第21話 俺達は勇者
小池康太、高校二年生。16歳男子。
彼が授かった恩寵は「高速で移動できる能力」だった。
アメコミヒーローから日本の作品まで、広く与えられる有名かつ強力な能力。
それを知った時、彼の胸は高鳴った。
――これなら異世界で無双して大活躍できるんじゃね?
だが、その淡い期待はすぐに打ち砕かれる。
彼は確かに高速で移動が可能だった。
一瞬にして数百キロの速度に到達し、その負荷が体にかかる事はない。
物理法則に則れば彼が体当たりするだけで恐ろしい攻撃になる。
だがしかし、彼にはそれを使いこなす知覚能力が無かった。
一瞬で加速し、高速となれるが、それに目が追いつかない。
見えないのだ、何も。
新幹線に乗った時のように、周囲の風景が流れるように見える。
しかも大抵短距離なのでその時間は僅か数秒。
それどころか一秒も無い事も多い。
さらに加えるなら疲労感も凄まじい。一度踏み込むだけで、まるでマラソンの後のような倦怠感を覚えるのだ。
とてもじゃないが連続では使えない。
決して弱くはない。
だが、特別組のような最強感が無いのも確かだった。
結果彼は戦闘組に配置される。
訓練は厳しかった。
わけの分からない動作をひたすら刷り込まれ、それを確実に行えるよう気が狂ったような反復練習をした。
食事は大して美味くもないパンとスープをかきこむ毎日。
訓練時間以外は自室――という名の牢獄――に軟禁され、仲間たちとコミュニケーションを取る事すら許されない。
これは拷問か?と康太は何度も思った。
だがそれでも耐えられたのは。
「君たちは勇者だ」
「世界を救うんだ、その力で」
「辛い訓練を乗り越えた先、君たちが世界の希望になるんだ」
「世界は君たちを待っている」
訓練の合間に聞かされる、その言葉が有ったからだ。
自分たちは求められている。
特別な存在として、必要とされている。
そう、言い聞かせて心を奮い立たせ耐え続けた。
盲信とも妄執ともつかないその気持ちだけが、康太を支えていた。
「俺は勇者だ」
ベッドに潜りながら、康太は呟く。
「俺達が世界を救うんだ」
そう、俺達は特別なんだ。
夢の中で彼は毎日夢想する。
自分の力を振るって魔王を倒して、人々から称賛される姿を。
毎日毎日、訓練ばかりし続け。
身も心も疲れ果てて。
それでも、自分が勇者である事だけを頼り続け
そうして、一ヶ月が過ぎた。
「辛い訓練に良くぞ耐えました、勇者様」
その日、遂に訓練が終了し出撃すると教えられた。
――遂に、この日が来た。
康太の心が、召喚された初めての日のように高鳴った。
疲労困憊で思考力が衰える中、彼が考えていたのはただ自分が勇者になりたい、それだけだった。
そうでなければ、なんでこんな場所に連れてこられてこんな事をさせられているのかわからないじゃないか。
まるで拷問のようだった日々に意味が与えられ、報われる。
それだけでこんなに嬉しいのだと、彼は実感した。
疲労が蓄積し死んだような表情をしていた彼の瞳に、爛々とした輝きが宿る。
出陣式で新しい鎧を着せられ、召喚した美しい巫女に激励されるのは純粋に嬉しかった。
まあいけ好かない特別組がいつも通り特別待遇なのは気に入らなかったが。
それでも、ようやく前に進めると思うと気力が蘇ってくるのを康太は感じた。
「皆様にはこれから四つの部隊に分かれていただきます」
式の後、騎士にそう言われる。
「特別組の勇者様をリーダーとして、ほぼ均等に人材を配置します。そして皆様にはこれから魔王軍と戦う為の最終訓練を受けていただきます」
最終訓練?
訓練はもう終わったんじゃないのか、と少年の気持ちは少し萎える。
もうあんな事はしたくない。
俺は、ただ力のままに戦いたい。
敵を倒して、世界を救いたい。
どうして俺に気持ちよく活躍させてくれないんだ。
召喚前、読んでいたラノベや投稿サイトの主人公はそうだったじゃないか。異世界に行って凄い力を貰って、モンスターを倒して皆にちやほやされて。
そういうもんじゃないのか異世界召喚って!
疲れ切った心にストレスが混入され、彼の心をかき乱した。
疲労で単純化された思考は、ただ同じ言葉を脳内で反復し続ける。
これだけ頑張ったんだ。
だからそろそろいいだろ?
俺達に優しい展開をくれよ――
彼の慟哭は、嘘偽りのない本音だった。
「魔王軍と戦うのに、容赦は禁物です。どのような状況であろうと敵を倒し切るという覚悟と、何者をも逃さないという意思が必要なのです。それを皆様に学んでいただきたい」
そう言って騎士は、一枚の紙を取り出した。
それは地図のようであった。
何処かも分からぬ場所の地図。
当たり前だ、自分たちはあの砦から一度しか出た事が無いのだから。
そもそも砦自体何処に有るのかすら知らない。
「皆様にはこの地点を通る馬車を襲撃していただきます」
騎士は地図の一点を指し示した。
当然ながら、どこだか分からない。
だが分からない事になんの興味も沸かない。
自分が知りたいのは、そんな事じゃない。
「この馬車を逃す事は機密漏洩に繋がります。我々はこの馬車の人員を殲滅する事で機密を護る事ができるのです」
機密だとかどうだとか、理由はどうでもいい。
違う、そうじゃない。
「これは、世界を救う――勇者に相応しい仕事なのです」
そうだ、これが聞きたかった!
康太は内心喜ぶ。
これからやる事が勇者であるかどうか。
それだけが知りたかった。
だって俺は勇者なんだから。
勇者らしいクエストがしたいに決まってる。
康太は腰に下げた長剣に手をかける。
刃物なんてここに来るまで見た事も持った事も無かった。
でも今はこれに一番愛着を感じる。
早く、これを振るいたい。
勇者したいのだ、俺は。
康太が配置されたのは、中島健人をリーダーとする部隊だった。
他戦闘班から三名、補助班から二名。
計六名からなる勇者部隊。
通称中島隊の結成である。
中島隊は森の中に進むと、一晩野営を行う。
そうして明けた次の日、目標地点を望める――そして相手からは見え辛い――待機地点へと移動した。
「いいか、俺の獲物には手を出すなよ」
イキる健人に、康太も頷く。
獲物の顔は彼も知っていた。
自分たちにとってはどうでも良い相手だった。健人が殺すなら殺すでそれでいい。
それなら他を狩るだけだ。
やがて馬車が目の前の道を通りかかる。
その馬車は不意に止まると、御者が下りてきた。
御者はごそごそと車輪を弄り、なにか細工をしたのだろうか。
一通りそれを終えるとこちらにサインを送って寄越した。
そして一目散に馬車から離れていく。
「よし、行くぞ雑魚ども!」
叫ぶと同時に、健人の体が炎に包まれる。
いや、炎そのものになる。
炎と化した健人は手を掲げると、そこから馬車へ向けて火球を放った。
ヴォオ!
馬車に着弾した火球は、その幌を勢い良く燃やす。
その火の勢いで馬が驚き馬車を引こうとするも――がたりと車体を揺らし、馬車は斜めになるだけで動かない。
御者――に扮した騎士――が動かぬよう細工を仕掛けていたからだ。
彼らはこの馬車の人間を逃がす気など毛頭も無かった。
不意に馬の足がつるん、と滑る。
馬は不自然な体勢で転ぶと、その勢いでばきりと足が折れた。
――床の摩擦を無くす能力。
補助組の一人が持つ力であった。
強力ではあるが、発動に時間がかかる事とその範囲の狭さと持続時間の短さで直接戦闘向きではないと判断され補助組に回された。
しかしこのような状況では十分に機能を果たすことが可能であった。
馬車より虫が這い出るように、わらわらと人が飛び出てくる。
「お、来た来たァ!」
獲物を見つけたのだろう。
喜悦の表情で健人が飛び出す。
康太はどうするか、と一瞬迷いを覚えるが――
「ヴォトゥール!」
同行していた騎士の一言で、反射的に体が動く。
ミサイルのように一目散に馬車へ向かっていく彼の目には、逃げ惑う人々の姿が入り込んだ。
馬車から逃げる人間たちは皆一様によたよたと、無様な格好で走っている。
いきなり馬車が燃えた動揺と、襲われているという恐怖。
それが彼らの体を上手く動かせずにいたのだ。
康太は一人の男に狙いを定める。
小太りの、ばたばたと走っている男。
能力を使うまでもない。
自分の足でも十分に追いつける。
腰に下げられた長剣をゆっくりと抜く。その刀身は炎を照り返し怪しく光り、まるで炎そのものを帯びているようにも見えた。
緩慢で、容易に肉薄できる状況。
だが彼の心の中の欲望が、与えられた力で活躍したいという欲望が抑えられなかった。
剣を上段に掲げ、恩寵で一足で男へ近づく。
必死に逃げる男は康太に気づく事すらできない。
一瞬というにはあまりにも短い時間で、あっけない程に彼は男に肉薄し、剣を振るう。
走る勢いを載せた袈裟。
それは男の背を綺麗に切り裂いた。
刃は分厚い肉に容易く分け入り、両断していく。しかし途中、変な手応えで刃は弾かれた。それが脊柱だと康太は気づかなかったが、十分であった。
あ、これ訓練でやった奴だ。
康太は唐突に、訓練で死ぬほど習熟した動きだった事を思い出す。
あの意味不明な訓練はこのように逃げる相手を切り裂く練習だったと今理解したのだ。
彼はその事に安堵する。あの訓練は無駄じゃなかった。
男は「ギャッ」と短い声を上げ倒れ込む。
脊椎で刃が止まった際、むしろそれが刃を捻り上げる事となり結果的にこの男にさらなる苦痛を与えていた。
うつ伏せに倒れた男は、それでも必死に逃げようと前へ前へと這いずった。
「助けて……助けてぇ……」
ヒィヒィと情けない声をあげ、涙を流し、彼は進む。
康太の心に去来したのは、人を斬ったという罪悪感ではなかった。
――煩わしい。
狩猟で何度も命を奪う経験をした彼は、その行為への抵抗が薄くなっていた。
肉に刃を通し、血を抜き出す。
それが可能な相手が獣か人かであるかなど、如何様な違いが有るというのか。
一度踏み越えたラインは、二度と戻る事はできない。
康太はとっくにそれを越えている事を自覚していなかった。
康太は剣を逆手に持ち帰ると、力いっぱい突き刺す。豊かな肉を誇る、男の体に向かって。
「俺は勇者だ」
ざくざくと、何度も、懇願の声も悲鳴も無視して、突き刺し続ける。
「俺は勇者になるんだ」
命を蹂躙する感覚を、彼は堪能し続ける。
彼の瞳は眼の前の男の惨状を写してはいなかった。
彼の目に見える光景は、自分達が華々しく敵と戦う、夢のような光景。
人々に信頼され、人類を護る為に戦う。
それはなんと勇壮で、甘美な夢だろう。
この作業が終われば叶うのだ、ようやく。
康太の剣を握る手がより一層力を強めた。
彼はより懸命に、全力でそれを突き刺す。
足元に転がる肉塊は、彼にとっては聖剣が突き刺さった台座に相違無かった。
彼は今、聖剣授与の儀を受けているのだ。
「ああ……わた……しの……マルテ……ット……」
苦悶の表情を浮かべながら男が零した名は妻のものだったのだろうか。
それとも娘の名前だろうか。
ただ一つ確かなのは、彼はもう二度とその相手と再会する事は無いという事だ。
男が事切れた事を確認すると、康太はその懐を探る。
勇者達には獲物から戦利品を受け取る権利が与えられていた。
康太は懐から金貨袋を見つけると、極上の笑顔を浮かべその輝きを楽しんだ。
逃げ惑う無抵抗の者達を虐殺し、金品を奪う。
その姿を見て、人々はどう呼ぶだろうか。
――少なくとも、勇者とは呼ぶまい。間違いなく。




