第28話 剣刃遊戯
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騎士たちの反応は一様に早かった。
即座に抜剣し、構えを取る。
素人に過ぎない勇者達にはできない、訓練で身についた冷静さがそこには存在した。
未来の四方を騎士たちが囲む。
やや遠巻き、一足で刃が届く間合いで逃さぬよう取り囲んでいた。
対する未来は自然体であった。
手をだらんと下げ、剣は軽く握ったまま。
それは剣術とは思えぬ構えであった。
じり、と相対する五人は互いの距離を争い合う。
僅かな間合いの差、角度。
最も優位なそれを求め、一見膠着のような、熾烈な位置取り合戦がそこでは繰り広げられていた。
それだけではない。
呼吸や間を計り、仕掛けるタイミングを探している。
ほんの僅かな隙を探り、各々が全神経を集中させていた。
そこには余人には理解及ばぬ、精緻で地味な攻防が存在していた。
達人達が行うようなそれが未来と騎士たちの間には有った。
「シュアッ!」
動いたのは、背後に位置する一人であった。
最も優位かつ相手の動きを誘える後方。
その騎士が最初に動いたのは必然であった。
振り向くのであれば、前に相対した者が斬ればよい。
横に捌くのであれば、やはり近いものが斬ればよい。
そして二の刃三の刃と他の者が生み出し続く剣戟で相手を圧倒し仕留める。
騎士の頭には、そのような予測が流れ出ていた。
しかし――
騎士が踏み込んだ刹那、既に未来は動いていた。
まるでその腕に抱かれに行くように。
とん、と軽く後ろへ跳躍した彼女は、彼の腕の中へ自らの体を滑り込ませる。
それは戦場の中、場違いな抱擁のように見えた。
斬りかからんとした騎士は、臓腑の尽くが破裂し即座に絶命する。
未来の背より放たれた衝撃が彼の臓腑を侵し蹂躙したのだ。
弛緩しもたれかかる騎士のその手より、未来は左手で剣を奪う。
両手に剣を携えた未来は、踊るように回る。
軽やかなステップで、美しく。
左右に控えていた騎士達が、反射的にだろうか。
ほぼ同時に未来へと打ち込む。
大上段の一撃。
最も威力のあるそれが同時に未来へと襲いかかってきた。
だが騎士たちが剣を振り下ろした時、既にそこに目標とした女は居ない。
未来は二つの剣閃の脇を滑るように動いていた。
未来はゆるりと左前へ、鋭い斬撃の外側へと歩を進める。
刃は彼女を掠めるのみに留まった。
光のような、鮮烈なる一撃。
右手による切り上げが、騎士の脇下を切り裂いた。
脇がぱっくりと割れ、そこから血が吹き出ようとしていた。
だが間髪入れず、返す刃が彼の首を切り落としていた。
そして首と脇より血が噴出する前に、未来は雷足の蹴りをその体に見舞っていた。
正面に存在したのは、打ち込んでいたもう一方。
彼は相方の首より吹き出す血で、完全に眩ませられていた。
そこに飛来する刃。
騎士の喉には長剣が深々と刺さり、貫いていた。
この三名が絶命するまで、数秒と無い僅かな攻防。
残るは、一人。
三人が討たれた様を見て、彼が選んだのは、刺突であった。
真っ直ぐと突き出される刃によるそれは、対手から見れば点が迫るようにしか見えなかっただろう。
だが未来には通じない。
半歩の見切りで刃を透すと、彼女は突きを振るったその腕を、軽く掴んだように見えた。
ただそれだけで、眼の前の相手は絶命した。
彼女は相手の身体いかなる部位からも、心臓を破砕させる威力を伝えきり浸透させる技術を持っている。
彼女に触れられる事は即ち死である。
彼女の細腕は大岩を砕く事など出来ない。
だがそれでも、人を殺すには十分なのだ。
静かな睨み合いから一点、激しい攻防が始まって僅か数秒。
四人の騎士が、この世から別れを告げた。
当の未来は涼しい顔をしていた。
これだけの立ち回りを見せながら返り血一つ浴びず、悠然と立っていた。
「次」
なんでもないように、彼女は告げた。
「解除だッ!」
ベルトランの声が、辺りに響き渡る。
「偽装解除だ! 魔導式の使用を解禁する! 総力を上げて討ち取れ!」
彼とて騎士たちを預かる者。
決して無能ではない。
故にこの一連の攻防で理解した。
眼の前の女が、尋常ならざる使い手である事を。
彼は、召喚者達に決して見せぬよう配慮していた、本来の実力を発揮する選択をした。
問題が有ったからだ。
《《勇者と傲る者たちよりも、自分たちの方が強いと見せ付ける事は》》。
彼らには、自分たちが選ばれし最高戦力だと誤認して貰わなければならなかった。
まるで我々が力無く窮地に陥ってると錯覚して貰いたかったのだ。
庇護欲という傲慢を与え、進んで死地に吶喊して貰う為に。
騎士たちは眼前に両手で剣を構えると、起動鍵を唱える。
「自己編綴魔導式活性!」
細胞に潜む刻印核に書き込まれた魔導式が、激しく励起する。
騎士たちの体が淡い光に包まれた。
いや、光を発しているのだ、その体が。
「猿が……」
新たな騎士が未来に斬りかかる。
「死ねぇ!」
風を強引に切り裂く、荒い音。
剛剣とも思えるようなそれが、未来に迫る。
その速さは先程の騎士たちを遥かに凌ぐ。
「ほう?」
自己編綴魔導式活性は己の自身を強化する為の魔導式である。
それは筋力など肉体的な強化のみならず、反射神経等神経系にまで及ぶ。
まさに生物として、一段階上昇するのだ。
王国の武辺者達は例外無くこの魔導式を身体に刻み込んでいた。
「ドーピングか」
だが、斬る。
未来は何も変わらず、斬る。
騎士の腹が、脊椎まで両断された。
その上半身は勢いのまま飛んでいき、下半身と永遠の別れを告げた。
「まあいいさ。殺し合いをしてるんだ。そういうのも有りだ」
魔法により生物として強化されようと。
未来という女の剣閃の方が、まだ疾かった。
「こ、こいつ……まさか、恩寵を偽っていたのか!?」
若い騎士が叫び声をあげる。
切実な叫びだった。
その声に――未来は、まるで意外そうに、不思議そうに。
呆れた表情を浮かべた。
「貰い物に命を預ける馬鹿が居るか」
手を止めず、二人三人と彼女は続け様に斬り殺す。
「これは私が師に授かり努力で手に入れた力。積み重ね、体に刻みつけたもの」
四人、五人。流れるように、未来は斬っていく。
騎士たちの体が切断され、無惨な骸を積み上げていく。
「つまり、技だよ」
六人目を斬ろうかという刹那。
未来は、突如として横にステップをする。
まだ誰の刃も届かぬはずだったその場所を、見えない斬撃が通った。
「なんで避けるんだよ……!」
遠くで。
騎士の一人が、大上段からの振り下ろしを、残心を取ったまま。
そう叫んだ。
「死角から打った衝撃刃だぞ……!?」
味方が斬られる事も織り込んだ、奇襲の一撃。
その体を目眩ましとして、ともすれば一緒に両断する事すら想定した攻撃だった。
剣戟を衝撃として飛ばすというシンプルかつ有用なその魔導式は、必中の状況で放たれたはずだった。
はずだったのに。
その攻撃は、女に当たるどころか掠りすらしなかった。
彼は余りにも不可解な状況に、叫ばざるを得なかった。
「凄いな、ここはサーカスか?」
対する未来は、楽しそうに笑う。
しかしそれは喜悦の笑いではない。
呆れの含まれた、笑いだった。
「芸のレパートリーが増えてきたじゃないか。次は火でも吹いてくれるのか?」
騎士が、両断される。
体の正中を、真っ二つに。
脊椎まで真両断する、絶技であった。
「そんな遊びで――どうやって私を殺す気だ?」
優しいのに、腹の底が冷やされるような声。
この時、初めて場に居る全員がこの女を恐怖した。
「ん? ああ、そうか」
それも束の間。一転して、未来は何か得心がいったように呟く。
「すまない、私が勘違いしていたようだ」
彼女は本当に申し訳無さそうに、言った。
「ちゃんばらごっこに剣術を持ち出すのは、流石に大人げ無かったかな」
本当に本当に。
心の底から詫びるように。
真摯に――
「ごめんね」
謝罪の言葉を、口にした。
「き……貴ッ様ァァァァァァァ!!!」
激昂した騎士が、形振り構わず斬りかかる。
大地は抉れ、音すら置き去りにしそうな速さで。
ドォン、と空気を破る音すら聞こえた。
しかし次の瞬間には、死んでいた。
横薙ぎに未来に腹を斬り割かれ、絶命した。
「そう怒るなよ」
彼女の剣は、幾人も斬ったというのに刃が鈍る気配すら無い。
血脂すら、そこには乗っていなかった。
「痛い所突かれてキレるのは男が廃るぞ? もっとどっしり構えていろ」
ベルトランは、兜の奥で汗を流す。
認めよう。
こいつは強い。
この召喚者はべらぼうに強い。
ともすればこの剣の冴え、剣聖にすら届くかもしれない。
今の自分でも届くかどうかは分からない。
だが。
彼は意を決したように、剣を力強く握りしめた。
「総員傾聴!」
彼は、全力で叫ぶ。
「こいつは私が抑える! お前達は巫女様とカスタルノー卿をここから脱出させるのだ!」
「でも、隊長……」
「いいから行け!」
ベルトランの言葉に、生き残った騎士たちは砦へと走っていく。最上階に居るカスタルノー卿、そして地下に居る巫女を護る為に。
未来は、その様子を静かに眺めていた。
「余裕だな。追いかけるものと思っていたが」
「いいさ」
未来は微笑む。
「男のやんちゃやわがままを受け入れるのが良い女というものだからね」
それに、と。
彼女は剣を投げ捨てる。
からん、と乾いた音が場に響いた。
「どうせ誤差だよ」
剣を捨てた未来の姿に、それでもベルトランは警戒を解かなかった。
武器を手放すという不利を得て尚、まだこの女の方が有利だと直感的に理解していた。
「自己編綴魔導式活性……」
ベルトランは唱える。
己の全てを出し尽くす為に。
「弐撥!」
先程の騎士たちより、さらに激しい光が体から立ち上る。
自己編綴魔導式をさらに強化する、二重強化魔導式。
それを刻むだけの刻印容量も財力も、彼は持ち合わせていた。
ベルトランの体に、力が漲る。
筋肉ははち切れんばかりに膨らみ、その目は怪しく輝いた。
彼は明らかに人を超越した存在へと変貌したと、一目で理解できる絶大な変化だった。
「行くぞ勇者! 貴様はここで終われ!」
裂帛の気合を放つベルトランに、未来は静かに言い放つ。
「私のような女が勇者であるものかよ」
すっと、彼女が手を前に翳す。
この戦いで初めての――彼女の、構えであった。
「私はただの――勇者の友達だ」




