第20話 突如の襲撃
そうして、旅立ちの朝が来た。
砦の前の広場には、馬に繋がれた幌馬車が4台、綺麗に並んでいた。やや大型なそれは人が10人は乗り込めそうな大きさだった。
砦から退去する人数は30人ちょっと。過不足の無い大きさと言えた。
馬車には既に下働きに来ていた者たちが続々と馬車に乗り込んでいた。
彼らの手荷物は一様に少なく、せいぜい手持ち鞄一つに入る程度だった。
そもそも短い期間のみの仕事だった為、着替え程度を揃えておけば問題無かったからだ。
保護組の五人は、まだ乗り込まずに居た。
誰から行くべきなのか迷っているような、そんな雰囲気があった。
一人が踏み出せばもう一人、一人と馬車に乗り込むだろう。
それが惜しいと感じる感情が、誰にも有った。
「しっかし」
口火を切ったのは琉覇だった。
思えば、こうやって場が膠着した時、その空気を破るのは大体この人だった気がする、と南那は思った。
「女一人ばっかってのは、ちょっと心配だわな」
馬車に乗る内訳は、琉覇・帆、南那、麻美、未来。
見事に女性陣だけ一人となっていた。
「多分男連中は力仕事あるとこに回されるんでしょ」
大変ねーと麻美。
「女はどこかの屋敷の下働きでもやらせられるんですかね?」
流石に力仕事は無いだろうと南那は考えたが、それもどうだか分からない。
なるべく楽な仕事が来てくれる事を祈った。
「そもそもこの世界がどういう社会なのかも良く解っていないからね」
そうだろう?と未来は言う。
「ようやく、この世界の実態が拝めるというわけだ。皆の想像通りのファンタジー世界なのか、それとも違う何かなのか」
トトから彼女の暮らしをちょこちょこと聞いた事は有る。
おそらく自分たちが考える、所謂一般的なファンタジー世界っぽいんじゃないかという事は確認できた。
だがそれも実際見てみないとわからない。
結局の所、自分の目で確かめない事には何もわからないのだ。
南那は未知への興味が湧き上がってくるのを感じていた。
「そう考えると、ちょっと楽しみですね」
新しい世界。新しい生活。それは不安でもあったが、一方で期待も齎していた。
「見たこと無い景色を目にするのは――ワクワクしますよね」
「意外と好奇心旺盛だね君も」
くつくつとした笑いを未来が返す。
「良いことだよ、それは。人間好奇心を失ったらおしまいだからね」
「どうせ行くのが決まってるならさ、楽しみにしていたいよね」
麻美もそう言って笑う。
三人の少女は笑いあった。
自分たちの進む先がよりよい未来である事を願って。
「……じゃあ、そろそろ行こうか」
未来がそう、切り出した。
「この一ヶ月、苦労も多かったが、楽しかったよ。君たちが居てくれたからだ」
――ありがとう。
その言葉に、南那は涙を止める事ができなかった。
自分も同じ気持ちだったからだ。
ここに居る皆が居たから、楽しい事もあった。
そう、心から思える。
隣の麻美も涙を流す。
「きっと……きっとまた皆で会おうね!」
「ああ、約束だ」
「女は湿っぽくていけねェ」
琉覇は茶化すように言ったが――言葉には、暖かさがあった。
「でもよ、また会おうっていうのは良いよな」
琉覇は空を見た。
どこまでも続くそれは、元の世界となんら変わらない青さを見せつけていた。
「先の見えないこれからだけどよ。目標が有れば辛くねェだろ」
ぐっ、と拳を突き出す。
「会うなら一番良いとこで会おうぜ。この国にも首都だか王都だかは有るんだろ? そこでさ、皆で会おうぜ」
「そうだな」
未来も女性らしい細やかな手で拳を作り、琉覇のそれにこつんと合わせる。
ごつごつとした手と女性のそれが並ぶとなんともミスマッチな印象を与えた。
しかし今は、それがとても相応しい光景に、南那には見えた。
「いつか、王都に。皆がそれを目標に生きるなら、必ず道は交わるだろう」
「じゃあちゃんとお金稼いで、旅費を稼がないとね」
麻美も可愛らしく軽く握り込んだ拳を突き出した。
「……別にそんな約束、面倒なだけだけど」
そう言いながらも、帆がおずおずと拳を突き出す。
「仲間外れにされんのも嫌だし、付き合うよ」
その言葉が本心で無いのは、誰もが言わずとも理解していた。
拳だけが、彼の真の言葉を表してた。
「どれくらい後になるか分からないけど」
最後に南那も、拳を突き出す。
弱々しいそれは、だが確かに五人の拳とぶつかり合い、その温もりを伝えていく。
琉覇の力強さ。未来の聡明さ。麻美の明るさ。帆の……うん、帆は普通、普通だけど。
皆の事は忘れないと、拳から伝わる熱を彼女は心の中にしまい込んだ。
「じゃあな!」
琉覇が帆の首根っこを掴んで飛び出す。
彼はもう、振り返らなかった。
「また、いつか」
はっと息を飲むような美しい仕草で、未来も翻って馬車へと向かう。
「南那」
麻美は、ちょっと悲しそうな顔をして――すぐ笑顔になって、駆け出す。
「またね!」
「うん、またね」
南那も馬車に向かって歩き出す。
分かたれた保護組の未来、それが再び重なる時まで、一人で歩いていくのだ。
そう思いながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。
がたがたと揺れる馬車が、森の中を進む。
サン=ヴォワイエ砦の有る場所は山の三合目くらいで、比較的なだらかな場所らしい。
蛇行し山肌を沿うように作られた道を進みながら、徐々に徐々に折り返しながら下っていく。
他の三台の馬車とは途中で別れた。
まったく別々の方向に行く事になっているからだ。
分かたれていく馬車を見た時は、やはり寂しい気持ちになった。
学生鞄を胸に抱え、南那は幌馬車に腰掛けていた。
久々の学生鞄の感触は何か懐かしいものを彼女に呼び起こす。
たった一ヶ月前にはこの鞄を持って毎日学校に通っていたのだと、ようやく思い出す。
それはもう遥か昔の事のように感じられた。
馬車の乗り心地は、正直良くない。
初めて乗ったが、がたがたと揺れまくって座っているのにまったく落ち着けない。
一眠りして過ごそうかと思ったがそれも叶わなそうな気配だ。
普通に落ち着かないし疲れる。
馬車旅も体力を使うものだと、彼女は初めて知った。
不意に、がたんと。
馬車が大きく揺れ、止まる。
「ありゃあ」
御者が困ったような顔で御者台から降りる。
「なんか車輪が嵌っちまったみてえだ。ちょいと待ってくれ」
どれくらいかかるのかな。
周りを見ると、乗り合わせた他の人たち――大体がおじさんやおばさん――は特に気にせずにいるようだった。
よくある事なのかな、と南那も気にしない事にする。
しばらく、ぼうっとする時間が続いた。
他の皆は今どうしているだろうか。
トトも早く次の仕事が見つかるといいな。
そんな事を、ただなんとなく考えていた。
――不意に。
馬車の中に、煙が充満する。
「な、なんだぁっ!?」
乗客の一人が混乱し、慌てて馬車から飛び降りる。
その男は勢い余って荷台から転げ落ち、強かに背中を打ちながら、どすんと地面に落ちた。
「いてて……」
男がふらつきながら、立ち上がる。
何事かと当たりを見回そうとして――
その頭に、矢が生えた。
「え?」
矢が生えたのではない。
射抜かれたのだ。
その事に気づくのに、僅かばかりの時間が必要だった。
何!? 何が起きてるの!?
南那の思考は完全に白濁し、恐慌状態へと陥った。
先程までの牧歌的とも言える退屈な時間が、一瞬で塗り替えられる。
日常が、非日常へ。
今ここは常に非ざる場所へと変貌したのだ。
どさり、という音に、反射的に南那はそちらを見る。
馬車の前方。
馬車を引いていた馬が両断されていた。
いや、体の中程を消し飛ばされ、二つに分かたれたのだ。
二頭の馬は自身に何が起きたのか理解する事すらできず、死んだ。
上半身の有る方からは血が間欠的に吹き出しており、地面を濡らしていった。
「ひいっ……!」
あまりの光景に、吐き気が込み上げてくる。
だが、それが許される状況ではないと彼女は感じる。
動かなければ、死ぬ。
二度目の死地がやってきた事を、南那は本能的に理解していた。




