第8話 日次の労苦
砦で雑用を任せられるようになった保護組だが、現代社会に生きてきた彼らがいきなり「やれ」と言われた所でどうにもならないのは自明の理である。
故に付けられた指導役が彼女、トトであった。
トトはまだ小学校を卒業したばかりの歳頃に見えたが、既に一人前だった。
「トトはもう5年もこういう仕事で働いてるですよ」
獣人の少女は五人を連れ立って砦の通路を歩きながら誇らしげにそう語る。
「お前達に比べたら大先輩です。常に敬うです」
「オナシャスセンパイ!」
「シャス!」
ノリの良い麻美と、見た目通り体育会系の琉覇が元気に返事を返した。
対照的に帆はだんまりのまま無言で付き従う、
南那は消え去りそうな声で一言「おねがいします……」とだけ返した。
横を向くと、そんな皆の様子を様子を未来はにこにことした笑顔で眺めていた。
「リュウハとアサミはいつも通り兵舎へ行くですよ。ミクは魔工部屋の整理と掃除、カイとナナは一緒に付いて来て砦内の清掃をするです。わかったですか? では行くです」
トトの指示に従い、五人は各々の持ち場へと散る。
琉覇と麻美、そして未来が何処かへと消える中、南那と帆は言われた通りトトに付いたまま残った。
「どうもお前達は危なっかしいですからね。目が離せないです」
ぴょこぴょこと獣耳を動かしながら、トトは溜息をつく。
「他の三人と違って暫くは優秀なトトについて仕事を覚えるですよ。はやく半人前くらいにはなるです」
自慢では無いが、南那は自分が不器用な方だと自覚はしていた。
炊事の時点で野菜の皮剥きすら満足にできない程だ。
それは掃除においても変わらず、どうしても効率よくはできない。
麻美の方は炊事こそ不得意だが他は卒無くこなせるし、何より隠し玉が有る為、とある作業に関してはとてつもない効率を見せているのを知っていた。
彼女はその事にちょっとした羨望を覚えざるを得ない。
「とりあえず廊下から掃除するですよ。その後は届いた穀物の石抜きですから、はやくするです」
一方、琉覇と麻美が向かったのは、訓練場脇に備え付けられていた兵舎であった。
その建物の脇、水場の近くに果たしてそれは置かれていた。
大量の、汚れに塗れた衣服の数々。それが巨大な桶に積まれるように入れられていた。
「ンじゃまあ、始めるか」
二人に課せられたのは、端的に言えば洗濯である。当然、洗濯機などという文明の利器はここには存在しない。すべて手作業だ。かつて自分たちの先祖が行ったように、自らの力で汚れを落とさなければならない。
「この時代に手で洗濯するなんて考えた事もなかったって」
「だな」
幸いだったのは、洗濯板と洗剤はきちんと存在していた事だった。それすら存在しなければ、この作業はおそらく絶望的な労力を払わなければいけなかっただろう。
埃と血で汚れた衣服――戦闘組と補助組が使っていたそれ――を、洗濯板でごしごしと擦る。
手揉み荒いに比べれば格段に楽ではあるが、それでも汚れは中々落ちはしない。
だが二人は気にせず、適当に洗う。
そこそこに汚れが取れたな、と思えるくらいで切り上げ、濯ぎを済ませていく。
琉覇が今手に取っているズボンなど、染み付いた血がまったく落ちていない。
出した当人が見ればもうちょっと綺麗に洗えと言われる事は明白だろう。
「じゃあ、いつも通り頼む」
「オッケー」
濯ぎが終わった洗濯物、まだ汚れが取れきっていないそれ。
その汚れに麻美は手を当てる。
すると、徐々にその汚れが薄まり、消えていくではないか。
「最初に比べたらだんだん速度上がって来たね、これ」
――色を薄くする能力。
戦闘には一切寄与しないこの能力は、洗濯に於いては無類の有用性を発揮していた。
どんなに頑固な汚れだろうが、麻美の手にかかれば確実に落とせる。
擦ったり叩いたり、とにかくひたすら洗濯対象を痛めつける事無く彼女はそれを行えるのだ。
「いやー滅茶苦茶便利だわ、これ」
麻美の横では汚れを落とし終わった洗濯物を脱水する為、力いっぱい絞り上げる琉覇の姿があった。
落とすのは麻美の役目、絞るのは琉覇の役目。適材適所であった。
こうしてお互いが作業分担する事で、彼らは驚異的な効率で洗濯をこなしていた。
本来なら一日がかりの重労働も、この二人にかかれば午前中には終わり、午後一杯干し上げる事ができる。
無能の烙印を押された彼らの能力は、皮肉なことに、この過酷な労働環境において望外の有用性を発揮していたのである。
とある部屋には、未来の姿が有った。
魔工部屋と呼ばれたその場所は、魔法で作られた道具――魔導具をメンテナンスする為の部屋だ。
棚には様々な道具が並べられ、床には大きな魔法陣が存在する。
しかしその一方で良く分からない器具やら石やらが散乱したままになっており、乱雑な様相を呈していた。
昨日何某かが散らかしたこの部屋を整頓・清掃するのが未来の今日の仕事だった。
一見単純に思える仕事だが、中には取り扱いに注意が必要なもの――爆発する魔石だとか――も存在しており、それなりに危険を伴う作業だったりする。
そんな場所を未来は一人で片付ける。
「ま、多少の楽は出来るかな」
彼女は自身の能力――空中に足場を作る能力――で高い棚の上に魔導具をしまっていく。ことこのような整頓作業では、僅かな時間であろうと一歩上へと続く足場を作れるのは十分に有用な能力と言えた。
未来は黙々と部屋を整理する。時折手に取った魔導具を興味深そうに眺めながら。
そんな未来の様子を、通りかかった騎士がちらりと一瞥する。
しかし彼は何も気にせず素通りしていった。
他の組、補助組や戦闘組、あの特別組すらも、常に騎士の厳しい監視の目がへばりついているというのに。
戦闘能力を持たない『保護組』に対しては、砦の人間は一様に無関心だった。
危険視する価値すらないというように、完全に放置されていた。
トト・南那・帆の三人はサン=ヴォワイエの美しく白い壁面を必死に磨き上げている最中だった。
輝く程に美しいそれは、その美しさ故に些細な汚れすら目立つものであった。白磁に浮かぶ僅かなそれを拭い去るのが今の彼女らの仕事であった。
「つ、辛い……」
濡れた雑巾で汚れを取り除き、間髪入れず乾いた布で水気を拭き取る。
一回では単純で大した労力でも無い作業でも、それが数十、数百となればとてつもない疲労となって体に襲いかかってくる。
そんな作業を、もうどれくらい続けただろうか。一時間か、二時間か。
南那の腕がどんどん重くなってくる。
隣を見れば、帆は既にへたりこみ、息を切らせながらなんとか下の方を拭いている有り様だった。
「お前らはほんとだらしないですね」
その傍らでは、トトが元気有り余る様子で鼻歌交じりに壁を磨いていた。
体力が、体力が違う!
おそらく歳下だろうこの少女は、自分とは比べ物にならない程の体力を持っていると気付いたのはここに来てすぐの事だった。いや、むしろ。
「そんなザマでどうやって生きてきたですか? びっくりです」
彼女からすれば、自分たちの体力が無さ過ぎるのだろう。余りにも。
南那も帆も標準的な現代っ子なのだ。運動不足に悩むインドア派だ。
勿論運動部になど所属した事も無い。根っからの文化系だった。そんな二人にとって掃除も十分な重労働なのだった。
ふと隣を見ると、遂に限界が来たのか、座り込んで動かなくなった帆の姿が見えた。朝から薪運びという肉体を酷使する作業に従事していた彼にとっては、尚更辛いだろう。
「……仕方ないです。休憩にするです」
もう完全に電池切れという様子の帆をトトは背負うと、とっとと歩き出した。うわ獣人つよい。
琉覇から見ても、体格や筋肉量よりも力が強いと言っていた。
おそらく自分たちとは根本的に作りが違う人種なんだろう。
まあ、ケモミミも付いてるし。
こういうのを見ると、やっぱりここはファンタジー世界だよねえ、と感慨を覚えてしまう。
どうせなら魔法も見てみたいと思ってるのだが、なんとここには魔法使いは居ないらしい。
砦の外にもそんなに沢山は居ないとトトは言っていた。
何処に行けば会えるのかなあ。
もしこのファンタジー世界を歩き回れるのなら。
魔法使いは絶対に見たい、と南那は心に誓う。
南那は夢想しながら、男一人の体重も物ともしないトトの後ろを、足早に付いて行った。
束の間の休息を楽しみにしながら。




