第22話 暴虐の四人
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がたごとと、馬車の揺れに身を任せる三人の人影が有った。
一人は大柄で筋肉質な男。
一人は自信なさげに俯いている少年。
一人は小さな獣人の少女であった。
「どれくらいで着くんだよ……」
帆がうんざりしたように呟く。
「尻痛いんだけど」
「本当にだらしないですねカイは」
馬車が出てからまだ半日と経っていない。
にも関わらず泣き言を言い始めた帆を、トトは呆れたように眺めていた。
「どうしてそんなに体が弱いですか。どこぞのお坊ちゃんだったですか」
「至って普通の出だよ……」
本当に辛いのだろう。
時折尻を浮かせたりずらしたりしながら、帆は居心地悪そうに座っていた。
「まあまあお嬢ちゃん、馬車旅で尻が痛くなるのは風物詩さ」
隣に座っていたおばさんが、豪快に笑う。
「慣れてなきゃ、こんなもんさね。それにわたしらはアンタみたいな獣人より体が弱いからね。大目に見てあげといておくれよ」
「しゃーないです。せんじんのお言葉には従うです」
リュウハを見習えですよ、と彼女は嘯いた。
当の琉覇は何処吹く風と、目をつぶり静かに眠っているように見えた。
その姿には如何程の疲労も見られない。
堂々とした寝姿だった。
彼は少女と少年に挟まれ、ぐっすりと休息を楽しんでいた。
「お前らと一緒で良かったですよ」
トトはしみじみと呟いた。
「女衆より男衆の方が頼りないですよ。これで別だったらどうなるか気になって夜も寝れなかったですよ。最期まで面倒見てやるから感謝するです」
「はいはい、ありがとうございます」
鬱陶しさと同時に、安心感も覚える。
そんな自分に、情けなさを感じる帆だった。
がたん、と馬車が止まる。
「すんません、ちょっと車輪が嵌っちまったみたいで」
御者ののんびりした声が幌の中に響く。
帆はなんだよ、と悪態を付きたい気分だったが――
ぱちりと。
ふと、琉覇が目を開いた。
眠りから起きたという雰囲気でない。
《《強制的に覚醒した》》とでも、表現すべきかのような唐突な目覚め。
「……なンか、おかしい」
「なんかって、なんですか」
「わかんねェ。でも、なんかだ」
琉覇自身にも、具体的に何かと説明できない。
だが頭の片隅がちりちりとするようなこの感覚。
立ち会いの時に覚えるような、ひりつく空気。
これは、この状況ではあり得ないものだった。
刹那。
琉覇は、両隣の二人――帆とトト――の首根っこを掴むと、猿の如く飛び出るように馬車から転げ出た。
幌馬車の後方、そこから躍り出た彼の目に飛び込んで来たのは、馬車にかけられた幌が勢い良く燃え上がる様子だった。
「な、なんだよ一体!?」
突如の事に、帆は混乱を隠せなかった。
いきなり掴まれて外に放り出され、次は馬車が燃えている。
わけが分からない。
「何が起こってるです?」
トトも思考が追いつかないと言うように、目を見開いていた。
非日常の臭いに、小さな体が震えている。
馬車からは、他の乗客たちが飛び降りて蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げていくのが見て取れた。
今や薪と化した馬車の躯体は既に燃え尽きようとしている。
全員が全員助かるとは思えない惨状だった。
まさか、野盗の襲撃か!?
琉覇の思考が、全力で走り始める。
瞬時に意識が切り替わった。
日常から闘争へ。
今彼は五感の全てを研ぎ澄まし、状況に対処しようとしていた。
「お、居た居たァ~」
聞いた事の有る声。
そして見たくもない顔。
琉覇はそれが誰だか即座に理解した。
同時に、何故、という思いが浮かぶ。
「テメェ……中島健人!」
そこに居たのは、健人であった。
特別組のエース。
即ち、勇者である。
「俺の名前くらいは覚えられてたんだなあ」
彼は中空に浮かびながら。
ゆっくりとこちらに――ホバー移動でもするように、直立のまま滑るように――移動してきていた。
体からは炎の揺らめきが立ち上っている。
いや、体自体が炎と化している。
炎の化身となった勇者が、馬車の襲撃犯である事は誰の目にも明らかであった。
「こんな事、許されると思ってんのか」
召喚者同士の諍いは禁止されているはずだ、と琉覇は思った。
それをこいつらは破って襲ってきたのだ。
彼は自身の口腔内からギリ、と奥歯が軋む音が聞こえたのを感じた。
「許されるも何も」
お前馬鹿か?
健人の表情はそう物語っていた。
「上の指示なんだなあこれが」
「…………マジかよ」
健人が指さした先を見ると、逃げた人々を追いかけ襲いかかる他の召喚者達の姿が見えた。
容赦なく背後から切りつけ、倒れても切りつけ、執拗に切りつけ続ける。
それは最早正気の沙汰では無かった。
「まあ許可は俺達がもぎ取ったんだけどな!」
自慢げに、彼は語る。
「お前ら、生きてるのがうぜえんだよ」
「見下されてんのは解るがよ」
じり、と琉覇は健人との間合いを測る。
踏み込むも逃げるも自在な距離。
にじるように足を動かし、最適な場所へと体を動かしていく。
「殺したい程目障りだったかよ」
「当たり前だろうが!」
突如、健人は激昂する。
まさしく瞬間沸騰としか表現のしようがない程、一瞬で怒りのボルテージを上げた彼が、さらに叫んだ。
「俺達が一番なんだ! 俺達が一番崇められるべきなんだ! 俺達は世界を救う勇者だぞ!」
|勇者健人の顔が紅潮しているのは、身が炎と化しているからだけでは有るまい。
「俺達より目立つんじゃねえよゴミの癖に!」
ああ、と。
琉覇は思い至る。
彼らの殺意の源流が何処から来たのか。
それがどんなにしょうもないのか。
理解できてしまった。
「そんな事で殺しに来るのかよ……」
あまりにもな話だった。
そんな、くだらない事で。
あまりにも矮小な衝動に、琉覇は呆れる事すら忘れた。
「狩りで勝ったのはお前らだろうに」
「でも一番目立ったのはお前らだ!」
より一層、健人の体が燃え上がる。
彼の激情を体現するように。
「だから、死ね!」
燃える。燃える。勇者の怒りのまま、燃え盛る。
まるで巨大な松明の如く。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねよおおおおおおおおお!」
――同時刻。
未来の前に、大和の姿が有った。
「好きなだけ抵抗してみなよ」
彼はニヤニヤとしながら、両手を広げ誘う。
「ほら、剣でも弓でも貸してやるよ。必死に頑張れば隙くらい作れるかもよ?」
「無抵抗な相手に、集団で襲いかかる」
対する未来の顔には、隠しきれない侮蔑が浮かんでいた。
「恥を知らないのか? お前達は」
周囲では、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
馬車は爆破されたように粉々になり、死体が連なっていた。
生き延びたのは彼女だけ。
いや、生かされたのだろう。
この男の悪趣味なショーの為に。
周囲は戦闘組・補助組の混成部隊が未来を逃さんとすべく周りを囲んでいた。
つまり、この無敵とも言える相手と強制的に決闘を強いられている。
「これも世界の為、らしいぜ」
そんな事は露ほども思ってはいない顔で、大和は語る。
「つまり俺達はイイモンで、お前らが悪党って事」
からん、と剣が投げ入れられる。
それは地面を滑ると未来の前に転がってきた。
「精一杯抵抗してくれよ。勇者のデビューらしく」
だがその武器がなんの優位にも働かない事は、その場の誰もが知っていた。
「ボス戦なんだから、盛り上げてくれよ」
恐慌状態の麻美が、出鱈目に森の中を走る。
駄目だ、あいつはヤバい。
頭がおかしい。
大島毅は、奇襲すらしてこなかった。
馬車の正面から進み、そのまま《《馬を潰した》》。
「みなさ~ん。鬼ごっこの時間ですよ~」
毅は朗らかに、楽しそうに宣告する。
「今から俺は歩きながら少しづつ重力を強くして行きまああああす。あ、重力わかる? まあわかんなくてもいいけど。とにかく、ゆっくり殺すから」
宣言通り、彼は緩慢に足を踏み出す。一歩一歩、確実に。
何がなんだか分からない。
だが、逃げなければ死ぬのだけは理解した。
乗客たちは全力で、散り散りに逃げ出した。
そうして、今に至る。
麻美は逃され、狩りの獲物として泳がされている。
必死に走った。
だが何故か必ず、誰かが自分を見つけるのだ。
顔だけは見知った同郷の人間。
それに追い詰められる恐怖。
麻美の心は急速に削られていった。
「死にたくない……」
流れる涙。
しかしそれは現状を打破するのに、僅かばかりも貢献しない。
「死にたくないよ」
麻美の悲痛な独白は、誰の心にも届くことなく、深い森の静寂に吸い込まれて消えた。
そして今。
「出てこいブス! 今なら楽に殺してやるよ!」
梶間浩輔と衣目川南那の、最初で最期の戦いが始まる。




