第27話 宣戦布告
「なんだ、うるせえな」
がたがたと隣の部屋から聞こえる騒音に、健人は不機嫌そうな様子を見せた。
折角の祝勝会が台無しとばかりに、ぐちぐちと不満を漏らす。
「まあいいだろ」
対する毅は、上機嫌であった。
「こんな気分が良い日なんだ。ザコどもも羽目の一つ外したくなるだろ」
「だなあ」
浩輔も、侍らせた女の感触を楽しみ機嫌が良さそうだった。
「ゴミが片付くと、気分が良いぜ」
ハハハ、と彼らは笑いあった。
確かに今は気分が良かった。
彼らの胸につかえていた、不快な《《何か》》が、綺麗さっぱり取り除かれていたからだ。
最早、憂い一つ無い。
清々とした気分で、出陣していけるだろう。
「いよいよ魔族との戦いか」
その光景を夢想すると、自然と相好が崩れていった。
強大な力を振るい、暴虐な魔族を倒し、魔王を下す。
そして自分たちは英雄になるのだ。
未来永劫語り継がれる世界を救う勇者に。
彼らの頭の中には、輝かしい自分たちの姿のみが映し出されていた。
「楽しみだな」
彼らは、自分たちの敗北など露ほども想定していない。
勝利する事を微塵も疑ってはいなかった。
「で、大和は何処行ったよ」
「女とイチャついてんだろ。あいつ外でやるの好きだし」
「野外全裸プレイとか上級者だよな」
「開放的なんだろ。頭もあそこも」
彼らに信頼関係は無い。
ただ利己だけを追求し、互いを利用し合う関係でしかない
だから今の今まで気づいていなかった。
大和が帰ってきていない事も。
彼がもう帰ってこない事も。
何もかも、興味が無さ過ぎた
だから、それにも気づかない。
ゆっくりと、部屋のドアが開いた事も。
まるで、気づかなかった。
とん、と。
軽い音と共に、健人と毅の顔にナイフが刺さる。
そして浩輔はそれに驚く暇すら無く、顔面を神速の横蹴りで蹴り潰される。
僅か一瞬の制圧劇であった。
特別組の備えた恩寵は、未来の目から見ても恐るべき性能を備えていた。
強力無比で、対処を間違えれば容易に命を失う。
しかし、共通している弱点が有った。
彼らの能力にはオンオフが有る。
つまり、意識しないと使えないという事だ。
ならば、解決策は単純。
意識させる前に殺せば良い。
シンプルで、そして最高のアンサー。
強い相手を倒したいならどうするか。
強みを発揮させないようにする。
格上喰いの鉄則であった。
周りの女たちは、突如の兇行に顔を引きつらせていた。
ただ愛想笑いを浮かべて、懇願するような視線を未来へと向ける。
「失礼。少々騒がせてしまったね」
蹴り足をゆっくり戻しながら、世間話でもするように未来は話しかける。
浩輔の顔は靴の形に陥没し、その上半分が潰されていた。
びくびくと動く彼の体は単なる生理反応を返しているだけに過ぎない。
もはや抜け殻となっていた。
「ちょっと煩かったよね。彼ら」
「は、はい! そうですね」
「でもまあ」
健人と毅を見やる。
彼らは自分に何が起こったかすら知らず、絶頂の時を味わったまま絶命していた。
「これで少し慎みを備えたと思うよ。もの静かでいい男になったんじゃないか」
女たちは歯の根が合わず、ガチガチと震えていた。
激昂するでもなく。
ただ淡々と、笑顔でこのような言葉を語る相手に、形容し難い恐れを抱いた。
あまりにも異質な、冷徹な暴。
それはわかりやすい暴威よりも圧倒的な恐怖感であった。
「これならもっと仲良くやれそうかな?」
「はい、はい!」
女達は必死に頷いた。
涙すら浮かべて必死に首を振った。
「じゃあ、世話は頼んだよ」
変わらぬ笑顔で、この恐ろしい女は言葉を吐き続けた。
「末永く、いつまでもね」
騎士たちは、忙しく動き回っている。
この砦を引き払う為の準備をしているのだ。
――あれを連れてこい。
そんな中、若い騎士が受けた命令はそれだった。
初めての任務で、気を昂らせた召喚者達。
暫くは好きにさせろという話だったが、もう時刻は昼頃に差し掛かっていた。
そろそろいいだろう、という上層部の判断だった。
出荷の頃合いだと。
彼は食堂へと急いだ。
今日は肉も酒もふんだんに振る舞っておいた。
きっと今頃は乱痴気騒ぎの真っ最中だろう。
その様を想像しうんざりしながらも、彼は命令を果たすべく早足で進んでいた。
食堂に近づくにつれて、彼は奇妙な事に気づく。
あまりにも、静かだ。
酒も入っていてさぞ盛り上がっているだろうと想像していた。
しかしこの静けさはなんだ。
つう、と額を汗が伝う。
嫌な予感が止まらない。
だが、行かないという選択肢はない。
彼は国に忠誠を誓う騎士。
上からの命令は国の命。それに背くなどあり得ない。
部屋に近づくにつれて、自ずと進む足は慎重に、音を立てないようになっていく。
食堂の扉は半分だけ開いていた。
気配を殺し、ゆっくりと。
ほんの少しだけ、身を扉から乗り出す。
それは、奇異な光景だった。
部屋の床に、あの勇者たちが寝転んでいる。
誰も彼も静かに寝息すら立てず。
そしてそんな中、部屋の中央。
椅子に座る女が一人。
優雅に手を組み、たおやかな様子で。
まるでこちらを待っていたかのように、微笑んでいた。
「私はね」
女の口から放たれたのは、優しげな声色だった。
「信じたかったんだ。君たちに真の善意が有り、皆はきっとあちこちの街で苦労しながらも幸せに暮らせるんだって」
女の目が、彼を射抜く。
優しげな表情なのに、何故か恐ろしい。
魂までも見透かすかのような、貫くような、そんな視線。
「理性はそうではないと告げているのに、私は幼い感情を優先してしまった。こうであって欲しいという幼稚な願望が、皆を殺した」
女はゆっくりと椅子から立ち上がる。
衣擦れの音すら無く。
まるで本当にそこに存在しているか不確かに思える程、彼女は不気味だった。
「でもそもそもの話」
ゆっくりと、ゆっくりと。
女は、彼の下へと近づいてくる。
「どう考えても一番悪いのはさ」
――その衝撃を、彼は生涯忘れまい。
それは奇妙な動きだった
ぬるりと。
決して速くもなく、勢いも無く。
それなのに、まるで唐突に。
彼女の顔が、自分の眼の前に現れた。
「お前達だろ」
彼は反射的に腰の剣を抜こうとする。
が、抜けない。
既に剣の柄は女に押さえられ、それを封じられている。
「さあ、行こうか」
女が彼の頭を掴む。
細い腕で掴まれているはずなのに、抵抗ができない。
自らの体に起きている理解不能な現象に、彼は恐怖した。
「ショータイムだ」
砦の放棄準備は恙無く進んでいた。
若い騎士たち荷馬車に荷を積み込む為忙しくあちらこちらを往復している。
カスタルノー卿は厳しいお人だ。
計画の遅れは許されない。
彼らは必死になり、予定時間に間に合わせようと必死に動く。
秘匿任務の為、このような雑役も自分たちでこなさなくてはならない悲哀を噛み締めながら、彼らは懸命に肉体労働に励んでいた。
そんな中。
「ラウルーッ!」
突如響き渡る、悲痛な叫び声。
何事か、と騎士たちがそちらへ向き合うと、想像もしない光景が飛び込んできた。
異邦人の一人が、騎士の一人を人質に取っているではないか。
捕まっている騎士――ラウルは、顔を隠す兜を外され、両の眼窩からは血が流れ出ていた。
顔は腫れ上がり、両腕はおそらく肩の関節を外されているのだろう。
だらんと力なく垂れ下がっていた。
捕まえているのは女だった。異邦の衣に身を包んだ長い黒髪の少女。
此度の召喚には女性も多めに含まれていたので、その事に不思議は無い。
ただそれが誰かまでは、騎士の誰も覚えていなかった。
主力の四人以外の数合わせまで気を配る必要性を感じていなかったのだ。
「……何が要求だ」
苦々しい声で問いかけたのは、騎士隊長のベルトラン・ド・ブリサックであった。
稀に、こういう事故が起きる。
彼は内心頭を抱えた。
騎士たちは今《《能力》》を制限されている。
如何に素人相手だろうと、油断すればこうやって遅れを取る事も有る。
そうして増長した勇者たちにこうやって捕まる事も、これまでも何度も有った。
彼らには恩寵という手品も有る。
それ次第で遅れを取る事は、恥ずかしながら存在するのが現状だった。
「要求。要求か」
くつくつと、異邦人の女は楽しそうに笑う。
「それを叶えてくれる気が、そちらに有るという事でいいのかな?」
「可能な限り、答えよう」
嘘だ。
そのような要求、飲むつもりはない。
しかし人質が取られている以上、まずは人質の解放が最優先だ。
解放した後一気に制圧し、粛清。
見せしめにも丁度いい。
狩りをして気が大きくなっている連中を引き締めるのにも、ここらで一人くらい血を見せるのは悪くない。
ベルトランはそう判断していた。
「嘘だろう」
女は一言で切り捨てた。
「騙されんぞ。私に嘘は通用しない。特にお前達みたいな人種の嘘は」
――こいつ、読心の恩寵持ちか?
ベルトランの心に、焦りが滲む。
戦闘向きで無いものは基本的に冷遇されるものの、こういう厄介な能力が存在するのも間違いなかった。
その手の類の能力を持っているなら交渉ごっこなど無意味だ。
犠牲を覚悟に切り込むべきか?
しかしこの任務に関わっているのは、皆それなりの家の出の者ばかりである。
死者を出せばその処理が如何程に面倒になるか。
何より自分の経歴にも傷がつく。
やるか、やらざるべきか。
彼の頭脳が全力で回転し始めた。
――いや、そもそも
ベルトランはふと気づく。
こいつ、何を目的にこんな事を……?
人質を取り、姿を表した以上。こちらに何か飲ませたい要求が有るのだと考えていた。だが要求など飲むつもりが無いのは分かりきっていると言わんばかりの今の態度。何かがおかしい。
ベルトランは、その不可解な状況に僅かばかりの混乱を覚える。
「別にお前達に何かして欲しくてこうして来た訳じゃない」
じり、と。
女は騎士を盾にしたまま、圧すように前に出た。
「むしろ逆だ。しにきたんだよ」
刹那。
騎士の体が投げ出される。
同時に閃く白刃。
紫電の如く走った煌めきは女の手近に居た騎士の首元を切り裂いた。
喉元より吹き出す血が美しい緋色のアーチとなって、彼女の眼前に出現する。
それは騎士たちには悪夢的でもあり、美しい光景にも見えてしまった。
女――未来は、堂々と宣言する。
「宣戦布告だ」
剣を掲げ、光が刃に照り返す様は。
まるで処刑宣告のようだった。




