第2話『怪獣』
「う、宇宙海賊だぁああああああああ!!!! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「星ごと囲まれてるのにどこに逃げるって言うのよ!?」
「もう終わりだ。終わりなんだ……」
高校3年に上がってすぐ、僕が住んでいた星を宇宙海賊が侵略しようとやってきた。
その時、僕は初めて『人』を『霊』に変えた。
「なんなんだお前……」
「学ラン汚れちゃったじゃん」
心はそんなに痛まなかった。
どうやら僕の『殺人』と他人の『殺人』では意味が違うようだった。
宇宙海賊を殺し尽くした僕は英雄だろうか?
とんでもない。人を殺した人間はもう普通の高校生なんかじゃない。
僕は高校を中退した。
その星の居心地がすこぶる悪くなったから。
後、学ランを洗濯するのが面倒くさかったから。
宇宙海賊に懸けられていた賞金、彼らが蓄えていた財産、星の長に贈呈された金一封、それを使って僕は宇宙船を買った。
そして、僕は傭兵になった。
◆
「頭痛っつ……」
なんだか頭がぐわんぐわんする。
昨日は何してたんだっけ?
宇宙海賊を倒して、賞金の受け取りと海賊の宝を換金するために、そこそこ発達してる近くの惑星に来たんだ。
えっと、それからは……
「おはようテンメイ」
宇宙船中にある僕の寝室に入室してきたのは、長い白髪を後ろで結った20代後半くらいのイケメンだった。執事服を着ている。
彼は手に持っていた薬と水を僕へ渡してくる。
「ありがとうミロク。相変わらずイケメンだね……」
「ロボットだからね? 美少女にもなれるからいつでも言ってくれていいよ」
「生憎機械とか幽霊には興味ないんだよ」
ミロクは僕の船を統括管理している人工知能で、人間と遜色ない言動ができる。
でも、人工知能らしくないほど馴れ馴れしいのが玉に瑕。
「テンメイ、少し聞きたいことがあるんだがいいかい?」
「なに?」
頭痛薬を呑み込むとすぐに痛みが引いた。最近の薬はすごいね。
「先日倒した宇宙海賊ゴーゾニックの賞金と、彼らが貯め込んでいた宝の売却金を合わせた3億CMが全て引き落とされてるんだけど、なにに使ったんだい?」
「……え?」
CM、正式名称を『COSMOS』という。それはこの銀河で最もポピュラーな電子通貨だ。
大体100CMでおにぎりが1つ買える。
「3億か、ゴーゾマックさんって結構蓄えてたんだね……って、それが全部なくなってるって言った?」
「ゴーゾニックね。一応君にしか引き落としできないはずなんだけど、昨日なにかあったのかい?」
そうだ……思い出してきた。
昨日、この星にあるハンバーグが美味しいって評判のお店で夕食を摂ってたんだ。
そしたら薄着の女の人に、
『ねぇ~君、よかったら少し付き合ってくれないかしら?』
って話しかけられて……その後ひとしきりお酒を飲んで……公園で少し話して……
昨夜のことを僕はミロクに包み隠さず話した。そうしたらミロクは……
「あっははははははは!!」
お腹を抱えて爆笑していた。
「笑い過ぎ!」
「仕方ないだろう? 君が昨日会ったばかりの女に3億を騙し取られた、なんて言うから」
「だってその女の人借金があって明日までに払わないと怖い人に殺されるって言ってたんだからしょうがないじゃん! それに僕も酔ってたし」
あとおっぱいおっきかったし!
「君は毎回とんでもない言い訳に騙されるから面白いよね。相手も簡単すぎて困惑、いやもはや恐怖しているんじゃないかい?」
「うるさいな。いいだろ僕の稼いだお金なんだから」
「ちなみに今までに騙し取られてきた合計金額を聞きたいかい?」
「聞きたくない」
「ちなみに1日で3億は過去最高の金額だよ」
「もうちなまなくていいから! ていうかまだ騙されたかどうかわかんないじゃん!?」
僕がそう言うと、ミロクはお手上げといった風にジェスチャーをした。
相変わらず生意気な奴だ。
「ほら、連絡先だって交換したし…………」
ペンシル型の携帯ホログラム端末を取り出し、メッセージアプリを開くと……
「……ブロックされてる」
「ププ、だろうね」
…………そっか。
どうやら僕はまた騙されたらしい。
「……ごめんごめん、笑って悪かったよ。けれど私の機能を使えばその連絡先の端末をハッキングして君が盗られたお金を取り返すことも可能だよ?」
「別にそんなことしなくていいよ……」
残念だ。あんなに優しくて気さくに話してくれたのに、嘘だったのか。
けど取り返すために動くのも面倒くさい。
できればもう会いたくない。
「テンメイ、怒りなよ? 君ならなんだってできるじゃないか。その女を見つけ出して頭を恐怖一色に染め上げることも、この星ごと業火で焼き尽くすことも……というかこの宇宙すべてを君のものにしてしまえばすべて解決するじゃないか」
ミロクはことあるごとにこういうことを言ってくる。
世界征服だとか、人類滅亡だとか、宇宙破壊だとか……基本的に優男イケメンなのに、前世は破壊神かなにかだったんじゃないかと疑うレベルで思想が強い。
「そんなことして何が楽しいのさ? ていうかできないよ、そんなこと」
まったく、計算なんて大得意のクセに何言ってるんだか……
「私はそうは思わないよ、テンメイ……」
「はいはい。いいから次の仕事探してよ、お金ないんだから」
「仕方ないね。そういえば傭兵支援機構から新しい依頼が出されていたようだよ」
そう言って、ミロクが手の平からホログラムを投影して僕に見せてくる。
『傭兵支援機構より新たな依頼をお知らせします。
・寄生型宇宙怪獣『ニルゲルハ』討伐
報酬:4500万CM
・百隻級宇宙海賊『迷君マポリオン』討伐
報酬:2000万CM
・大型TW『プロメテウス』の破壊。
報酬:1200万CM
・十隻級宇宙海賊『我威流怒スピード』討伐
報酬:500万CM
・惑星『ロリロリック』資源採掘護衛
報酬:50万CM+採掘した資源の5割
・惑星『ハイプリン』生態系調査
報酬:100万CM+採取した素材価値の3割
・希少植物『百年桜』の入手。
報酬:参加100万CM+現物交換で1億CM
・古代コロニー『アクルシア』探索
報酬:発見物の5割+500万CM
…………
……etc.
以上、現行されている依頼と合わせて振るってご参加ください』
傭兵支援機構は名前の通り傭兵のための支援組織だ。
依頼の斡旋や装備の販売など、役割は多岐に渡る。
僕も指名依頼がない限りは、傭兵支援機構からばら撒かれる依頼を熟すことで金銭を得ている。
ちなみに、依頼は早い者勝ちだから早く行かないと他の傭兵に取られることもある。
ミロクが出したホログラム上の掲示板には100近い依頼情報が羅列されていた。
でも金額が少ないヤツは興味ない。
よさげな仕事は上の3つくらいだ。
「銀河中でこんなに問題が起こってるなんて傭兵支援機構も大変だね」
「人間というのは問題を起こさずには生きていけない生き物だからね」
そう言ってミロクは皮肉っぽく笑う。いつも通りだ。
「じゃあこのマポリオンってヤツの所に行くよ」
「マポリオンは数百隻の宇宙船を持つ大海賊団だ。どうしてそれを?」
宇宙海賊に付けられた階級は基本的にその海賊が保有する軍事力を示している。
端的に言えば、戦艦や宇宙船の保有数だ。
例えば『十隻級』なら10~99隻、『百隻級』なら100~999隻の船を持っているということを表している。
「値段が高いから」
「宇宙怪獣の方が高いけど? それに宇宙怪獣の死骸を売り払えば海賊の蓄えた宝以上の金額になるんじゃないのかい?」
ミロクの言うことはもっともだ。
「……でも、いつだって宇宙怪獣の相手は面倒だからさ」
「……そうか」
何かを察したようにミロクは頷いた。
「それじゃあワープを始めるよ?」
「うん」
ミロクの操作によって宇宙船のワープ機能が稼働する。
今の時代、軍用機とかは別として人間が自分で船を操縦することはあまりない。
この船も操縦は人工知能だ。
もし宇宙でミロクがいなくなったら、僕は宇宙船が操縦できず大変困ることになる。
マポリオンの目撃情報は、傭兵支援機構のホームページにログインすれば手に入った。
彼らが根城とする惑星へ向けて僕の船は発進した。
「どれくらいで着く?」
「そうだね……マポリオンが根城にしている星はかなりの辺境だ。まぁ海賊が都会に姿を現せばすぐに軍が動くだろうから当然と言えば当然だね」
ワープ技術が存在すると言っても無限の距離を移動できるわけじゃない。
現在人類が制しているのは天の川銀河のみ。
その外側は暗黒物質が充満しているせいでワープができず、今の科学技術でも進出できていない。
それに、銀河の端から端まで移動するのに必要なワープは約100回。
僕の船は1日に3度のワープが可能で、ワープ1回ごとの冷却時間が1時間。
この船は民間用では最高水準のワープ性能を持っているが、それでもこの程度のワープしかできない。
この移動制限があるせいで辺境では軍に隠れて海賊が好き勝手してる場所が多い。
宇宙へ進出したとはいえ、まだまだ人類にはできないことが沢山ある。
「ここからだと5回のワープで到着する予定だね」
「それじゃあ2日もかかるのか」
「どうする? 私とゲームでもするかい?」
「んー、やる」
2人で『異世界転生勇者のオレツエーセンキversion2』というVRの人生ゲームをやった。
ボロ負けした。
なんでミロクの転生特典が『時間停止』で、僕のが『古びた剣』なんだよ!?
おかしいだろ!
「あーあ、それ3つの試練をクリアすれば全知全能の剣になるチート特典なのに」
「先に言ってよ! ていうかミロクはなんでそんなこと知ってるのさ?」
「攻略サイトに書いてたから」
「攻略見るなよっ!」
っていうかこのゲーム、初期特典で展開がほぼ決まるからあんまり面白くないな。
なんてやってる間に本日のワープ3回が終わった。
この船の中では『重力発生装置』が作動してるから揺れはほとんどない。
「テンメイ?」
「なんだよ卑怯者」
「拗ねないでくれよ、私は全力で遊んでいただけなんだから」
「ミロクはもっと武士道精神とかを覚えた方がいいよ」
「殺人鬼の精神論なんか反映してもね……というか外を見てくれないかな?」
「外?」
言われるがまま、僕は窓から外を見る。
するとそこには黒い船体に血管のような赤い線がいくつも纏わりついたような、奇妙な宇宙船が存在していた。
全長は100メートル以上。武装も多く搭載されている。
僕の『私船』とは明らかに違う……『戦艦』だ。
「なにあれ?」
「あれは寄生型宇宙怪獣『ニルゲルハ』だよ。ニルゲルハの最終目撃地点からは結構離れているはずだが……どうやら宇宙船に寄生してワープ能力を得たらしいね」
「もしかしてヤバイ?」
「ワープは使い切ってしまった。それにニルゲルハは徐々にこちらに近付いてきている。船体速度は向こうの方が上だ」
「……そっか、それじゃあやるしかないね」
宇宙怪獣の相手はいつだって億劫だ。
だけど、こうなったら仕方ない。
「テンメイ」
「なに?」
「いってらっしゃい。私は君が帰ってくるのをいつだって待っているよ」
「ねぇ、死亡フラグみたいだからやめてよそれ」
◆
ソレは人が好きだった。
ソレは人に信じられていた。
ソレは元々『星の守護者』と呼ばれていた。
ある日、宇宙全土に、渦巻く紅蓮の振動が飛来した。
その紅蓮に共振したソレの肉体は、己が意志とは無関係に動き始めた。
守るべき星々を喰らった。
大好きな人々を喰らった。
見守ってきた繁栄も、願っていた幸福も、すべてを己が口で飲み込んで、無へと帰した。
それからずっと、ソレは宇宙を彷徨っている。
自我を失い、守護する星を失い、人々の願いを裏切り――
ソレは今も屍のようなその身体を蠢かせる。
目に映る生物すべてを、鏖にするために。
「やぁ」
その声は己の内側から聞こえた。
ソレが持つ特異な寄生能力は惑星すら死滅させる力がある。
今は人間の造り出した戦艦に寄生しており、その内部はソレにとって腹の中に等しい。
だからこそ意味不明。
腹の中に、突如としてなにかが現れた。
少年が1人、そしてその横には猛獣が1匹佇んでいる。
白く輝く体毛を持つ『虎』だ。
ソレは己が神経細胞を操り、内部に侵入した異物に攻撃を始めた。
が――
「白虎」
少年の呟きと共に白雷を発した白い虎が、攻撃のために伸びた触手のごとき神経のすべてを弾く。
雷光と見紛う虎の加速は、ソレが有するあらゆる攻撃手段よりも速かった。
「存在が霊的なものに近いんだろうね。失意も、絶望も、後悔も、君の持つ感情が流れてくるよ。そっか、守りたかったんだね。でも守れなかったんだね。自分の暴走で自分の大切なものをすべて失うなんて……」
一言、少年はそれ以上ない言葉でソレの心を代弁してくれた。
「辛かったね」
憐れむような……悲しむような……
そんな視線と共に少年は優しく微笑む。
腰のホルスターより和紙で作られた札を1枚取り出した少年は、異能の言葉を紡いでいく。
「病辣の凶将・申たる羅刹・南西の星――名を【白虎】」
その瞬間、札に五芒星が浮かび上がり、雷光を発す。
白い虎の雷光が一層増して、その体躯を数倍へと変貌させた。
まるで少年の祝詞がその現象を引き起こしたかのようだった。
刹那、船体に穴が空いた。
上部より宇宙へと飛び出した白虎は、更に戦艦に向かって閃光の如き突撃を繰り返す。
繰り返すたびに穴の数は増えていく。
虫食いの船となるまでそう時間はかからず、抵抗の余地はまるでなかった。
「独りは寂しいよね」
白虎によって大量の穴が空いた船内。既に酸素などまったく残っていないはずだ。
しかし少年は余裕そうな表情で佇み、憐れむように言葉をかける。
まるで、自分のことのように……
白虎はすでにソレの核を咥えていた。
赤い立方体の結晶が、主人に献上されるように少年の胸の前の無重力に置かれる。
「僕と一緒に来るかい?」
狂った肉体で返答などできようはずもない。
けれどソレは少年に願い続けた。
この地獄から脱したい、と。
もう独りは嫌だ、と。
「わかった。今より君を僕の式神としよう。君の名は――【六合】だ」
ソレは六合という名を与えられた。
瞬間、六合の核は少年のホルスターの中に吸い込まれていった。
同時に、六合の中に少年の人生が流れ込んでくる。
求めたわけでもない強大過ぎる力。孤独感に苛まれる人生。
生まれついての異能。修練など無関係な力の増大。
こんな力なんて必要なかった……ただ普通に愛されたかった。
どこまでも深い孤独を見て、六合は決心した。
己が滅ぼした人と星の数だけこの少年『タナカ・テンメイ』を守ろう――と。
◆
「宇宙怪獣相手はいつもこうなるから嫌なんだ。核もなくなっちゃうから報告もできなくて1銭にもならないし」
「使役せず核を売り払えばよかったんじゃないのかい?」
ミロクの問いに、僕は少し間を置いて答えた。
「……ずっと独りなんて可哀想じゃないか」
「……君は変わらないね」




