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【毎日更新】崩界のオブリテレーター(旧題:クソザコチート召喚~戦闘で役に立たな過ぎる最弱能力を持たされた高校生が異世界を渡り歩いていきます~)  作者: エチゼン鏡介
第一章 暁のサン=ヴォワイエ――役に立たなすぎるチートしか貰えなかった高校生は生き残る事ができるのか
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第10話 夜暇の郷愁

 労働を繰り返す内、すぐに太陽が真上に差し掛かり、そして地に沈む様を見る事になる。

 体がへとへとになる頃、自分たち保護組の労働は終了する。


 それでも一日中訓練漬けになっている戦闘組や補助組よりはまだ楽なのだろうと南那は思う。

 怪我をする危険はまず無いのだから。

 

 夕食が皆と会う最後の時間だ。

 夕食が終わると自室に帰らされ、何か理由の有る用事が無ければ部屋から出る事は許されない。

 

 やっぱりこれ、囚人扱いじゃない?

 

 生きる事は許されているが、それ以上が許されていない。

 肉体は維持できていても心が緩やかに死んでいくようだ、と南那は感じていた。


 暇を持て余していてもやる事が無い。何も出来ない。現代は刺激に満ちていたのだと改めて実感させられていた。

 

 ごそごそとベッドの下を漁る。

 そこには召喚された時持っていた学生鞄が収められている。

 鞄の中から教科書を取り出すと、ぺらぺらと適当にページを捲り、眺めた。

 かつて見るのも嫌だったそれは、今となっては貴重な暇つぶしの道具となっていた。

 

 本来だったら、自分は何も変わらず毎日学校に通い、家に帰って、何も心配せずに眠って日々を過ごしていたのだろうか。

 たった一週間なのに、あの日々がとてつもなく遠く感じる。

 いきなり自分が居なくなってしまって家族はどうしているだろうか。

 両親は心配しているのだろうか。

 歳の離れた妹は元気に過ごしているだろうか。

 

 耐え難い郷愁の念が、不意に沸き起こった。

 鞄の奥にしまったスマートフォンの電源を入れる。

 辛うじてバッテリーの残ったそれは、未だなんとか起動可能だけのバッテリー残量が有った。

 久しぶりに感じる文明の手触りが、自分の生きていた社会を思い出させる。

 日本という平和で幸せな国の思い出が、手の感触を通して伝わってくるように思えた。

 

 アドレス帳を開き、自宅をタップする。

 当然繋がらない。繋がる訳が無い。

 それでもスマートフォンを耳に当て、南那はじっと窓の外を見つめる。

 何かの奇跡で、家族の声が聞こえる事を祈って。

 

 ――もう一度、家族に会いたい。

 

 自分はまたあそこに帰れるのだろうか。

 答えの出ない疑問を抱きながら、南那の夜は更けていった。

 


 

 同じ頃合い。

 サン=ヴォワイエの最上階。

 一際立派な――華美ではあるが下品ではない――貴人の居室で、二人の女性が向き合っていた。

 執務机の前、佇むのは巫女アウレリアであった。

 彼女は普段見せている柔和な笑みを潜ませ、険しい顔を見せていた。


 もう一人は執務机の奥、椅子に深く腰を下ろした、凛々しい雰囲気を持つ女。

 歳の頃は20を越えた辺りだろうか。

 大人として成熟した顔つきと若さ故の自信が彼女からは溢れ出ていた。

 短く切りそろえた髪型、そして騎士のような出で立ちは男そのものであったが、彼女の醸し出す雰囲気にはそれこそが相応しいと言いたくなるものがあった。

 

「それで」


 彼女は腕を組み、不遜に巫女に向き合う。

 

「このような夜分にどのようなご要件か、アウレリア様」


「カスタルノー卿」


 アウレリアは眼の前の女――カスタルノー卿へ、意を決して言葉を放つ。

 

「此度の勇者の扱い、あまりにも無体ではないですか?」


「無体。無体と仰るか」


 カスタルノーは椅子に背を凭れさせると深く息を吐いた。

 ぎい、という鈍い椅子の軋みが、暗い部屋に響き渡る。

 

()()が生半可には使い物にならないというのは、他ならぬ貴方様が一番良くご存知でしょう」


 彼女は目頭を押さえ、天を仰ぐ。沈痛な面持ちで。

 

「惰弱にして蒙昧。珍奇な妄想を晒し、神が授け給うた恩寵に敬意すら払わない」


 その声色には色々なものが含まれているようだった。失望。侮蔑。絶望。憤怒。様々な感情が綯い交ぜになり、空を震わせる。

 

「あれをなんと呼べばいいのだ? 豚の方がまだ高貴であろう。我々が求めたのは勇者ではなかったのか?」


 ダン!

 

 机を叩きつけたカスタルノーの拳からは、怒りがにじみ出ているようだった。

 

「誰が施療院に叩き込まれてるような()()()の餓鬼を連れてこいと言った! 本当にあれは勇者と同じ民なのか?」


「それは、間違いなく」


 アウレリアもまた、沈痛さを隠せずに応えた。

 

「黒き髪も、肌の色も、間違いなく彼の勇者様と同じでございます。我らが祈り(オラティオ)により誓願されたのは、依然変わりなく」


 胸に手を当て、その手を直上に天に、掌を向けるように翳す。至天神を奉る光神教の祈りの形だった。


()()()()()()()()()()()()()()()()。それのみでございます」


「ならば何故あんなものが送られてくる」


 カスタルノーは頭を抱えた。

 

「もしや闇神の策謀ではあるまいな?」


「恩寵を賜った民が彼の神の手とは考え辛く」


「神は我らを試されるか……」


 であるのならば、と。

 

「尚の事、今の扱いが適正と言わざるを得ないでしょう。神から賜ったものを無駄にする事は許されますまい」


「ですが、今の扱いは……まるで人を人とも思わぬようなあれは」


 痛ましいものを見るように、彼女は目を伏せる。

 

「せめてもう少し敬意を持って接する事はできないのですか?」


「幾重もの試行錯誤の結果です」


 アウレリアの誓願を、カスタルノーは冷たく切り捨てた。

 

「これまで色々の形であれの運用法を模索してきました。その果てに私が辿り着いた答えこそが、今のやり方です」


 怜悧な瞳が、アウレリアを貫く。そこには一切の情も無く、一切の言葉を受け付けぬという鋼鉄の意思が感じられた。


「私の想定では、これなら街の一つも奪還できましょう。その程度の働きはする。そうなるよう躾けている」


「貴方は一体勇者様をなんだと――」


「喋る犬、ですかね」


 おっと失敬、とカスタルノーは悪びれず言う。

 

「それは美しく勇猛な猟犬たちに失礼極まりない。言葉を誤りました」


 最早侮蔑の念を隠す気すらない彼女の姿に、アウレリアは顔を顰める。


「あまりにも無体な物言い。ですが、カスタルノー卿のお言葉が分からなくもありません」


 だが揺れる瞳に表れていたのは、嫌悪ではなかった。

 それとは別の、むしろ真逆の感情。


「私も覚えています。あの初めての召喚の日を」


 アウレリアは目を閉じる。

 遠い遠い、かつての光景を思い出すかのように。


「あの失望を、私も忘れてはいません」


「あれは救世会(ソシエテ)の誰も忘れられんだろうよ」


 苦々しく、カスタルノーは言葉を吐いた。


「そもそも」


 苛立ちを隠せない響きで、さらにカスタルノーが口を開く。


「此度の召喚は、最低でも100は見込める規模では無かったのか。上手くすれば150に届く可能性すら有ると」


「はい。仰る通りです。(わたくし)たちも、そう考えておりました」

 

「だが35。35だぞ。しかもこれまででも最低クラスの盆暗揃いと来た。これは一体なんの手違いだ?」


「そして授かった恩寵(チート)も、過去に類を見ない程に弱々しい……」


 アウレリアの呟きには、隠しきれない失望の色が有った。


「もしや、二心有るのではなかろうな。巫女アウレリア」


「そのような事は有り得ません!」


 巫女はそれだけは無いとばかりに、声を張り上げる。

 決して普段は聞くことの出来ない巫女の怒声。

 それは彼女の信仰心と矜持の現れだった。


「世を憂う気持ちも、安寧を齎したいという気持ちも、神に近い偽りは御座いません」


「流石に失言であったな。許されよ」


 二人の間に、沈黙の帷が落ちる。

 

 言葉が紡がれぬ中、それを破ったのはアウレリアの方であった。


「……わたくしどもとしても、今回の召喚は腑に落ちない結果なのです」


「ほう?」


 巫女の言葉に、カスタルノーは興味を引かれたように返事を返す。


「カスタルノー卿が仰るように、今回の召喚はこれまでに無い大規模なもの。衛星国(セクタ)より可能な限りの贄を集めて、必勝の体制で臨んだ召喚だったのです」


 指折り、巫女は数える。

 神への供物がどれだけだったかと。


「大巫女と、それに準ずる力を持つ巫女が6名。これだけの数の祈り(オラティオ)が、神に届かぬなど有りえぬ話。であれば、私達が何かを見落としているのです」


「何をだ」


「何かを、です」


 巫女アウレリアは、そこで言葉を区切り、口を噤む。

 対するカスタルノーも、無言であった。


「兎も角」


 暫し後。

 話を打ち切るように、カスタルノーは言い放つ。

 

「今回は、これで行く。それは決定事項だ。変えるつもりはない」


 だが、と。


「次は多少配慮はしよう。私としても巫女の不興を買うのは本意ではない」


「……ありがとうございます」


 踵を返すアウレリアは、一言、問う。

 空を見上げながら、ただ問う。

 

「勇者様は、何故御出になって下さらないのでしょうね」


「それは、私が知りたいくらいだ」


 同じ悩みを抱えたまま。

 二人の呟きは、ただ暗闇に消えていくのみだった。

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