第32話 見えざる階
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ヴェネリサールの端に位置するリジエールの街は、隣接する衛星国との窓口の役割も果たしていた。
人の往来激しいこの街は、人種も入り乱れており目を飽きさせないものがある。
物流も激しく、食糧輸出のハブとしても機能しているこの街は、前線に近い辺境とは思えぬ活気を持った街だった。
時刻は昼過ぎ。
今も通りは人でごった返し、喧騒が溢れている。
道の端々に有る屋台はちょうど昼食を求める労働者達で埋まっており、彼らのやかましい声が木霊していた。
そんな人混みの中を歩く二人の少女の姿があった。
一人はマントで体を覆い、フードを被っている人間の少女。
彼女はこの人の弾幕の中を泳ぐように淀み無く進んでいる。
まるで掠る事もなく、一人浮いているかのように軽やかに進んでいた。
その後ろに続くのは獣人の少女。
浅黒い肌に短く刈り上げた髪、そしてぴょこぴょこと可愛らしく動く耳は周りの音を聞き分けようと必死になっているようだった。
天音寺未来と、トト。
二人の少女は数日をかけて、この辺境の都市へと辿り着いていた。
「それで」
未来が背後のトトに話しかける。
「帰り方は分かっているって事でいいんだよね?」
「問題無いです」
未来のマントの端を掴み、その後ろに続きながらトトは胸を張る。
「ルグンド方面に行く馬車の乗り場は知ってるですよ。五大領の方はしらねーですけど、ルグンドに近いとこは大体回った事有るですよ」
けっこう色々なとこに行ってるです、と少女は自慢げに語った。
「頼もしいな」
未来もそんな少女の様子に釣られて笑った。
「私は旅慣れて無いからね。頼むよ先輩」
「任せるですよ!」
トトは胸をとんと叩く。
勢いを付けたのに可愛らしい音しか出てこないのが、実に少女らしかった。
「トトはミクの先輩ですから、ちゃんと引っ張ってやるです!」
それは彼女の空元気だったのかもしれない。
あのような惨劇からまだ数日、心は癒えてないだろう。
それでも彼女は前を向いて進もうとしている。
未来にはそう見えた。
「それで先輩」
懐の感触を、未来は確かめる。
「路銀の方は足りそうなのかな?」
「……十分過ぎる程なのですよ」
未来達の路銀は、あの襲撃で襲われた犠牲者達より譲り受けたものだった。
大半は自称勇者の軍団に持ち去られたが、探りきれなかったのか、僅かばかり残った金銭も存在していた。
それを二人は故人に申し訳ないと思いつつ、生きる為に拝借したのだった。
「でも」
トトは不思議そうに言う。
「なんでトトのお給金は使っちゃ駄目ですか? トトは銀行の口座持ってるですよ」
「それは、特別に作って貰ったものなんだろう?」
「です!」
また自慢するように、トトは胸を張った。
「普通衛星国の人間は口座持てないですけど、自分はそれなりに良いとこで働いたこともあるから、そこの旦那様が保証人になって口座作って貰えたですよ。盗まれる心配無くなったからすごい便利だったのですよ」
銀行札だって持ってるです、と少女は続ける。
「今回のお給金も沢山入ってるはずなのですよ。それが有るから、あんな事しなくても大丈夫だったはずなのです。なのになんでミクは駄目って言うですか?」
「君が危険だからだ」
死んだはずの人間が、口座から金を引き出している。
それが知れた時どうなるか。
未来には容易に想像がついた。
そしてその危険の度合いがどの程度なのかは、彼女ですら予測がつかなかった。
未だ「召喚」というものが如何なる枠組みで行われているのか。
未来には知る由も無かった。
五里霧中、情報という導がまったく存在しない現状。
過剰と言われる程に備えるだけの慎重さが、未来には存在していた。
「とにかく、その口座はもう使わないようにする事だ。残念な話だが」
「勿体無いですよ……」
トトの銀行、としょぼくれる。
小さな耳がぺたんと垂れた。
「ダラマトナ、だったか」
未来は話を変えるように、そう呟いた。
「トトの故郷は」
「ですね。ルグンドでは結構大きい方の街です。それでもこの街より小さいですけど」
はあ、と。
少女は溜息をつく。
「王国はなんでもすっごいですよ。流石一等国です」
一等国と二等国。
それは幾度となく未来達がトトから聞いた言葉であった。
一等国――それは即ち、ヴェネリサール王国を指す言葉。
文化・文明の中心地であり、魔族反抗の主力でもある。
曰く、王国の中心部はとにかく凄いらしい。別世界だと。
トトはそう語っていた。
二等国。
王国の周辺に位置する衛星国家群の総称であり、実質的な従属国家でもある。衛星国はヴェネリサールに上納金を収め、王国は戦力を派遣する。そうして彼らは魔族の熾烈な攻撃から身を守っているという関係だ。
「ルグンドみたいな小さい衛星国は王国から武器も食糧も貰わないとやってけないですよ。ずっと魔族が攻めて来るです。畑なんか荒らされ放題でなんにもできないですよ」
衛星国は食糧も王国からの輸入に依存しており、完全に頭が上がらない構図が出来上がっている。
魔族侵攻が激しい前線国家で食糧生産など出来ようはずも無いからだ。
衛星国は生きる為になけなしの富を差し出し生きる為の力と糧を供給され。
王国はその見返りに富を受け取り、栄える。
歪な収奪関係がそこには有った。
そして、それだけではない。
どん。
獣人の少年が、小太りな壮年の男にぶつかる。
男は少年の顔を見ると、吐き捨てるように言った。
「亜人が……」
嫌悪をむき出しに、侮蔑も隠さず。
まるで汚物を見るような目で、男性は去っていく。
未来の目が、すうと細められた。
男よりも更に冷え込んだような、そんな瞳でその男を見つめていた。
「嫌なもの見たです」
トトも顔を顰めていた。
「王国人は、殊更人間である事を鼻にかけてくるですよ。うんざりするです」
人間と亜人。
人と人でないもの。
そこにも、格差と差別は潜んでいた。
「人間が神の使徒だってのはわかるですよ」
でも、と。
寂しそうにトトは言った。
「だからってあんな態度取る事ないですよ……」
トト曰く。
この世界において、「人間」とは至天神を頂点とした光の神々の代理種族だそうだ。
そして神はまず人間を作り、その下僕として亜人を作ったと。
既に神話の時点で作り上げられている格差構造を、未来は少女から聞かされていた。
「あの砦ではこういうの無くて、快適でした」
すごい珍しいです、とトトは言う。
「ミク達も、そういうの無くて嬉しかったです」
「生憎私は平等主義者なんだ」
おどけたように、未来は肩を竦める。
「どんな生まれかより、何をするかで人を判断する性質でね」
「いいことです。褒めて上げるですよ」
少し機嫌が回復したように見えるトトを眺めながら、未来はゆっくりと、静かに周囲を観察する。
目を凝らせば、彼女にも確かに見える。
立ち振舞。歩き方。あるものは避け、あるものは横柄に。歴然とした力の差が、この通りにも現れていた。
「国と国、人と人。多重の階層か」
なにかに付けて格差が有る。
まるで見せ付けるように。
思わず未来の口から苦笑が漏れた。
「なかなか凄いところだね、異世界も」
未来は眼鏡をくいと上げ、そう吐き出した。
「なんか言ったですか?」
「トトの故郷が楽しみだって言ったのさ」
二人は通りを進んでいく。
馬車乗り場は、もうすぐだった。




