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第84話 女子高生と喋ろう

 ――魔法のような時間は終わった。


 二人は物質世界(フィジカルサイド)に戻ってくる。


 未来は暫く、自分の手を見つめる。

 暫く居たようにも、一瞬だったようにも感じる不思議な体験だった。

 ここが異世界だとこんなに強く感じたのは、未来にとって初めてだった。


「流石にちょっと疲れましたね……」


 ニノンの顔は青白く、傍目にも限界が近い事が見て取れた。


「少し……休ませて貰っていいですか……」


 がくりと膝を付き、崩れ。

 その場に倒れるように、ニノンは床へと転がった。


 まさしく糸が切れたように、完全に脱力し、意識は既に夢の中へと旅立っていた。


 そんなニノンを未来は両手で抱える。


 そしてゆっくりと、試験場を後にした。


「君には幾ら感謝しても、し足りない」


 眠るニノンに語りかけるよう、未来は言葉を零す。


「こうやって、誰かと最後の挨拶を交わしたのは初めてだったよ」


 未来の歩みに、一切の重心の上下は無い。

 まさしく滑るように彼女は歩いていた。

 手の中のニノンは、その衝撃を微塵も感じてはいない。

 彼女はベッドで眠るかのような心地を楽しんでいた。


「いつも最期には立ち会えなかった。かけたい言葉もかけられなかった」


 未来の言葉には、悔恨が滲み出ていた。

 苦々しく、辛く、どうしようもなかったという感情がそこには有った。


「今回も間に合いはしなかった。だが、見送る事はできた。それがどれだけ救いになったか」


 白亜の廊下は、静寂に包まれていた。

 今ここで動いているのは二人だけ。


「君は優しくて、人の心が救える偉大な魔法使いだ。ニノン」


 野心に満ちた研究所は、今や巨大な墓標となった。


「だからね」


 力強く、未来は歩く。

 無音でありながら、廊下を抉るかの如く。

 獣が地に爪を立てるように、進む。


「君の弟子の(かたき)は――尽く全員殺すよ。誰も残さない。関係した全員を殺す」


 生きる時間その思考全て、如何に人を効率良く殺傷し、殺し尽くすかに費やす化物。

 その化物の感謝の形は、唯人(ただひと)のそれとは違う。


 ただ殺す。


 それ以外の方法を持ち得ない。

 天音寺未来という人の形をしてしまっている怪物は、それ以外の方法を取らない。

 彼女にとって、殺害は前提条件であり必須条件でもあり、唯一の道だった。


 その他の道が有ってもそれを取る事は無い。

 彼女は己が人と看做せぬ人間を殺す事でしか、目的を遂行できない。


 故に、天音寺未来は怪物なのだ。


 この地下深くの秘密研究所で生まれたのは人類を救うための聖剣などではない。

 人類社会を破壊する化物だと、王国(エタ)は気づきもしていなかった。




 薄暗い闇の中、ファビアン・コランは目を覚ました。


 ――一体どこだ?


 ファビアンは重い頭を振って、周りを見渡す。

 明かりが切れていて良く分からないが、どうやらここは研究室らしい。


 ――何故こんな所に?


 さらにファビアンは混乱した。

 自分は先輩二人と、侵入者の捕縛に向かったはずだ。

 そしてそこで古式の魔法使いに魔法を受けてしまって、それで。


 彼の意識が覚えていたのはそこまでだった。


 誰かに救護されたのか?とも思ったが、それなら何故こんな場所に連れてきたのか。


 とりあえず辺りを調べようと体を動かそうとして――




 ようやく自分が、拘束されている事に気づいた。




 椅子に座らせられたまま、その手は肘掛けに結わえられ。

 足も、椅子の足に括り付けられていた。


 がたがたと体で椅子を揺らすも、椅子自体も固定されているらしい。

 倒れる気配すら無かった。


「おーい、誰か!」


 ファビアンは声を張り上げる。


「誰か居ないのか! 助けてくれ!」


 もしかしたら、隣の倉庫にドクが居るかもしれない。

 そういう期待も込めて、限界まで叫んでみた。


 しかし、答えが帰って来る様子はない。


「なんなんだ一体……」


 ファビアンの心に、恐怖が湧き上がる。

 こんな事は今まで無かったのに、と彼はここに来てからの事を思い出す。


 ファビアンがここに配属されて、まだ間もない。

 たった二ヶ月前に来たばかりだ。


 ここで何が行われているのか聞いた時は、正直悩んだ。

 幾ら亜人(ミノール)とは言え、その子供をあのようなと。


 だが、すぐに慣れた。

 王国(エタ)の勝利の為に必要な犠牲だと理解したからだ。

 どれだけの亜人(ミノール)を使い潰そうと、偉大なる刃(グラン・トランシャン)の完成の方が優先されるべきだと、そう考えた。


 あの兵器が完成した暁には、間違いなく魔族を押し返せる。


 これも仕方ない事なんだ。

 人類が勝利する為の、尊い犠牲なんだ。


 そう、彼は自分に言い聞かせていた。


 それに、ここでの任務は危険が殆ど無かった。

 特務と聞かされ身構えていたが、慣れてさえしまえばこんなに楽な所は無かった。


 定時通りに巡回し、訓練し、夜勤をする。


 ただそれだけの毎日。

 敵と戦う事も無く、むしろ体が鈍らないかと心配しなければならなくなった。


 そんなある日の、唐突な警報。

 不審な侵入者という想定外のアクシデント。


 しかも自分が夜番で控えている時というおまけ付きだ。

 ファビアンは成績優秀である自負を持っていたが、反面実戦経験は少なかった。

 故にこの突如起こった侵入劇に、不安しか無かった。


 先輩達は俺達は強いと励ましてくれたが、内心運がないなと思っていた。


 そしてその想像通りに、今自分は何故かこんな状況に陥っている。


 今日は厄日だ。


 ファビアンがその身の不幸を嘆いていると――


「やあ、おはよう」


 突如、後ろから声が聞こえた。


 若い女の声だった。


 この研究所に女性は居ない。

 もしかして、侵入者だろうか。


 首を回して後ろを見ようにも、慎重な事に肩まで縄で椅子に固定されていて、身が捻れない。


「誰だ!」


 思わずファビアンは声を上げる。


「こんな事をしても無駄だ! この基地には20人を超える騎士が居るのだぞ!」


 事実、ここには手練がそれだけの数存在する。

 自分ただ一人を拘束した所で、ボーラン総隊長を始めとした強者がこの部屋にやってくれば即座に鎮圧されてしまうだろう。


 この謎の女の命運など、最初から決まっているのだ。


『隊長、聞こえますか! 緊急事態です!』


 混乱していたファビアンは、ようやく魔導式を使う事を思い出す。

 魔導式が阻害されていない事に安心を覚えながら、通信(トークメッセージ)を送る。

 未開の衛星国民(セクタ)ならともかく、王国民(エタ)であれば認証紋(コネクトサイン)は脳内認証できる。


 後ろに居る女に魔核の気配は感じない。

 衛星国民(セクタ)故の無知を嘲笑いながら、通信を繋ごうとするも――


 ――出ない!?


 一向に繋がる気配の無い通信に、ファビアンの胸中から不快なものが湧き上がる。

 もやもやとした、漠然とした不安。

 それが彼の胸を徐々に満たしつつ有った。


「通信とやらは、多分出れないんじゃないかな」


 まるでファビアンの思考を読んでいたかのようなタイミングで、女がそう言ってきた。

 どきりと、心臓が跳ねる音が聞こえた。


「揃いも揃って()()()()状況だからね。無駄な事は止め給え」


 女の声は柔らかく、楽しげだった。


 ようやく暗闇に目が慣れてきて、ファビアンは気づく。

 眼の前に二つの奇妙なオブジェが吊るされている事に。


 それは、ぎ、と小さい音を立てながら揺れていた。


 良く見ようと暗視(ナイトヴィジョン)を起動しようとして、自分の多目的ゴーグル(ウィッチグラス)が外されている事にも、ようやく気づいた。

 彼の魔導式構成(ビルド)は全て戦闘用で占められている。

 補助的な魔導式は全部眼鏡の方に突っ込んであるのだ。


 仕方ないので、目を凝らす。


 左右に小さくゆっくりと揺れるそれは、それなりに大きかった。

 下からはぽたぽたと何かが垂れ、床に滴り落ちている。


 まるで肉屋で吊るされている肉のようだと考えて、そして――


 ファビアンはぱちりとパズルの最期のピースが嵌るように、全てを認識した。


「うわああああああ!!!」


 あまりの恐怖に、自然と叫び声が出た。


「隊長! 先輩!」


 天井より吊り下がる肉は、同じ隊の先輩達だった。


 頼りになる隊長。


 ちょっと不真面目だが面倒見の良い先輩。


 二人はまるでボロ雑巾のようになって、ファビアンの目の前に吊るされていた。


「ああ、彼らか」


 余りにも気安く、ショーウィンドウを覗いていたら声をかけてきた店員のように。

 それを説明するように、女は言葉を放つ。


「君の前に()()()たお二人だよ。大分盛り上がってね、大層疲れてしまっているようだ」


 暗くて良く見えないが、二人は体中を切り裂かれているようだった。

 至る所から血が流れ出し、腹からは見たくもないものが飛び出している。


 拷問を受けたのは明らかな様子だった。


 良く見れば、その後ろにはさらに数人、同じように吊るされている。

 見え隠れする白い布が、ドクの助手達の成れの果てである事を物語っていた。


「畜生!」


 こいつ、なんて酷い事を!

 ファビアンの頭に、一瞬で殺意が充填された。


「殺してやる! こ――」


 いきり立つファビアンの喉に、す、と冷たい感触が添えられる。

 見る事はできないが、それが何であるか彼には容易に想像がついた。


「まあまあ、まずは落ち着き給えよ」


 喉にそれ――おそらく、ナイフを突きつけながら、女は耳元で優しく囁いてくる。

 甘く、蠱惑的に。

 状況さえ違えば誘惑されているかのように思えてしまうそれは、しかし今は余りにも場違いなものだった。


「少し私と()()しようじゃないか、ファビアン・コラン。対話は重要だ。人と人なんだ、言葉を交わしてお互いを理解しあわないとね」


 喉に当てられたナイフは、絶妙な力具合で押し付けられている。

 切れないような範囲で最大限。

 圧力が強く、逃れられないよう、まるで肌に吸い付くようにファビアンの喉に押し付けられていた。


 不用意に起動鍵(コマンドワード)を放てば、その瞬間に喉が掻き切られるとファビアンには理解できていた。


「何が」


 ファビアンは絞り出すように、一言放つ。


「何が目的だ」


 その言葉に、ふふっ、という微かな笑い声が聞こえた。


「少々聞きたい事があってね……お二方にも既に聞いた話なのだが、やはりこういうものは裏取りが重要だ」


 がちゃがちゃと、椅子の隣で音がする。


「だから君にも聞いておこうと思ってね。三人から聞けば、主観情報でもそれなりに信用の置けるものになるだろうから」


 ファビアンは目だけ動かして、そちらを見た。


 研究室の中央にある手術台。


 そこに無数の器具が並べられている。


 鋸。ペンチ。ハンマー。メス。


 ドクが使うだろう《《成形道具》》が、所狭しと並べられていた。


「ああ、これかい?」


 女がファビアンの視線に気づいたように、手術台に手を伸ばす。

 そしてそこに並んでいるメスを一本取って、彼の目の前に翳す。


()()()()()()という奴だよ。知ってるかな?」


 恥ずかしながらね、と女は続ける。


「私は口下手でね。どうにも会話が続かなくなってしまう事がある。だからこうやって、予め()()を準備しておいたんだ。だから心配しなくていい」


 殆ど光の無いこの部屋で、それでもメスの刃だけは僅かな光を反射して怪しく輝いていた。

 ファビアンにはそれがまるで絶望の象徴のように感じられた。


「先程の二人とも、()()()()()()だったよ。白熱しすぎて、予想より大分時間を使ってしまった。やはり女子高生と話せると舞い上がってしまうのかな。可愛いね、男というのは」


 鈴のように笑う女。

 それが余りにも恐ろしくて、ファビアンはがたがたと体を揺らす。


 なんとかして逃げないと。

 逃げないと、不味い!


 だがファビアンがどれだけ力を入れても、拘束が解ける素振りは一切無かった。


「もういきり立ってるのか。気が早いね」


 ぽん、と女が手を置いた。

 優しく置かれたその手は、鉛のように重かった。


「ではお話を始めよう、ファビアン・コラン。きっと楽しい時間になるはずだ」


 がたがたと、がたがたと狂ったようにファビアンは体を揺する。

 だが無情にも椅子は僅かばかりも動かず、ただ拘束している縄が激しく体に食い込むばかりだった。


 そんな様子を意に介す事無く、女は告げる。


「これから幾つか質問をする。だから正直に答えてくれ給えよ、君。奥ゆかしく、正確に。そして明瞭にね」


 絶望の、幕開けを。


「――救世会(ソシエテ)とは、なんだ?」


 ファビアン・コランの会話は、それより一時間程続き――研究室には、新たなオブジェが追加された。


 女はその飾り付けを終えた後、無言で部屋を後にする。

 室内に残ったのは物言わぬ奇妙な肉のオブジェ達だけであった。




 ニノンが眠りから覚醒すると、そこはベッドの中だった。


「はえ?」


 あれ、私こんなとこで寝てたっけ?

 彼女の頭は、混乱で満たされていた。


「やあ、おはよう」


 その声に首を動かすと、隣には未来が居た。

 椅子に座り、情報端末(アルカナ・ロール)に目を通している所だった。


「連中が使っていた仮眠室を拝借させて貰ったよ。か弱い女の子を床に寝かせておく訳にもいかないからね」


 そう言って未来は微笑む。


「心がイケメンっすね……男だったら惚れてましたよ」


「止めておきなよ、趣味が悪い」


 苦笑しながら、未来は情報端末(アルカナ・ロール)を差し出してきた。


「どうやら、私達が侵入してきた場所とは別に、正面入口というものが有るらしい。そこから街へ出よう」


 端末を受け取ったニノンも、それに目を通す。

 それはこの施設の見取り図のようだった。


 さっと軽く流すように視線を動かし、その全容を把握したニノンも頷く。


「確かにここから出られそうですね。私の使った転移陣は一方通行でしたから、出口が有るとは思っていましたが」


「そういう訳だから、申し訳ないがさっさと出よう。時間はもう朝を回ってる」


「そんなにぃ!?」


 地下なので、時間感覚が一切無くなっていたが、どうやら朝日が登る頃合いらしい。

 随分とここに居たんだな、とニノンは苦笑した。


「じゃあ朝飯食べないとですね。たっくさん」


「そうだな、今日のモーニングは豪勢に行こう」


 ひんやりとした空気と、静寂。

 それに包まれた白い廊下を、二人の少女はゆっくりと歩く。


 未来とニノンの長い夜は今、終わりを告げた。

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