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【毎日更新】崩界のオブリテレーター(旧題:クソザコチート召喚~戦闘で役に立たな過ぎる最弱能力を持たされた高校生が異世界を渡り歩いていきます~)  作者: エチゼン鏡介
第一章 暁のサン=ヴォワイエ――役に立たなすぎるチートしか貰えなかった高校生は生き残る事ができるのか
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第16話 弱者の逆襲

最新話はカクヨムで先行投稿しています。

 巌塊熊(グラドレム)は再び暗い森の中をどすどすと歩いていた。

 あの奇妙な音を警戒し、むやみには突っ込まない。

だが、追撃の手を緩める気も無い。

彼女はそれが奇異である事までは理解できる知能が有っても、その奇異さがなんであるかを理解するまでには至っていなかった。

 故に、進む。警戒しながらも進む


 巨大な体躯に木々が押し出され、ばきばきという音と共に倒れていく。

4m超という圧倒的な巨体の前には森の木々ですら障害物にはなり得ない。

超重はそれらを容易く押しのけ彼女は悠々と進撃していく。




 進んでいった彼女は、やがて奇妙なものを見つける。


 ――穴だ。


 巨大な穴。

自分が飛び越えられない程の幅と、落ちたら容易には登れないような深さ。

本能的に彼女は足を止める。


 穴の向こうには小さくちらちらと炎が揺らめいている。

先にヒトが居るのは間違いないだろうと感じる。

苛立ちを覚えながら、巌塊熊(グラドレム)は穴を迂回し進む。


 そうして穴を避けた所に、再び穴を見つけ――彼女の苛つきは最高潮に達し、怒りに咆哮を上げた。




 牧内麻美は、今の状況に自分から臨んだわけでは無かった。

 ある日いきなり異世界とやらに連れてこられて、勝手に無能と断じられて。

 そして強制的な下働き。どうにも運が悪かったとしか言いようがない。


 それでも南那という同年代の同性が居て、いかにもクラスに一人は居そうな陰キャ丸出しの帆が居て、頼れる先輩の琉覇と未来が居た。

 彼らに引っ張られて不自由ながらも生活していくのは、辛いけど少しだけ楽しかった。


 でも唐突に、今これから死ぬのだと。

 そこまで言われるなんて想像もしてなかった。

 自分の明日は無条件に続いていくものだと疑った事すら無かった。

 それが今、ほんの少し後には何もかも終わるかもしれない。

 そう突きつけられて落ち着いていられるだろうか。

 

 先程自分たちを追ってくる馬鹿みたいにデカい熊を見た。


 巌塊熊(グラドレム)とか言うらしい。

 明らかに地球に居た熊より巨大なそれは、圧倒的な威圧感を誇っていた。


 心臓は早鐘を打ち、まるで胸を突き破らん程激しく鼓動していた。

 あんなものに追いかけ回されるのは生まれて初めてだ。

 無機質な機械の圧力とは違う、生物の圧。

 自らを捉えんとする意思が乗ったそれは本能に訴えかける怖さがあった。

 

 危機に直面した時、人は二種類に大別される。


 動けるか、動けないかだ。


 その行動の成否は問わない。

 生きる為に足掻く事ができるか、ただ竦んで現実から目を背けるか。

 その違いだ。


 麻美に勇気は無い。

 意思も無い。

 恐怖に慄き震えるしかできない、ただの小娘だ。




 それでも、彼女は動ける人間だった。

 

 

 

「んんんんー!」


 唸りながら、麻美は地面に手を当てる。

 彼女が触れている部分が、どんどん透明になっていき、それはまるで地面を侵食するように広がっていった。

 

 麻美の恩寵、「触れたものを透明にする能力」。

 彼女はこれをせいぜい洗濯の染み抜き程度にしか利用していなかった。だから知らなかった。どれだけの事ができるのか。どこまでやれるのか。


 能力を何度か使用している間に、最初は目も当てられない速度だった透明化速度もなかなかに早くなった。

 小物であればすぐに透明に出来る程度には、能力に慣れてきた。

 ただそれを、限界まで使用した経験は、これまで無かった。


 だけど今、やらなきゃ死ぬ。

 ただそれだけの思いで、彼女は能力を発動した。

 眼の前の地面を無心に、ひたすら。

 

 麻美の手の下にある地面が透明になっていく。

 じわじわと、紙にインクを垂らしたように、じわりと広がっていく。

 それは横方向にだけではない。

 下方向、地下へと透明な領域は広がっていく。

 さらには、地面に根付いてる草木まで透明になっていくではないか。


「お疲れ、麻美」


 能力の行使で息を切らせる麻美に、未来が声をかける。

 

「それくらいで十分だ。ありがとう」


「もう二度とやりたくない……」


 ぺたりと、麻美は座り込んだ。

 体力は尽き、動けそうにない。


「死ぬ気になればなんでもできるもんだねほんと……」


 自分自身が作り上げたこの光景に、麻美が一番驚いていた。

 視線の先には、森の中に穿たれた幾つもの穴、いや堀が見える。


 細長く10メートルほどの長さで、幅も3メートルはゆうに有る。

 深さの方もかなりのものだ。


 そのような堀が方々に、歩き辛くなるよう設置されていた。

 そして彼女たちの周りもその堀で囲まれており、まるで袋小路のような作りになっていた。


「あの熊には間違いなく知性が有る。だが」


 夜闇に隠れて良く見えない巨大熊が居る方向を見据えて、未来が言う。


「視覚的断崖を覆す程ではない。あの熊からは多分、いきなり穴だらけになった森が目に写っているはずだ」


 穴の上に透明な板が貼られていても、動物はそこを歩かない。

 視覚が高さという脅威を認識し、落下を恐れるからだ。

 これが、視覚的断崖である。

 動物には、透明な足場というものが理解できないのだ。


「ならば必ずそこを避けてこちらを狙ってくる。トップスピードを維持できず、鈍重にね。熊の足が幾ら速いと言っても、細い足場を落ちないように移動してくるなら相当に遅くなるだろう」


 穴が大量に有るなら大回りしよう、という程あの熊は賢くないと未来は言う。


「さっき琉覇も言っていたが、半端に賢いのさ。だからこそ、付け入る隙が生まれる」


 賢すぎれば、引っ掛ける事ができなかった。

 馬鹿なら、策が機能すらしなかった。半端に知恵を持ち、知恵を持たされたこそ陥る。

 鈍らは時に無手に劣るのだ。


「今麻美に頑張って作ってもらった【穴】は」


 それは熊の進路を誘導するように、巧みな配置で作られていた。最初は迂回させる事を重点的に。

 やがて、誘い込むように。


 それにより、保護組の五人は圧倒的な猶予を手に入れた。

 麻美の献身は彼らの命を確実に永らえさせたのだ。


「奴がここに辿りつくように設置した。奴はここに来る。必ず」


 そして保護組の周りは、熊が来るだろう側から見ればコの字状の堀に囲まれたような場所へと作り変えられていた。

 細長くそれなりに距離が有る凸状の地形は、彼らがこれから行う策への前準備。

 必勝の策への道標だった。


「奴を倒すぞ」


 そう言って未来は、淡く光る紐を取り出した。


「君たちの能力を使ってね」




「私の恩寵(チート)は文字を書く能力なのは知ってると思うんですけど」


 少し前。

 麻美が足止め用の見せかけの穴を生成し、逃げてる途中。

 南那は話し始めた。


「この能力の特性は、私が理解してる通りなら二つなんです。あらゆるものに文字を書ける事」


 そして。

 

「その文字は、私が意識して解除するか私が死ぬまで消えない事」


 なんて事も無い、大した使い道の無い能力だと思った。

 ちょっとしたメモをどこにでも出来るだけの外れもいいところの底辺能力。


「みんなもそうだと思うんですけど、能力の使い方は直感的に刷り込まれるじゃないですか」


 召喚された時点で、何故か恩寵(チート)の使い方が解るようになっていた。それは召喚された誰もが例外ではなかった。


「だから――多分、()()()()も起きてると思うんです」


 詳細に能力の説明を教えられたわけではない。

 ただ漠然とこういう使い方できる、それを感覚的に叩き込まれただけ。

 だから、それが何を意味するのか正確な理解ができているとは、本人ですら限らない。


「例えば私が紙に能力で字を書いたとして。その紙が燃えたら字も無くなっちゃうとしたら」


 彼女は一拍置いて、そうして続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。それって、考えてみたらさっきの説明と矛盾してますよね。《《私が解除しようとしてないのに文字が消えるんだから》》」


 普通文字が書かれた媒体が消えれば、文字も消える。

 当然だ。

 文字という情報は、媒体に依存する。

 しかしここでは、この能力の前では逆転現象が起きる。

 

「文字を保持する為に、記録媒体自体が破壊されない――つまり、不壊の状態になるという事か」


「そうだと思うんです」


 南那は未来のチュニックを取り出す。

 縦に切り裂いたその跡は、【みく】の字の所で止まっている。

 

「ふむ、成る程」


 南那に手渡されたチュニックを、未来は暫し調べていた。

 そのまま切り裂いてみようとしたりなんだりと軽く試して。


「面白いな、これは。実に興味深い能力だ」


「それでこれ、今の状況をなんとかする助けにならないですか?」


 自分ではどう扱えば良いか思いつかない。

 だったら、分かりそうな人に聞く。

 南那には別に自分が勇者になりたいとか自分が一番とかそういう気持ちは一切無かった。

 ただ切実に、今の状況を脱したい。

 それだけが心の中を占めていた。

 ことここに至って、自分の有能さをアピールしようなど毛頭も考えていなかった。


「なる」


 返ってきた未来の答えは簡潔であった。


「これなら行ける」


「行けるって」


 横で会話を聞いていた琉覇が口を挟んでくる。背負われた帆はもう泣き止んでいたが、それでも疲れ果てた顔をしていた。

 

「倒せるって事だよ、あの馬鹿でかい熊をね」


 未来は話し始める。

 決して太刀打ちできるとは思えない、巌塊熊(グラドレム)の攻略法を――




 ズシン、ズシンという振動を感じながら、未来は自分の能力を使いながら木に登る。

 手には淡い光を放つロープのようなものが握られていた。

 それは自身のチュニックを用いて作った簡易ロープであった。


「作戦は単純だ」


 彼女はある程度の高さまで登ると、そのロープを木に結わえる。

 決して外れないよう厳重に。

 幾重にも巻いた後きっちり絞め、その程を確かめる。


()()()を使って、奴の首を刈る。やる事はあれだ、たちの悪い馬鹿が電柱にワイヤーを張ってバイク相手にやったりする奴」


 ロープの反対側には石が結わえられている。

 それをヒュン、と何回転かさせ遠心力を稼ぐと、未来はロープを向こうに見える木に向かって投げた。


 ロープは勢いのまま木に絡まり、タイトロープのように二つの木を結ぶ細い橋を形成した。


「ここにおびき寄せ、奴を正面からこれにぶつける。あの勢いと体重なら、まあ一発だよ」


 地響きが徐々に近くなっていく。

 未来は手早く一度地面に下り、反対側の木へと回る。

 そしてテンションを確認すると――


「このまま逃げようとしても、どれだけ時間稼ぎをしても、いずれ追いつかれる。迎撃する目が出たなら、ここで倒してしまった方が絶対に安全だ」


 未来の合図で、南那が松明を持ってくる。

 彼女はそれを受け取ると、ロープに火を放った。


 ぱあっ、と、一瞬にしてロープは燃え尽きる。

 夜闇に咲いた華のように。予め油を染み込ませたそのロープは即座に燃焼し自らを燃やし尽くしたのだ。


 しかし――

 

 そこに残るのは、輝きを放つ一本の光のワイヤーであった。


「燃やしても、文字の部分だけ残る。なら一本線を引いた太い()()()()でも、こうすれば超極細の最硬ワイヤーの出来上がりだ」


 それは丁度巌塊熊(グラドレム)の首辺りの高さに張られていた。

 巨獣を狩る、乾坤一擲の罠。それが今、ここに完成した。


「琉覇」


 未来は下に控える男にバトンを繋ぐ。


「後は頼んだ」


「任せろ」


 ゆっくりと、琉覇は堀の入口側へと向かう。

 もうまもなく、あの巌塊熊(グラドレム)はここにやってくるだろう。薄っすらとだが既にその姿は確認できている。

 

 彼の役目は、その巨獣を罠の下までおびき寄せる事だった。

 

 一歩間違えば確実に命を落とすだろう。

 太い腕と鋭い爪の一撃は鍛え上げられた彼の体でも容易に引き裂き、その牙は骨を容易に噛み砕き彼の臓腑を飲み下すはずだ。

 

 さしもの琉覇も体が震えに支配されるのを感じていた。


光り物(ナイフ)を出された事も有った。

 刀を抜かれた事も有った。


 だが熊、それもあんな常軌を逸したデカさの熊と正面から向き合うのは、さしもの彼も初めての経験だった。

 恐怖が来ないはずがない。

 

 それでも。


「最高だろうが……」


 彼の脳から、アドレナリンが多量に分泌される。

 疲労感と高揚感が綯い交ぜになった、いつもの感覚。

 それは恐怖を塗りつぶすほどの、悦びであった。


「可愛いコ四人の為に命賭けるとかよ……」


 懐から、投石機(スリング)を取り出す。

 今の彼が使える精一杯の武器。

 唯一の武器。そして、命を預ける武器だった。


「本懐だろうが……オトコノコならよ!」




 琉覇は頭上で投石機(スリング)を回す。


 空から鳴るは風切り音。

 ヒュンヒュンという鋭い音が、風を割く。


 地から響くは足音。

 ズドン、と巨獣の凶悪な体重が地面を揺らす。

 



 果たして両者は向き合った。



 

 コの字に掘られた堀の入口。

 そこで大柄な高校生と、それを倍したよりも巨大な獣が遂に立ち会う。


 巌塊熊(グラドレム)がゆっくりと、威圧するように一歩を踏み出す。このまま圧すように、こちらを追い詰める腹づもりだった。

 例え何もしなくとも、この巨獣がこちらに向かってくるのは明白。

 

 だが、それでは足りない。

 

 彼らの策を成立させるには、この巨獣自体の加速力がどうしても必要なのだ。

 故に――

 

「シャァッ!」


 鋭く解放(リリース)された石弾が、巌塊熊(グラドレム)に突き刺さる。


 狙いは顔。


 しかし僅かにずれ、それは巨大な熊の首元に着弾した。

 その分厚い皮膚に阻まれ、ダメージは殆ど無い。


 しかし、その不興を買うには十分な一撃。


 巨熊は衝撃に顔を顰めると、怒りの相貌を浮かべる。


 ガアアアアア!

 

 咆哮が、森を満たす。

 物理的な空気の震えすら伴う大音声に、偉丈夫の琉覇ですら一瞬怯む姿を見せる。


 だがその刹那、琉覇は熊が駆け出すのを見た。


 いや、琉覇の能力が見せたのだ。

 その体のバランスの動きを。()()()という重心の傾きを。

 彼は反射的に振り向き駆け出す。罠の方へ向かって。

 

 互いの距離は、おそらく10メートル程度。

 罠までの距離約20メートル。そこまで到達するのに琉覇なら3秒。

 巨獣が追いつくかはギリギリの距離。


 永遠のような3秒の逃走劇が今始まった。

 

 ――一秒。

 

 琉覇は走る。

 全力で走る。

 背中にとてつもない圧を感じながら、無心で走る。

 

 「走れ!」

 

  頭上から、未来の声が聞こえる。

  お嬢らしからぬ焦った声だ、と彼は場違いにも思った。

 

 ――二秒。

 

 目的の場所まではあと少し。

 しかしそれまでの経験で培った勘が、琉覇に警鐘を鳴らす。

 

「琉覇ッ!?」

 

 麻美の金切り声が、響き渡る。




 刹那、琉覇は悟る。




 既に琉覇の体は巌塊熊(グラドレム)の攻撃圏内に入っている。

 巨熊が振るうのは、大上段の一撃。袈裟に振るわれる、右の剛腕。

 体を叩き潰そうとする一撃だった。

 

 琉覇には見えない。

 この熊がどのような一撃を繰り出すのか。

 

 だが、解る。


 感じる。


 琉覇の恩寵(チート)、「ものを半分に測る能力」。

 それは視覚のみならず、他の感覚全てで巌塊熊(グラドレム)が振るう致命的な一撃を伝えてきた。


 琉覇は熊の右腕の距離が変化した事を、聴覚で鋭敏に察知した。


 ソナー探知をCGグラフィックに起こすかのように、脳内で擬似的にその動きが形作られる。


 男の脳内に、後ろに居るはずの熊の姿とその右腕の一撃がはっきりと見えた。

 

 琉覇は瞬間的に腰を落とすと、まるで虚空にタックルを仕掛けるように、右前に大きく踏み込んだ。


 その瞬間、巌塊熊(グラドレム)の一撃は彼の頭上を通り過ぎる。

 巨大な鉄塊のようなそれは大きく空を切り裂くのみで終わる。


「届いたッ…………!!!」



 相手の居ないテイクダウンを行った琉覇は、勢いのまま地面に頭から突っ込む。

 あと一秒遅れれば、彼の命は無かった。

 それ程までに、際どいゴール。


 しかし、南那は、麻美は、未来は、帆は。

 その両目でしっかりと見た。


 木々の間から僅かに漏れる月明かりが照らすその光景を。

 

 

 

 巌塊熊(グラドレム)の首に食い込む、光のワイヤーの輝きを。

 それはまるで、処刑人が振るう刃のようであった。

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