第3話 恩寵と選別
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「うわあ……」
南那の口から思わず感嘆の声が漏れた。
アウレリアに先導され部屋を出た一同は、長い階段を登り、そして通路を抜けた先でそれを見た。
まさに抜けるような青空。
澄んだ清浄な空気と心地よい風。
すこし肌寒さを感じるがそれすら心地よい。
文明の埃を纏わぬ、文字通り自然な空気。
生まれて初めて味わうそれはあまりにも新鮮で心地よかった。
空から目を離し周りを見渡すと、見上げる程に超大な壁がそこには有った。
ぐるりと周りを囲んでいるそれは、先程の部屋と同じく白磁の大理石だろうか。
汚れ一つ無い美しい壁が、視線を遮るようにそそり立っていた。
大体高さは5~6階のビルくらいかな?と南那は目星をつける。
少なくともこんな壁を人間が登るのは無理だな、と思った。
そしてその壁に囲まれるように広がるグラウンドのような場所が目の前に有った。
少なくとも大人数がここで動き回っても支障は無いだろうと感じさせる広さだった。
「ここは、この砦――サン=ヴォワイエの訓練場です」
アウレリアはそのように説明する。
「かつて貴方がたと同じ勇者達がこの場所で訓練し、そして魔王討伐へと旅立っていった由緒正しき場所でもあります」
さあ、と彼女は促す。
「この場で皆さんが神より授かりし恩寵をお示しいただきたく存じます。――あれを」
巫女が鷹揚に手を挙げると、先程の広間に居た、鎧を纏っていた者たちが複数人で何かを運んでくる様子が見て取れた。
多分木かなんかで作ってあるだろう土台に鋼鉄の鎧を被せた、簡易的な的。
明らかに、試し斬りの為のものだと南那にも理解できた。
「さあ、我こそは、と思う方からどうぞその力を私達に見せてください」
アウレリアの声が響き渡る。
彼女の声は閉所であった先ほどの部屋よりもさらに響き、浮足立つ学生たちをまるで急かすような声色に聞こえた。
「っしゃあ! じゃあ俺から行くぜ!」
巫女の声に一人の少年が応え飛び出してくる。
高校には上がったばかりくらいだろうか?
大人と言うにはやや幼さを感じさせる少年に見えた。
広場の中心に躍り出て不敵な笑みを浮かべた彼は、得意気に叫ぶ。
「これが俺の力だああああああ!」
その声に呼応するように――彼の恩寵が発現するのを、南那は見た。
ごう、と。
熱い風がうねるように広場に広がる。
そして少年の体から吹き出すのは、炎。
「熱っ……!」
おそらく数十メートルも離れていただろう南那にすら感じられる程の熱さ。
まるで肌を焼きそうなほどの、圧倒的な熱量。
それは留まる事を知らず、さらに強まろうとしていた。
「炎を操る力、ですか。いや、自身が炎となる力」
笑みを浮かべつつ、アウレリアは呟く。
「ああそうだ。今の俺は――炎そのものだ」
そう言う少年の目がぎらりと輝いたように見えたのは、目の錯覚ではなかっただろう。
「炎だから殴られようがなんだろうが関係ねえ。どんな奴だろうが焼き切ってやる」
彼は的に向けて手を翳す。
ぴったりと狙いを定め、これから起こるだろう結果をイメージするかのように。
「燃えろおおおおおお!」
ボ、という音と共に、燃え盛る彼の手より炎が分かたれた。
それは火球となって空を走り標的へと近づいていく。
高速で飛来する火球は音もなく滑るように近づいて、そして――
刹那、周囲を包む閃光。
それは、空間から音が吸い取られるような、圧倒的な熱量の咆哮だった。
目を晦ます強烈な光。
まるで網膜を灼くような圧倒的な白が標的から溢れた。
「……っ!!!」
南那も思わず目を閉じ両腕で顔を覆った。
瞼を閉じて尚焼き付く、鮮烈なる光。
そうして視界が閉ざされた世界から伝わるのは、臭い。
何かが焼け焦げたような、日常には無い臭い。
それは南那の鼻腔にまとわり付き、どうしようもない不快感を与えた。
意思に反し、南那の喉と肺はそれを押し出そうと咳き込んだ。
彼女が落ち着くまでに時間を要したのはどれくらいだったか。数十秒だろうか、目を開けた南那が見たのは――
「何、これ……」
南那は思わず言葉を失った。
先程まで無機質な存在感を放っていた鋼鉄の鎧は、見る影もない。
ぐずぐずに焼け落ちただろうそれはどろりとした僅かな鉄塊に成り果てており、大部分が蒸発したことは容易に見て取れた。
「どうだ、これが俺の力だ!」
両手を天に高く掲げ、少年は吠える。
全てに勝利したチャンピオンの如く、世界に吠えた。
今彼は自身が世界の中心に居ると、その実感を何一つ疑いなどしてはいないように見えた。
その様子を見ていた他の学生たちも、色めき立つ。
――俺も、ああなれるのか?
年若い彼らの目が、輝いてく。爛々と、危険な程に。
「――素晴らしい」
そしてアウレリアは素直に感嘆の言葉を述べた。
まるで望外と言わんばかりの驚きを添えて。
「勇者様。名をお教えください」
「健人。中島健人」
胸を張り、彼――健人は名を告げる。
おそらく、ここまで誇らしい気分で自らの名を名乗るのは人生で初めてなのだろう。
その顔には隠しきれない自尊心がにじみ出ていた。
「魔王だろうがなんだろうが、俺が倒してやる」
その言葉に満足したように頷くと、アウレリアは傍らに侍る――兵士だろうか、それとも騎士だろうか、その何れか――鋼鉄に身を包んだ従者に目配せをする。
従者はそれに応えるように手に持っていた板に何事かを書き込んでいるようだった。
「どうぞこちらへ」
健人はアウレリアに促されるまま、何処かへと案内されていった。
「皆様、見ましたでしょうか健人様のお力を」
朗らかにアウレリアは、残る皆へと語りだす。
「あのような魔王に抗う力が、皆様がたにも宿っているのです。そしてその使い方は神が既にお伝えになっている事でしょう。どうか尻込みせず、存分にそれらを開陳してください」
――我々にどうか希望を見せて欲しいのです。
美しい巫女が、笑顔で語る言葉は。
まだ思春期でしかない少年たちの自尊心を多いに擽り、またやる気を発起させたようだった。
「次は俺だ!」「俺も行くぜ!」
争うように少年たちは、新たに運ばれてきた標的へと群がっていった。
それから雪崩を打ったように、恩寵の披露会が始まった。
自身の力を数十倍に増幅させる能力。
手を振れずに相手を砕く能力。
振れるだけで物を割断する能力。
とてつもない恩寵の数々が、南那の眼の前で披露されていった。
まるでスーパーヒーローだ、と彼女は独りごちる。
そして彼らと自分をどうしても比べてしまう。
ひええええ、どうして皆こんななの!?
南那の心に混乱が渦巻く。
それはそうだ。なにせ彼女の能力はこんなに凄くない。
自分には相応しいと思うが、なんの役にも立たなそうな矮小な恩寵であるのは疑いようが無かったからだ。
中には地味な能力も有った。
物を軽くするとか、足が滑りやすくなるとか、そういう感じ。
彼らは明らかに先ほどの健人達とは別の何処かへと連れて行かれているようだった。
観察している間に南那は気づく。
――何か、選別されてる?
発揮している能力に応じて、間違いなく喚ばれた少年少女達は区分けされている、と南那には理解できた。
その数はおそらく3。大まかに3つのグループに振り分けられている。
それが良いものであるとは、彼女にはどうしても思えなかった。
それに気づいた時、さらに南那の足は重くなった。
ここまで様子を見ていたのも、自分の恩寵が碌でもない役立たずだと自覚していたからだ。
だからどうしてもそれを見せ付ける気になんてなれなかったのだ。
そしてそれが、おそらく待遇の差に繋がるだろうという事に気づいてしまったのなら尚更だ。
間違いなく自分の扱いは最底辺だろう。いや、底辺であるならまだいい。
――役立たずだからって、殺されたりしないよね?
自分たちの周りには、依然として剣を携えた鎧の戦士達がまるで見張るようにこちらを見ていた。
彼らの刃が自分に向けられる想像が頭を過ぎり、思わず寒気がする。
そうならない可能性はゼロではないんじゃないかと。
そんな恐ろしい考えを、頭を振って振り払う。
いや大丈夫だ、大丈夫。
だってまだそんな事は起きていないじゃないか。
明らかに戦えそうにない能力を見せた人がさっきも居たが大丈夫だった。
だからきっと大丈夫。自分だって大丈夫。
南那は祈るようにそう自分に言い聞かせていた。
そのような考えに埋没する間、一人、また一人と能力を披露していき。
気づいてみれば、結局最後まで残ったのは南那だった。
どうやら最後の最後まで踏ん切りがつかなかったのは自分だったらしいと、その時ようやく気づいた。
「どうぞ、力をお示しください」
アウレリアが優しく促す。
「……あの、私の恩寵?は戦いに全然向かないというか……」
おずおずと南那は切り出すも。
「どのような恩寵であろうと神が与え給うた力。無駄なものなど一つも有りません」
怯える南那の心を落ち着けるよう、にっこりと笑いながら巫女は言う。
「恐れず貴方に与えらえた力を、ここに」
……やるしか無いか。
覚悟を決めて、南那は据えられた標的へと歩いていく。
無骨な鉄の鎧の表面に、そっと指で触って。
「これが、私の授かった恩寵です」
そうして発揮したそれを見た時のアウレリアの目が――
「――良い恩寵かと思いますよ」
哀れみの表情を浮かべていたように見えたのは、何の気の所為だったのだろうか。




