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第74話 現代の聖剣

「聖剣って」


 半ば絶句しながら、ニノンは言葉を漏らす。


「あの、魔王戦役で砕けたという?」


 100年前。

 人類存続を賭けた勇者と魔王の決戦――魔王戦役。

 その最終決戦で勇者は古から伝わる光神教の秘宝、光の聖剣を携え戦ったという。

 戦いは三日三晩に及び、最終的に勇者が聖剣の力を限界まで引き出し、魔王に痛撃を与え撤退させる事に成功する。


 しかしその代償に聖剣は砕け、失われた。


 これが伝説として語られる、勇者最後の戦いの顛末である。


 大人から子供まで、万人が知る物語として。

 このエピソードは良く知られていた。


「そんな剣一本今更作って、なんになんですか」


 こいつ拗らせた勇者フリークかよ。


 世の中には居るのだ、勇者という偶像を崇拝する痛い奴が。

 もう居ない人間に縋ろうとする夢見る乙女みたいな連中が。

 馬鹿じゃねーの。

 ニノンは心底うんざりした。


「もう、勇者は居ないんですよ」


 そんなニノンのマジレスに、ソンブルイユは一瞬虚を突かれたような、意外なという表情を見せて――


「ククク」


 こらえるような表情で、笑いを漏らしているように、彼女には見えた。


「何がおかしいんですか」


 なんだか知らんが馬鹿にしてんなこいつ。

 ニノンはさらに苛立ちが募った。


「いや」


 クククッ、と笑いながら。

 まるで出来の悪い生徒を見るような、そんな目をしてソンブルイユは見下ろしてきた。


「知らぬというのはこれ程までに滑稽だと改めて思わされてね。失敬」


 だが、と。


「しかし同意できる部分も有る」


 ソンブルイユは続ける。


()()()()()()()()()()()()という所だ。そこはまったく同意見だよ」


「はぁ?」


 何言ってんだこいつ。

 さっきからそんな言葉のオンパレードだが、この発言は輪をかけてそうだ。

 ニノンにはさっぱり理解できない。


「さっきあんたが言ったんでしょうが、聖剣作ってるって」


「左様」


 ニノンの侮蔑の視線を受けながら、ソンブルイユは如何程の動揺も見せていなかった。


「聖剣とは、勇者が握る最強の武器だ。即ち」


 カンカンカン、と。


 ソンブルイユが歩きながら、得意気に語るのに合わせて。

 ブーツと床が奏でる硬質な音が、広大な地下空間に響き渡る。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼は拳を握る。

 強く、熱く、このソンブルイユという男の熱量が、そこに宿っているように見えた。


「今更剣一本。当然の話だ。あの強大な魔王と大魔将相手に、たかが剣で如何に戦う! ナンセンスだ、どう考えてもナンセンス!」


 ソンブルイユは語りかける。

 だがそれは、自分にではなく、別の誰かではないかと、ニノンには思えた。


「勇者を守り、勇者を強め、魔族を撃滅する強力な()()こそが必要なのだよ、この時代には! 魔導器文明が栄えた現代で、古代の理を持ち出してなんとする! 我らは、先端を行く文明人なのだぞ!」


 彼は叫ぶ。

 思いの丈を、叫ぶ。

 その外観から受ける印象とは裏腹に、熱く叫び続けた。


「だから私は作り上げた。勇者を勇者足らしめん、現代の聖剣を! 勇者が持つのではない、持ったものを勇者とする真の聖剣だ!」


 己の主張を、吐き出しきったのだろう。

 はあはあと息を荒げ、肩を上下させるソンブルイユを、ニノンは冷めた目で見つめていた。


「素晴らしい御高説ありがとうございましたー聴き応えありましたよーぱちぱち」


 視線に乾いた拍手も乗せる。

 そこには感動の一欠片も乗っていなかった。


「で、察するに。この怪しい地下施設はその研究所ってとこですか」


「その通りだよ、古式(オブソレット)のお嬢さん」


 息を整えたソンブルイユが、くるりと階下を向き。

 再びニノンへと視線を合わせる。


「いや、ニノン・ザ・レイディアントソード。最も新しき魔導師(マスター)


「良くご存知で」


 チッ、とニノンは心の中で舌打ちをした。

 自分の情報が漏れている。


 一般的な王国(エタ)の貴族が、圏外領域(アウトゾーン)に引きこもっている伝統派の事情に詳しい訳が無い。

 おとぎ話に残るような大魔法使い――例えば自分の師匠のような――ならともかく、新参の自分の情報まで掴んでいるのは明らかにおかしいとニノンは思った。


 やはり居る。

 伝統派の中に王国(エタ)と通じているものが。

 そしてそいつは、情報も技術も売り渡している。


 今までの情報を総合すると、それは高位の人間だと、最悪な予想もついていた。


 だが、それが誰だか一切目星がつかない。

 ニノンは政治から遠ざかっていた事を、今本気で後悔していた。




 ばたばたと、背後で足音が聞こえる。


 騎士たちが追いつき、この部屋に来たのだ。


 ニノンは今や絶体絶命の状況に有った。




「ここは私が作り上げた、私の理想を完成させる為の場所だ」


 尚もソンブルイユは語り続ける。

 あ、こいつ自慢したがりだな、とニノンは悟った。


 自分もそうだから良く分かるのだ。

 黙々と自己満足で研鑽するタイプじゃない。

 成果は見せつけてやらないと、気が済まないタイプ!


「カスタルノー卿は、使えぬなら効率的に使い捨てればよいと考えた。だが、私は違う」


 後ろで騎士たちが、自分を囲む気配を感じる。

 しかし、手出しはしてこない。

 その事にニノンは一先ず安堵するが、同時に最悪な予想が胸を過ぎる。


 即座に殺さないのなら、自分に何か使い道を見出したという事だと。


 杖を握る力が、にわかに強くなる。


「資源は、資源だ。大事に大事に、長く細く。有効に使うべきだ。そう思わないか?」


 ふと、ニノンは違和感に気づく。

 大地が、床が揺れている。

 小刻みに震える感覚が、足裏から伝わってくる。


 ――地震?


 それに何度か遭遇した事が有るが、何か違う。

 揺れ続けるそれではない。

 間欠的に、揺れて、止まって。

 それを繰り返している。


「だからこそ、与えるのだよ。現代の聖剣を。あの、勇者もどきどもにね」


 部屋の奥へ、視線を向ける。

 薄暗くてよく分からなかったがそこには巨大な扉が有った。

 この無駄にスカスカで広大な部屋の壁面一杯の、大きな扉。

 まるで巨人の為の扉だと、ニノンは思った。


「――そしてこれが私の、私が作った()()だ」


 ズズ、と。

 鈍い音を立てて、扉が開く。

 ほんの僅か――と言っても扉のサイズからすれば、だが――に開いたその隙間から、何かが出てくる。


 それは手だった。

 巨大な手。

 それが扉の隙間から差し込まれ、縁を掴んでいる。


 扉が徐々に徐々に開いていく。

 そうして扉の奥に隠された()()の姿、ニノンの前に浮かび上がるように現出した。


「は?」


 そこに居たのは巨人だった。


 身の丈は人の何倍有るだろうか。

 少なくとも五倍に到達するだろうと思われた。


 体の表面は金属に覆われ、まるで鎧が張り付いているかのような印象を受ける。

 その関節には幾筋ものケーブルが見え隠れしており、怪しく拍動を繰り返している。


 顔面を見ればそこには、金属で形作られたのっぺりとした無機質な表情が有った。

 しかし巨大な目が緑の光を湛えており、薄暗い中怪しい光を放っている。


 良く見えないが、その背中には何か筒のようなものを背負っているように見えた。

 それが三本。

 背中にくっついている。


 腕には巨大な鋼鉄製の棍棒(クラブ)が握られている。

 棍棒というには巨大過ぎるそれは、鋼鉄の柱と表現した方がより相応しかった。


 明らかな人造物の巨人。

 それが今眼の前に出現していた。


偉大なる刃(グラン・トランシャン)


 ソンブルイユは誇らしげに、それの名を告げる。


「見給えよ君。勇壮なる姿だろう?」


 両手を掲げ、神へと宣誓するように。

 彼は恍惚とした表情を浮かべながら、天を仰ぐ。


「愚物を勇者に変える、最強の鎧にして剣。それが、これだ!」


 叫ぶソンブルイユの言葉もニノンには届いていなかった。


 彼女の頭の中は、今一つの疑問で一杯だったからだ。


「有り得ない……」


 ニノンは呆然としたように、呟く。


「こんな巨大なものを継続的に動かす? 有り得ない!」


 それは、彼女の常識からは決して有るはずのない光景だった。


「そんな魔力源、どうやって!?」


 偉大なる魔導師(マスター)の動揺する姿を見て。

 ソンブルイユは、甚く自尊心を満たしたのだろうか。

 喜悦の笑みを浮かべ、その様子を眺めていた。


「そう、これだけ巨大なものを動かすには、莫大な魔力源が必要だ」


 彼はポケットに手を突っ込む。

 じゃらり、という音と共にそこから取り出されたのは、幾つかの魔石だった。

 魔導具を動かすエネルギー。

 魔力の塊だった。


「しかし魔石ではそれを実現できない」


 彼が何を言わんとしているのかは、ニノンには当然理解できた。

 それは魔法法則の基礎。

 見習い(ノービス)が学ぶ、初歩中の初歩。


「エイジャックスの定理……」


「然り」


 ソンブルイユは、両手に持った魔石を掲げる。

 片手に複数、おおよそ6~7個ずつ存在するそれを、合わせるように近づけていった。


 双方が合わさった瞬間――


 まるで泡になったかのように。

 魔石が崩れ、空中へと消えていった。


「魔力凝固には閾値が定められている。一定量以上の魔力が集まった場合、即座にその結合は崩壊し空中の偏在魔力(マナ)へと還元される。その閾値をエイジャックスの定理と言う」


 ソンブルイユの手には、何も残っていない。

 まるで始めから存在しなかったかのように、綺麗に消えていた。


「これは直接接触に限らない。魔導回路等、魔力が繋がる経路が出来、一定以上の魔力量と認められた途端――魔力凝固体、即ち魔石は崩壊する。その為、魔石を並列化して大規模な魔力源として使う事も不可能」


「知ってますよ。そんなん最初に習うもんですから」


「そうだろうとも。偉大な魔導師(マスター)に話す内容では無かったな。だがやはり、説明というものは順序立て誰にでも分かるようにするべきだ。違うかね?」


「ここが講堂なら、拍手して喝采したかった所ですね」


 そう言いながら、ニノンは思考をフル回転させていた。


 今眼の前の男が言った通り、魔力源には容量に上限が有る。


 この為、夢として語られていた「馬の要らない馬車」も作れない。如何なる方法でも車輪を回し、長時間走るだけの魔力量が確保できないからだ。

 正確には動かすことはできる。しかしそれはごく短い間、芸として披露できる程度。

 長旅に耐え運用できるような時間を確保できる目処が立っていなかった。


 当然ながら、実現出来る訳がないのだ。


 巨大な鉄の人型という、途方もない魔力源を必要とする魔導機を作る事など。

 そんなもの、動かせてもせいぜい1秒有るか無いか。

 その程度のはずだと、ニノンの常識は告げていた。


「で、その初歩中の初歩をドヤって語って、何が言いたいんです」


「見て分かるだろう」


 どこまでも自慢げに、ソンブルイユは言う。


「私は越えたのだよ、エイジャックスの定理を!」


 ずん、という音が再び響く。

 鋼の巨人が歩く。

 ソンブルイユの下へと、ゆっくり歩いていく。


「今貴公は見ているのだ、歴史の転換点を」


 ソンブルイユの下に辿り着いた巨人の背部が、がぱりと開く。

 そこには無数のケーブルの束が臓腑のように蠢き、魔導式の輝きが幾重にも走っていた。


「偉大な歴史の始まりをな!」


 ソンブルイユはそこへ飛び込む。

 彼の体が巨人に飲み込まれ――そして、まるで贄を咀嚼するように、巨人はその体を閉じた。


 ぎらり、と一際強く巨人の目が輝く。

 その緑の光は、血のような赤へと変色し、凶猛な意志を宿してニノンを見下ろした。


『一つ運用試験を手伝ってくれ給え、古式(オブソレット)のお嬢さん』


 無差別通信で、放たれる声。

 それはソンブルイユのものだった。


『この新時代の聖剣が本当に魔将に通じるのかどうか。今から試してみようじゃないか』


 ぎ、と巨人が動く。

 だが先程までの、緩慢で老人の歩みのようなそれではない。


 機敏に姿勢を正す様は、まるで鍛えられた兵士のようだった。


『お前達、手出しは無用だぞ』


 ソンブルイユが語りかけたのは、背後の騎士たちに対してであろう。

 助太刀無用と、彼は言う。


『単騎で魔導師(マスター)を相手に出来なければ、大魔将打倒など夢のまた夢であろうからな』


 ニノンは背後の騎士たちが部屋から出ていくのを感じた。

 これでここには二人っきり。

 正確には、さらに一機。


 眼の前の相手は何も気にせず暴れられるようになった訳だ、とニノンはうんざりした。


『来給えよ、君』


 挑発するように、巨大な手が手招きをした。


『全力で抗う事だ。この偉大なる刃(グラン・トランシャン)は、虚仮威しではないぞ』


「……そうですか」


 どうやら今から自分はこの化物と決闘(タイマン)しなければならないらしい。

 脳内で巻物(スクロール)の残数を確かめながら、彼女は重く、言葉を吐き出す。


「ほんと、最悪ですね」


 巨人と真正面からやり合う魔法使いなんて、どこのおとぎ話だよ。

 できれば話の中だけにして欲しかった。


 ニノンは杖を握り、構える。


 なんにせよ、生き残るにはこの()()()()を退けなければならない。


 想像を遥かに越えた困難が今、ニノンを襲っていた。


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