第9話 休息と談笑
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「結局仕事自体はあんのかよ」
思わず愚痴る帆。
休憩、と連れてこられた食料庫で、三人は穀物の石抜きをやっていた。
「座れるから十分に休憩になるですよ」
ひょいひょいと器用に麦――おそらく大麦、もしくはそれに近しい穀物――の間から、細かい石を取り除きながらトトが嗜める。
「あんまりお仕事してないと、どやしつけられてしまうです」
「それは……ちょっと困るね」
南那は、先程の未来の話を、外からの見え方に気を配る琉覇を思い出す。
二人の年長者は自分たちを召喚した人間を信用していない。
そしてそんな砦の人間が自分たちをどう扱うのか、それを非常に気にしているようだった。
少なくとも、怠惰に見られる事は現状何の利も無い事だけは南那から見ても明白だった。
「雇い主というのは意外とよくこちらを見ているものなのです」
そうなのですよ、と胸を張りながら、講釈するようにトトが続ける。
「だから、とにかく仕事は一生懸命していますというポーズが大事なのです。うっかり休んでいる所が見つかると減給されてしまうのです。とてもこまるのですよ」
獣人の少女の、おそらく経験に裏打ちされているだろう言葉には、こちらを納得させるような実感が篭っていた。
「トトはルグンドって小さな国の出身なのですけど」
王国の周りに有るちっこい国の一つです、と身振り手振りも交えてトトは説明する。
王国はこーんくらいでっかくて、と手で大きな輪っかをつくり、そんでルグンドはこんっくらいですと今度は手で小さな輪っかを作った。
とにかく、今居るこの砦の有る国に比べたら大分小さいという事はわかった。
「あんまりお金持ちな国でないですよ。みんな貧乏だから、王国に仕事しに来るです。トトのおうちはお父さんが居ないからもっと貧乏で、大変だから一番お姉さんのトトが働かないとならないですよ」
道理でしっかりしてる訳だ、と南那は納得する。
この年齢で家族の為に働くのは本当に大変だろうに。
「だからお給金が減らされるのは死活問題なのです。お前らもお金が減って悲しい思いをしないようこうやってがんばるところをきっちり見せておくのですよ」
「はいはいわかったよ」
帆も不満げな態度をしているが、作業を止める素振りは無い。
しぶしぶという体を見せながらも、ゆっくりと作業を進めていた。
南那は選り分けた袋に、自らの能力で印をつけていた。
印が付いているのが問題のない袋だ。
こういうちょっとしたチェックをする時には役に立つなあと自分の能力に使い道が有ってほっとする。
僅かに自尊心を満たしながら、彼女は無言で作業を続ける。
「これも頼む」
帆が調べ終わっただろう麻袋を渡してきた。
ふふん、私頼られてる。
役立たずだと断じられた自分の能力に、些細とは言え使い道が有る事は素直に嬉しい。
南那は意気揚々と「おっけーだいじょうぶ」と少し丸っこい、彼女らしい女子高生特有の筆致で麻袋に書き込んだ。
書き込まれた文字はほんのりと淡く白く光り、代わり映えのしない単なる麻袋を彩る。たった一言書き込まれただけで、ちょっと見栄えが良くなったそれを見る度南那は気分が良くなってくる。
「点とかでいいだろ、分かればいいんだから」
ぶっきらぼうにそういう帆に、言う事がいちいちネガティブな男だな、と若干イラついた。こいつ絶対友達少なかっただろう。見た目からしてそんな感じだし。
心に何段も棚を増設して、南那はそう毒づく思考を頭の中で垂れ流した。
「ナナの魔法はすげーですね」
対照的にトトは南那の能力に素直に驚いてくれる。
陰キャ野郎、これが模範的な反応だ少しは見習え。
「これしかできなくてもすっごいですよ。トトの村には魔法使える奴なんていねーですよ」
南那達の能力は、対外的には魔法という事で通してある。
ここに居る、現地の人間――アウレリアを始めとする、所謂偉い人間たちを除く――と交流した結果、予想外の事実が判明していた。
ここで働いている人間は、勇者召喚の事を知らない。
厨房で働いているおじさんおばさんも、トトのように雑用に集められた若い人間も。
皆何れも、ここがどういう施設で何の為に集められたのか、驚いた事に一切知らなかったのだ。
高い給金を提示され、実入りの良い短期の仕事だからやってきた。
そんな人間ばかりだった。
そして、王国ではなく周辺国から集められた人間が多い。
これがどのような事実を表しているのか、南那には想像もできなかった。
ただ何かしらの意図が隠されている事だけは理解できた。
「トトが見た事有るのは、【奇跡】だけです」
祈祷所で病気治すのを見た事があるですよ、と少女は語った。
南那が聞いた、この世界に有る異能の種類は二つ。
呪文や魔法陣によって行使されるらしい「魔法」。
そして神に祈る事でその力の一端を貸し与えられる「奇跡」。
「なんか上から光が振ってきて、とっても綺麗だったです」
どちらに共通するのも、そんなお手軽では無いらしい、という事だ。
「魔法もなんかすげー長い呪文を唱えないと使えないって聞いた事有るです。ナナはそういうの無しで魔法使えるです。ほんと凄いです」
お祈り経験者のトトからすると、これが奇跡でないのは確定。
だから魔法に違いない。そういう事らしい。
その勘違いを、南那達はありがたく利用させて貰っていた。
自分たちは別の世界からやってきて実は神様から不思議な力を授かったんだよ、なんて説明すると色々面倒な事になりそうだからだ。
そしてもうひとつ、トトの誤解を促進する要素が一つ有った。
「ナナの書く文字は本当に不思議なのですよ。うねうねして変なのです」
《《トトは日本語が理解できない》》。こうして会話しているというのに。
――自動翻訳って事かな。刷り込まれたものは恩寵とやらだけでは無かったという訳だ。
早々にこの事実に気づいた未来がそう皆に伝えたのは二日目くらいだっただろうか。
考えてみれば当たり前の事実を、この先輩に指摘されてようやく気づいた。
――口の動きからしても、私達がまったく知らない未知の言語をこの世界の人間が使っているのは間違いないだろうね。
まったくタイムラグ無く自動的に私達が理解できる日本語に翻訳されているという訳だ。
もしかしたら、それ以外の言葉……そう、英語や他の言語による単語に聞こえる言葉も、元来はまったく違う言葉なのかもしれない。
南那にとっては、言葉が通じて良かったと言う以外に無い状況だった。
見知らぬ異郷で言葉も使えないまま放り出されていたらどうにもならなかっただろう。
しかし、未来にしてみればそれは何か深刻な情報だったようで、珍しく険しい顔をしながら話していたのを覚えている。
兎も角。
トトは日本語がわからない。
彼女から見て珍妙な形をしたこのひらがなを「魔法の言葉」のように解釈したらしい。
これが南那の事を「仕事は駄目駄目だけど魔法が使える奴」と彼女が認識するに至った理由だった。
そしてこの事実は、未来の語った翻訳効果が会話にのみ適応され、読み書きではまったく無意味という事も教えてくれた。
実際、南那はこの世界の文字がまったく読めない。
「トトも魔法使ってみたいですよ。教えてくれないですか」
「教えるのはちょっと難しいかなあ……」
そもそも私からして教えられてないからね!ほんとにね!
勝手に降って湧いたものに羨望を受けるというのもなかなか収まりが悪いものなんだなと南那は理解した。
「…………チッ」
横を見ると、面白くなさそうに帆が舌打ちをしていた。
背中を丸めて大麦の中に紛れた小石を探し。
それ以外に縋るものが無いように、作業に没頭しているように南那には見えた。
舌打ちが出たのは、どういう感情からなのか、彼女には理解できなかった。
もしかしたら帆自身も理解していないのかもしれない。
焦点があっていないように見える視線では、この男子生徒の心の内を探るのは無理そうだった。
見つけた小石を一つ、床に落とす。
こつんと軽い音を奏でるはずだったそれは、無音で少し跳ねて転がった。
動きが止まる寸前くらいに、遅れて「こつん」と小さな音が響く。
こつん、こつんと。
小石が跳ねる音が幾度も響く。
ただ無言で自身の恩寵を使い続ける帆の姿を、南那は複雑な感情で見つめていた。




