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第10.5話 日常の鍛錬

 勇壮なるサン=ヴォワイエ砦の上階。

 ビルであれば4階ほどの高さであろうか。そこに据え付けられた小さな窓から、外の光景を覗く小さな人影の姿があった。


「毎日精が出るねェ~」


 琉覇が感心したように呟く。

 

「あれは俺でもキツいわ。良くやってる」


「確かに」


 向かいに有るのは、未来の姿であった。

 二人は窓の左右から張り付くように、外から気取られぬよう顔だけを少しせり出し外の様子を伺っていた。


 そこに見えたのは、20人近くの男女が動き回る様子だった。

 二人は時折、ここからそれを眺め、検討し、考える。

 一体砦の人間たちは何を考え、何を望んでいるのかを。


 互いの組が接触する事はほぼ無い。

 しかしその情報は必要だろう。

 そう判断した年長組の、ちょっとした偵察だった。


 自分たちはあまりにも何も知らない。

 だからこそ知る事はそれだけで力になる。

 その事を二人は良く理解していた。


「しかしこれは、成る程」


 未来が得心がいったとばかりに、感心したような声を出す。


「君が芸と言うのも理解できる。こいつは強さを与えるものではないね」


「お嬢もそう思うか」


「積み上げるには、何事も地味な作業が必要だ」


 彼女は自らの髪の毛先を弄りながら、呟く。


「これは積む作業じゃない。刷り込みだ」


 未来は眼下の光景を静かに眺め続ける。

 仔細漏らさず、全てを収めるかのように。




 今日何日目だっけかな。

 小川祐樹はよく回らない頭で考える。

 

 召喚されたあの日。

 自分は特別なんだと、そう信じて疑わなかった。

 

 ――異世界召喚チート付き。約束された勝利って奴じゃねーの?

 

 白亜の壁に囲まれた中、彼は浮ついた気持ちでそう考えていた。

 大好きなあの作品のような事が現実に、自分の身に起きるなんて。


 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが自分の(なか)に宿るのを、彼は確かに感じた。

 

 自分に与えられた恩寵(チート)も、勝利を予感させた。

 

 ――刃物であらゆるものを切断する能力。

 

 刃物、と定義されるものでなら、なんでも発動する。

 それで自分が対象を切ろうとすれば、まるで豆腐に包丁を入れるように簡単に切る事ができる。

 鋼鉄の鎧を纏う相手だろうがなんだろうが、祐樹の手にかかれば簡単に切り裂く事できる。

 なんて凄い能力なんだ。

 これを理解した時、祐樹の体は震えた。


 だが、彼は選ばれなかった。

 

 

 特別組。

 おそらく、召喚を目的とした者達が「当たり」と見做した、本物の勇者。

 それに祐樹が選ばれる事は無かった。

 

 確かに特別組の4人は別格の強さの能力だと思う。

 正直自分の能力では敵わないとも思う。

 だからと言って、自分が弱いとも思わない。

 

 十分に勇者としてやっていけるじゃないか、俺の能力(チート)だって。

 考えても見ろよ、防御無視攻撃だぞ?

 相手防御できないんだぜ?

 どう考えても最高に強いだろ?

 だってのに、何故。

 

 砂埃が舞う訓練場の中、祐樹は戦闘組の仲間たちと共に全力で疾走する。

 そして剣を全力で振り下ろした。

 

 ブン、という風を切る音が聞こえる。

 剣の振り方は我流だ。

 最初こそ剣の握り方を教わったが、何流剣術とかそういう御大層なものは一切教わっていない。

 ただ全力で剣を振れ。

 そう言われただけだった。

 

 とぼとぼと、歩いて元の場所に戻る。

 じんわりとした疲労が体に絡みついて取れなくなったのは何時頃からだっただろう。

 三日目くらいだったか、それとも四日目だっただろうか。

 一週間しない間には、そうなっていた気がする、と祐樹はぼんやりと思う。


 こんな事もう止めてしまいたい。

 だが抗議をした奴は「教育」の為に連れて行かれた。

 そして帰ってきた頃には何も言わず、従順に言う事を聞くだけの人間に成り果てていた。

 人は中身が変わると相貌すら変化すると知ったのはその時だ。

 同じ人間なのに、違う人間になってしまう。


 ああはなりたくない。祐樹は心のそこから思った。

 だから没頭する。

 眼の前の作業に。

 それを忠実にこなしてる限り、あんな事にはならないのだから。


「ヴォトゥール!」


 号令が聞こえると、祐樹は反射的にまた走り出す。

 この言葉が聞こえたら言われた通りに動け。

 ただそう言われて、何百回と同じ動きを繰り返させられる。

 どんな意味が有るのかも分からない。

 何に役立つのか想像もできない。

 でも、やれと言われたからにはやるしかないのだ。


 全力と、でもよたよたとしながら彼はまた走る。

 その剣閃が何を齎すかすら知らず、剣を振る。

 

 ここに来た瞬間は甘い夢を見ていたはずなのに。

 その事すら忘れて、彼らは体を動かし続けていた。

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