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第24話 、さよなら

 ぱちぱちと、焚き火が揺れる。


「本当に星空が綺麗だよなァ~ここはよ」


 満天の夜空を仰ぎながら、琉覇は星を楽しんでいた。

 光溢れる現代社会では決して見る事ができない、星灯のイルミネーション。

 地上で溢れた輝きが空を侵す事の無いこの環境だけに現れる美しい夜の芸術がそこには有った。

 

「空気も綺麗だもんね」


 隣の麻美もうーんと伸びをする。


「退屈なだけだろ」


 帆はつまらなそうに言う。


「僕は文明の中に居た方が落ち着く」


「そんなんだからさぁ」


 折角の自然を堪能しようともしない、その姿勢。

 麻美は呆れる事しかできなかった。

 

「もっと感性を磨きなよ帆クン? そんなんじゃモテないよ」


「別にモテたくねえよ!」


「あはは……」


 もう何度こんなやり取りを見ただろうか。

 南那は苦笑しながらも懐かしい気分になる。

 ここに来て一ヶ月。

 あっという間というには長いけど、長いかと言われれば短いかなと思う。

 それでも、濃い一ヶ月だったと南那は思う。


 仰ぎ見た夜空に、流れ星を見た。

 南那は強く願う。


 叶うなら、ずっとこんな関係を続けていたい。

 これからも、大人になってからも。

 しわくちゃなおばあちゃんになっても。


 向こうでは、未来がトトを肩車していた。

 なんか珍しいなあ、と彼女はちょっとした驚きを覚えた。


「もし俺達がバラバラになったとしても」


 彼らしからぬ静かな口調で。

 琉覇は語りだす。

 

「空に見える光景だけは、きっと同じだ」


 ぽたりと。

 地面に雫が一つ落ちる。


「同じだからよ」


 麻美も、帆も、南那も。

 その光景に、驚きを隠せない。


「だから――ずっと一緒だぜ、俺達は」


 琉覇が泣いていた。

 あの屈強な男が、人目も憚らず泣いていた。


 そして。

 滂沱の如く流れるそれから目が離せないのは、何故だろう。

 

 南那自身も、いつの間にか涙を流している事に気づいた。

 何故、と思う

 だがその涙は必要なものだと、なんとなく思った。


 もう一度、彼女は夜空を仰ぐ。

 

「ごめん」


 琉覇は何度も呟く。

 

「ごめん」


 その姿に、三人は困惑を覚えた。

 しかし、徐々に思い出してくる。


 ああ、そういう事だったのか。


 彼が謝罪し続ける理由が、漸く理解できた。

 だって、私達は――








 どさりと、何かが倒れる音がした。







 

「焦らせんじゃねーよ」


 冷や汗を流しながら、浩輔は強がった。


 南那の起死回生の刃。

 それは浩輔には届かなかった。

 

 南那は――無惨に地面に転がっている。

 顔面の上半分を吹き飛ばされ、最早その表情を伺い知る事は無い。

 

「ダセエから使いたく無かったんだっつーの。ふざけやがってブスが」


 浩輔は振るった手から衝撃波を放つ。

 それが周囲の共通認識だった。

 彼自身もそう申告している。

 

 だがそれは正確ではない。

 

 放つ気なら手だけに限らないのだ、彼の能力は。

 やる気なら足でも、それこそ胴体でも可能だ。

 しかしそれを行わないのは、単純に()()()()()からだ。


 綺麗に蹴って衝撃を出せば様になるだろう。

 しかしちょっと前まで素人だった浩輔に、綺麗な回し蹴りや頭まで上がる程の蹴り上げなど出来る理由がなかった。

 無様に足を振り回し衝撃波を出して、何になるのか。

 それは勇者らしくない。

 

 胴体も同じだ。

 動物のように胴体を震わせれば衝撃波は出せる。

 だがダサい。とてつもなくダサい。

 だから使わない。

 

 そして――彼は()()()()()()()()()()()

 唾を飛ばすように、小さなそれを放てる。

 あまりにも勇者らしからぬ、その攻撃。

 しかも距離も手で行うより遥かに短く、せいぜい数十センチ程度というもの。

 だがそれは、先程のような奇襲を迎撃するには絶好のものであり――

 そして、少女の顔を吹き飛ばすのにも十分な大きさを持っていた。

 

「なんで守らねえんだよ!」


 浩輔は周りに怒鳴り散らす。

 周囲をぐるりと見渡すと、彼の視線から逃れるよう、周りに控えていた戦闘組がバツが悪そうに顔を逸らした。


「俺は勇者だぞ! 最優先で護るのが当たり前だろうが!」


 ガッガッと、浩輔は南那の体を蹴る。

 その爪先がめり込んでも、最早南那はなんの痛痒すら感じる事は無くなっていた。


 無くした瞳は何も映すことも、動かぬ言葉は仲間と言葉を交わす事も無く。

 ただ静かに彼女は旅立って行った。

 あの空の向こうへ。


「次は俺を最優先で守れよ」


 不機嫌に、浩輔は宣告した。


「じゃなきゃ殺すからな。絶対に」




 

 健人の眼の前に、焼け焦げた死体が二つ転がっていた。


「手間かけさせんなよ、カスが」


 心底うんざりしたように、彼は呟く。

 

「俺に勝てる理由ねえだろ」


 格闘自慢の琉覇であっても、炎を殴る事は不可能であった。

 彼の肉体は無惨にも焼かれ転がっている。

 

 帆は尚更であった。

 彼に抵抗する術は何も無い。

 その恩寵(チート)は活かしようも無く。

 なんの反撃も出来ず焼き殺された。


「だがまあ」


 首をコキコキと鳴らし、健人は一転変わって爽やかに笑って。


「あ~~~~スッキリした」


 その場を軽い足取りで後にした。




 大和の能力は、言うまでもなく無敵に近い。

 ましてや攻撃能力を持たない保護組の恩寵(チート)であれば、尚更だ。

 だから勝利は必然だと大和は疑問すら持っていなかった。

 

 地に体を倒している未来を、大和は視界に入れる事すら無かった。

 一瞥すらせず、彼は空を仰ぐ。

 彼の顔は喜悦に塗れ、まるで天上に招かれたかのような快楽に包まれていた。


「ははっ」


 ――俺は強い

 

 魔族とやらも、この防御を侵す事は不可能だろう

 

 ――俺は無敵だ

 

 大魔将を下し、魔王を倒す。

 そうして勇者(ヒーロー)となった自分は永遠に称えられるのだ。

 彼の夢想は留まる事を知らず。

 

 その思考に、未来という女は欠片も存在していなかった。

 

 

 

 毅は足元をつまらなそうに眺める。

 

 そこには、巌塊熊(グラドレム)の子と同じように潰れ破裂した麻美の姿が有った。

 皮は破れ、臓腑が飛び散り。

 可愛らしい彼女の顔は、苦悶と涙に塗れて歪みきっていた。

 

 彼は足元に飛び散った彼女の血が靴を汚した事に不機嫌になり、舌打ちを漏らした。


「こうなりゃ女も生ゴミも変わんねえな」


 毅の目に映っているのは、同郷より招かれた仲間ではない。

 ただ自分に絞め殺された、デカくて臭い廃棄物だった。

 

 ――新しい靴、貰わねえと。

 

 次はもっと良い靴にして貰おう。

 どんなデザインの靴を要求するか、毅の頭は既にその事で一杯だった。

 

 

 

 翌日の朝。

 

 出立したはずのサン=ヴォワイエに特別組・戦闘組・補助組らの姿は有った。

 彼らは最終試験という一仕事をこなし、この懐かしの砦に一時逗留し体を休めていたのだ。

 

 いつもは殺伐としていた食堂も、今日ばかりは和気あいあいとした雰囲気が流れている。

 

「これ見ろよ。宝石だぜ」


「こいつなんだか知らないけど、高く売れるかな」


 戦闘組と補助組の者達は最早別け隔てなく互いに混ざり合いながら、手に入れた戦利品を見せびらかし、興奮に包まれていた。


 自らの手で勝ち取ったそれは、また彼らの努力の証でも有った。

 あの辛い訓練の対価がついにこの手に、と思うと涙すら出てくる。

 自分たちは無力じゃない、やれるんだという自信も同時に胸に宿る。


 俺達はできる。できるんだ。


 共に仕事をこなした彼らの中には篤い信頼感が芽生えつつあった。


 テーブルにはシンプルに焼かれた肉類がこれでもかと並べられている。

 最早食事の制限は無い。

 思うがままに食い散らかす事のできる量が、今日は無礼講だとばかりに並べられていた。

 

 早朝にしては豪勢で重い食事であったが、興奮状態の彼らには関係ない。

 むしろ失った栄養を取り戻さんとばかりに皆肉に齧り付いている。


 皆、明るい未来を夢想していた。

 

 自分たちは、最後の試練を乗り越えた。

 いよいよ始まるのだ。

 世界を救う勇者達の英雄譚(サーガ)が。

 そんな確信が、彼らの心を支配した。

 

「そういや」


 金貨を弄びながら、彼――小池康太がふと思い出したように呟く。


「まだ帰ってこないな、あいつら」


 彼はその時漸く、一組がまだ未帰還である事に気づいた。


「遠いところまで行ったんだろ、そいつらは」


 俺達だって帰ってくるのに半日くらいかかってるしな。


 その言葉に康太も頷く。

 仕事をした場所は分けられたグループによって距離も違う。

 しかも襲撃場所もきちんとこちらに被害が少なくなるよう選定されている。

 それ次第では襲う場所が遠くなる事も十分に有り得た。




 ぎい、と食堂の扉が開く。




 やっと帰って来たのかな?

 康太は反射的に首をもたげる。

 そこには戦利品を抱えた仲間たちの姿が有るはずだった。

 

 

 

 しかし彼は、信じられぬものを見た。

 

 

 

 ゆっくりと、女が一人。

 食堂の中へと入ってくる。

 優雅に、しかし音も無く。

 あまりにも淀み無く美しく。

 懐かしい制服を靡かせて。

 まるでこれから、学校に行くかのように。

 まったく非日常を感じさせぬ、かつての日常のような姿を纏いながら。

 彼女は、そこに分け入って来た。

 

「これから」


 凛とした、通る声だった。

 その声に、遂に食堂の全員がその姿を認識する。

 

 彼女を視界に入れた刹那。


 彼らの目は見開かれ、一様に驚愕で彩られていた。

 

 そこに居たのは。

 居るはずの無い彼女の名は。


「お前達を皆殺しにする」


 ――天音寺未来。

 

 殺されたはずの保護組の女。

 その人であった。

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