第7話 寸暇の休息
苦痛に満ちた配膳作業を乗り越えた後、保護組の一行は漸く落ち着く事ができる。
厨房の隅の机で集まり、振る舞われた賄い飯で腹も心も満たす。
五人だけ残った厨房の中、彼らはようやく訪れた休息を楽しもうとしていた。
「話は聞くけど、毎回信じらんないな……」
唯一給餌に参加していない帆が、疲れた様子で呟く。
彼があの地獄の作業に参加しないのは、純粋に体力が保たないからだ。
元々インドア派だった帆は、なにせ南那にすら体力では劣る。
あの朝の重労働の後さらなる雑務をこなす余裕が一切存在しなかった。
名目上は厨房での補助という事にして休ませている。
まあ少なくとも、厨房でお手伝いをしている方があの地獄に突っ込むより大分楽なのは間違いない。
「おだてられ続けりゃ、人間あんなもんでしょ」
麻美も諦めたように言う。
「今までよっぽど人に誇れるもんが無かったんだろうねー。調子にノリすぎですわ」
そんな麻美の言に、帆は何も言い返せないようだった。
もし強力な恩寵を授かっていたら自分はどうだったか?
きっとそう考えているんだろう。
他人が羨む程のスーパーパワーを得て、周りから勇者だなんだと囃し立てられて、皆が傅き好き勝手振る舞うのが許されたとしたら。
あの傲慢な化け物になっていたのは、自分だったかもしれない。
だって、私たちはまだ何者でもない、ただの子供なのだ。
誰かに褒められたい。凄いと認められたい。
その渇望が痛いほど分かるからこそ、誰も帆の言葉を否定できなかった。
だからこそ、口を開けない。
南那も、他三人も。
思わず背筋が冷えるような思考は、きっとこの場の誰の中にもある。
「食事時だ、あまり辛気臭い話題は止めようじゃないか」
若干ひりついていた空気を破るように、未来が言葉を発する。
「せっかくのご馳走なんだから味わって食べるべきだ。――違うかな?」
給餌・配膳を行う南那達の食事は、他の組より遅い。
だが、その賄い飯は当然食事の準備で出た余り物で作られる。
そして彼の四人組のお陰で、豪奢な食事が大量に作られていた。
つまり、その副産物もそれに応じて相応のものとなり――
「まあ、役得ですよね」
――実は、特別組の次に豪勢な食事を取っているのは保護組だったりする。
余り物の肉や野菜でそれなりの料理が作られ、提供される。食事が美味いというのは保護組の精神安定に一役買っている。
おいしいは、正義だ。
だけどもしこの事実が他の組に露見したら、と南那は再び背筋を寒くする。
それはきっと嫉妬を越えて害意まで昇華されるだろうな、と。
無能の癖に、こんなに美味いもの毎日食いやがって。
そう言われるのは目に見えていた。
まあ幸いにもその機会が訪れる事はまず無いだろうが。
この僅かな食事時間は、彼ら五人組が集まる数少ない場でもあった。
ここでお互いの無事を確認しあい、情報を交換し、安心する。
それが日々のルーティーンのようになっていた。
「戦闘組と補助組の連中は」
固い黒パンをスープに浸す事すら無く、豪快に噛み砕きながら琉覇が話す。
「ほぼ一日中訓練漬けみたいだ。スパルタだな」
ありゃ俺でもキツいね、と肩を竦める様子が見て取れた。
「促成栽培って言うのかな……無理矢理使える動きを仕込んでるみたいな感じがするわ」
「そういうの解るの?」
「まあ、大体」
南那はじっと彼の言葉に耳を傾けた。明らかに《《そういう道》》に長じた琉覇の言葉は無視するには余りにも重かった。
「本気で強くしたいなら、地味な鍛錬を最初にやらせる。何をするにも体を作らなきゃ話にならねェ」
でも、と。
「あいつらの訓練は、スタミナとか筋力をつける為のものが無い。走り込みとか、素振りとか、地道な事は一切やらせてない。特定の指示にしたがって、特定の動きを即取れって、それだけ仕込んでる」
――まるで犬に芸でも覚えさせてるみたいだぜ。
ぽつりと放たれたその言葉に、南那は薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
「反対に特別組は完全に別待遇って感じだよね」
羨ましい事ですわ、と麻美。
「チヤホヤされちゃってさあ……なんでもかんでも我儘通し放題し放題」
「URって事だろ」
吐き捨てるように帆が言う。
「あいつらが当たりってわけだ。狙ってたピックアップが来たなら扱いも違うさ。僕達は無駄に石を使うことになった、使い物にならないコモンにしか過ぎないってわけ」
この一週間で嫌と言うほど思い知らされた。
補助組の五人も、おそらく戦闘組と補助組の人たちも。
自分たちは望まれた存在ではない、と。
「人の人生でガチャすんなよ……」
そう、帆が言う通り。
これはガチャだ。
勇者ピックアップガチャを回してアウレリア達が欲しかったのは「最強のチート能力」というSSR(当たり)であって、私たちという人間そのものではない。
私たちは無作為に回された乱数テーブルの、ただのハズレ枠。それだけの話だった。
「でもあんなんで使い物になンの?」
ふと思いついた様子で、琉覇が質問を上げる。
「あいつらがすげえ力持ってたって、戦えるかどうかは別の話じゃん」
「まあ、そうだろうね」
ピッチャーで皆のコップに水を注ぎながら、未来もその言葉に同意する。
「あれは自分が危険に陥るなんて想像すらできていないタイプだ」
万能感、それともダニング・クルーガー効果と言えばいいのかなと。
お嬢様は説明を続ける。
「自分が失敗するとは一切考えてない。世界の上位に君臨し、何もかもが思うままに通ると思い込んでる。そういう手合だ」
「でも戦うっていうのは自分の思い通りに行くもんじゃねェ。例えどんな楽な相手でもな」
「……そういうものなんですか?」
あれだけ凄い力が有るなら、なんとかなるのではないか? 南那にはそう思えてならなかったのだが。
「考えてもみ給えよ、君たち」
なあ、と未来は問う。
「そもそも戦う相手、【魔族】とやらがどんなものかも分からないのに――何故自分の力が通用すると確信を持てるんだい?」
あっ、と南那はその時初めて思い当たる。
自分たちが戦う相手の情報が、たんなる一言、魔族という言葉しか与えられていない事に。
「現代人らしいバイアスのかかり方だよね。多分彼らもこう考えている。魔族。そうかゲームのモンスターやファンタジー小説に出てくる敵みたいな相手だなって」
未来は依然と笑顔を保ったまま続ける。しかしその目がわずかながらに細まったように南那には見えた。
「誰も自分たちが思うような相手だと保証すらしてないのに、そうだと思いこんで無根拠にそれならできると錯覚している。きっと自分たちの想像通りのものが出てこなかったら、一目散に逃げるんじゃないかな? なんとも……喜劇じゃあないか」
フフ、と彼女は笑った。そこに侮蔑の色を感じたのは、自分だけでは無かっただろう。
「だがそれも度を超えると反転する。まったく逆の結果を生むだろう」
「……つまり?」
「想像すらできない馬鹿にしてしまえば、どんな危険な所でも喜んで突っ込んでくれる。失敗した時はどうせ死ぬだろうから問題ないって話」
「うわあ」
「意外と容赦無いよな、お嬢は」
ちなみに琉覇は何故か未来の事を、初日からずっとお嬢と呼ぶ。
多分だが、名前を呼ぶのが恥ずかしいのだろう。
「おだてられてる特別組。芸を仕込まれる戦闘・補助組。何れにしても――」
そういう未来の目は笑っていない。
何かを見通すような、そんな視線に感じられた。
「都合よく使い潰す気なのは明白だろうね、これは。私たちも十二分に注意をしておくべきだ」
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
「お、脅かさないでよ……」
ハハ、と苦笑いする麻美は、無理に笑っているように見えた。
「わたしらは戦闘に出なくて良いんだから、大丈夫でしょ」
――本当に?
そう聞き返したかった。だがその答えを聞いた時、何か取り返しがつかない事になるような、そんな予感がした。
「しまったな、食事は楽しくと言った本人が辛気臭くしてしまった」
すまないね、と未来が苦笑する。
なんとも微妙な空気が流れる中――
バン!
厨房の扉が、大きく開く音が響き渡った。
「いつまでのんびりくっちゃべって朝飯食ってるつもりですか。さっさと支度するですよ!」
入ってきたのは、一人の少女だった。
歳の頃は南那達より若干若い、中学生になったばかりくらいだろうか。
短く切りそろえた髪に、浅黒い肌。
そして保護組とは違いメイド服に身を包んだ彼女には、一際目立つ特徴が有った。
頭上に乗せられたホワイトブリムの脇には、ちょこん、と、獣の耳のようなもの――というよりそのものが鎮座していた。
スカートの後ろからは、長い尻尾がぴょこぴょこと動いてるのが見て取れた。
「さあ、今日もこのトトがお前達を一人前になるようビシバシ鍛えてやるです。先輩として敬うですよ!」




