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第1話『傭兵』


 暗闇が無限に続く世界を1隻の戦艦が揺蕩っていた。


 本来海上での戦闘を想定されていたはずのそのフォルムは大型宇宙船の形状に採用され、今や『船』という形に酷似した多くの宇宙船や宇宙戦艦が、銀河という暗闇の中を跋扈(ばっこ)している。


「退屈だな……金も女も力も不足しちゃいねぇのに……不思議だぜ……」


 船内の窓から宇宙の景色を一望しながら、男は小さく呟いた。


「お(カシラ)も昨日の戦利品で遊ばなくていいんですかい?」

「今はそういう気分じゃねぇや。お前らだけでやっていいぞ」


 しわがれた重い声。

 怖がらせる意図がなくとも威圧的に受け取られそうな初老の男の言葉に、部下であろう坊主の男がへりくだった姿勢で返す。


「へへ、そうですかい? そんじゃ遠慮なく」


 男は部下が退室するのを見送りながら、机の上に置かれた湯呑を口へ運び、中身を呷った。


 男の名は『薪火(まきび)のゴーゾニック』。

 名の知れた宇宙海賊だった。


「はぁ……」


 船長室で1人となった頭領は小さく呟く。


「つまんねぇ……」


 きっとそれは虚空へ向けた独り言だったのだろう。


「だろうね」

「……は?」


 しかしその問いに『僕』が返事をしたことで、彼は焦ったように立ち上がった。


「誰かいやがるのか!? 出て来やがれ!」

「そんなに叫ばなくてももう目の前にいるよ」


 僕と彼の目が合う。やっと僕の姿を認識してくれたみたいだ。


「なんだお前……どっから入りやがった?」

「どこから? 異空から?」

「ふざけてんのか……?」

「本当のことだよ。でもこの戦艦の道案内は彼女(・・)にしてもらったんだ」

「彼女だ? 何言ってやがる、テメェしかいねぇだろ」


 僕が指を差したのは、彼からしてみればなにもない空間なのだろう。


 だけど僕にはたしかに見えていて、聞こえているのだ。


「何者だテメェ……!?」

「そういえば自己紹介もしてなかったね。僕はタナカ、傭兵だよ。最近はもっぱら賞金首狩りが生業なんだ。わかるかな? 君みたいな金の生った木を切り倒して収穫する仕事」


 人類が宇宙に進出しても、その本質はなんら変わらなかった。その暴力の規模が増しただけだった。


 宇宙海賊は貨物船や辺境惑星を襲い、資源を奪って人間を奴隷にする。


 薪火のゴーゾニック、今目の前にいる彼も例外じゃない。


「知っているかな? 海賊は悪だ。だって人から物を奪うから。でもね、海賊から奪うのは悪じゃないんだ。そんな矛盾が僕の懐を潤してくれる」


 討伐報酬。彼らが誰かから奪った財。


 ダブルな報酬を貰えるのがこの仕事のいいところだ。


「強いヤツが弱いヤツから奪ってなにが悪い? 略奪は俺たち大海賊の正当な権利なんだよ、それが現実だ!」


 そう言いながら、彼は懐から出した掌サイズの筒状の機械のスイッチを入れた。


 瞬間、その筒の先から紫の光が伸び、まるで刀剣のような形を作る。


「俺を楽しませろ、俺を喜ばせろ……それがテメェらが生きてる理由だろ!」


 光学式の刀剣。いわゆるビームサーベルだ。


「どうやって乗り込んできたのか知らねぇが、1人で来たことを後悔させてやるよ」

「1人?」


 勘違いもはなはだしい。


「たしかに僕はこの船に1人でやってきた。でも、今はもう1人なんかじゃないんだよ」


 科学全盛、人類は宇宙に飛び出し、ワープで航海し、AIやロボットが必需品となったこの時代に不釣り合いなことは理解している。


 けれど――それでも、この性質を含めて僕なんだ。


「僕さ、【霊能力者】……みたいなんだよね」


 生まれつき(そう)としか呼べないような存在が見えた。


 生まれつき(それ)と会話することができた。


「はぁ?」


 そして、その力は成長とともに強くなっていった。


 でもその性質は、誰にも理解されることはない。


「さぁ、起きて」


 【葬魔(そうま)(こえ)】。


「なんだ……? こいつら……」


 それは、僕の周辺領域に存在する怨嗟を抱く霊に黒い骨の身体を与えることで、一時的に物理的な干渉を可能とする(じゅつ)


「この戦艦死臭がすごいよ。一体どれだけの人間を殺してきたの?」


 辺境惑星への攻撃を含めれば、彼らが奪ってきた命の数は計り知れない。


 彼らへ怨嗟を抱くすべての霊がこの戦艦に集束しているのだとすれば、その数は数万か数十万か、もしかしたら数百万にも上るだろう。


 そのすべてが、立ち上がる。


「テメェなにしやがった!?」


 この部屋にも多くの死霊がいた。


 彼らは怨嗟の聲を上げながら、そこかしこから起き上がる。


 骨の身体を得て、その恨み晴らさでおくべきかと、頭領へ襲いかかっていく。


 狙いは彼だけじゃないし、起き上がっている骸魔(スケルトン)もここにいるだけじゃない。


 部屋の外でもいたる場所で死霊が起き上がり、この船に乗る全ての海賊へ襲いかかっていることだろう。


「クソ、クソクソクソ! なんなんだこいつら!?」


 ゴーゾニックは一心不乱にビームサーベルを振るう。


 科学っていうのは偉大なもので、たしかに光剣の切れ味は凄まじい。


 僕が蘇らせた骸魔(スケルトン)がどんどん斬り飛ばされていく。


 けど、彼らはとっくに死んでいるのだから……


「斬り裂いたって死にはしないよ」

「なっ、離しやがれ!」


 背骨を斬られて這いつくばった骨の1体がゴーゾニックの足を掴んだ。


 そこからは実にあっけなかった。


「ま、待て、ふざけんな、俺を誰だと思って……!」


 骸魔(スケルトン)に群がられリンチにされている。


 殴られ、踏みつけられ、


「やめろ! やめろよ! おいやめさせろ! やめさせてくれ……」


 頭領の声が次第に小さくなっていく。


「つまらなかったんでしょ? いいじゃないか。退屈なんか終わりにしたらいい。君より他の人間が生きた方がいいって自分でもわかっているんじゃないの?」


 指を噛み千切られ、耳を引き裂かれ、歯を折られ……


「やべ、やべで……」

「大丈夫、僕はちゃんと君の成仏を願ってあげるから」


 グチャリ……グチャリ……と、血肉が潰れる音が響く。


「ゆるじて……だのぶ……」

「あぁそうだね。君の死をもって、君の罪はきっと(ゆる)される」


 つまんない? 退屈?


 そりゃそうだろうね。


 君の生存なんか宇宙中の誰も望んでない。

 そんな世界で生きることが楽しいわけがない。


 それが暴力で全部を解決しようとした人間の唯一の末路だ。


 君の周りの人間も、結局は打算でそこにいる。


 本当の意味で君を理解してくれる人間なんていない。



 だから僕も――退屈で、つまらない。



 僕は霊から好かれる。


 けれどその特性を理解し傍にいてくれる人なんて、この科学全盛の宇宙時代に存在するわけがない。


「助かったよ。それじゃあね」

『ありがとうございました』


 死体となった宇宙海賊の頭領を空虚な瞳で眺めた〝半透明な彼女〟は一筋の涙を流しながら僕に礼を言った。


「こちらこそ、道案内してくれてありがとう」


 その霊は満足したように笑みを浮かべ、僕の目にも映らないほどに成仏(きえ)ていく。


 それから僕は討伐証明のために頭領の首を回収し、宝物庫の中身を頂き、誘拐されていた人たちを救い出し、戦艦の自爆機能をオンラインにして、自分の船へ戻った。


 彼女たちを送り届けるまでは少しは寂しさも紛れるだろうか?


 いや、今の彼女たちに男が近づくのはダメだね。AIとロボットに任せよう。



 それにどうせ、僕を理解してくれる人間なんてこの宇宙には存在しない。



 そう――思っていたんだ。



 ◆



『タナカさん、どうか私を雇ってください!』


 まさかこの僕、タナカ・テンメイにそんなことを言ってくる人間が現れるなんて、この時は微塵も思っていなかった。


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