき人を見捨てていい理由にはならない! ってめっちゃカッコ良かったよ!』

「うぎっ!」


 面白がる2人の声が聞こえてくる。

 こんなに残念な人みたいな扱いをされたのは生まれて初めてだ……


 うぅ、恥ずかしい……



 ◆



「星長……隕石が消失しました」

「……一体どうして」


 夜空が一瞬赤く染まった。

 そう思った次の瞬間には、徐々に巨大になっていた1等星が消失していた。


「きれいなおほしさま、きえちゃったね。ざんねん」

「あぁ、そうだね。本当に、本当に……残念だ……」


 震える声で星長はそう言って、少女を抱き締めた。


「ありがとう……生きていてくれてありがとう……」


 そう言って今度は堪えることもせず星長は泣き始めた。


 しかし今はどこか嬉しそうに泣いていたから、少女も呼応するように笑いながら言った。


「ハゲがうつる~はなして~!」

「うつらんわ!!」


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