第1話 保護組の五人
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二人の少女が、歩いている。
一人は高校生くらいの少女。
制服に身を包み、しずしずと歩く。
風に吹かれたスカートが、ばたばたと靡く。
ただ無言で、悼むように目を伏せて。
一歩一歩確かに進んでいく。
もう一人はそれよりも小さい少女。
大きな少女に手を引かれて、やはりとぼとぼと歩いていた。
その顔は泣き腫らしたように腫れている。
頬には消えない涙の後が、日の光を受け虚しく輝いていた。
二人は無言で山道を歩いていた。
麓へと下る道を、ゆっくりと。
その背後に見えるのは、砦だった。
背の向こう、彼方に白くそびえ立つそれは、陽の光を受けて美しく輝く。
だがその輝きに背を向けて、少女達は歩いていた。
もうあそこには誰も居ない。
誰一人として生きていない。
精強なる騎士達も、白き衣の巫女も、共に喚ばれた仲間達も。
残ったのは二人。たった二人。
小さな少女は思い出す。
たった一月程度しか無かったそこでの暮らしを。
そして、楽しかった思い出を。
始まりの一ヶ月前の事を、思い出す――
石壁に囲まれた小さな部屋の中、5人の少年少女達が粗末なテーブルを囲むように向かい合っていた。
二人の少年と三人の少女。
いずれも学生服を纏ってはいたが、比べるまでもなく各々がバラバラの制服を着用しており、まったく別々の出身校である事を無言の内に表していた。
彼ら彼女らの間に気不味い沈黙が暫し流れる。
あまりにも気不味い時間。
それは隅で縮こまっている少女にとっても同様だった。
他に集められた者たちを横目で眺め、どうしようかと答えの出ない思案に埋没していた。
その少女の目に映るのは四人。
一人は見るからに鍛え上げられた体を持つ、忘れられない存在感を持つ少年。
一人はやはり自分と同じようにどこかびくついて周囲を伺う気弱そうな少年。
一人はちょっと困った顔をしてうーんと唸り声をあげる、快活な印象のショートボブの少女。
一人は物静かに座り込む、和風美人と言った少女。
そんな四人と共に、彼女はこの広いとも言えない部屋で縮こまっていた。
時計の音すら存在しない、不明な静寂の中――
「まあ、なンだ」
少年の一人が口を開いた。
彼女の印象通りの、力強い声だった。
「自己紹介くらい、しようぜ」
少年はその言葉を聞く自分以外の四人の様子に無言の肯定を感じ取ったようで、さらに言葉を続けた。
「俺は四十八願 琉覇。T県岸内高校の三年だ」
彼――琉覇はゆっくりと四人を見回す。
「まあ、見ての通り体には自信アリって事で。力仕事なら任せろよ」
その言葉に偽り無く、琉覇という少年の体は制服越しにも一目で判る程に鍛え上げられていた。
学ランからはち切れんばかりに主張された筋肉、やんちゃである事を伺わせるように幾重にも見え隠れする傷跡。
そこに暴力の臭いを感じ取ったのは、隅で縮こまっている少女だけではないだろう。
格闘技とかやってるのかな。空手とか柔道とか。
決して粗暴ではない。だが、ちょっと怖い。
「次は……」
「では、私が」
琉覇の後を次ぐように続けたのは、長い黒髪を持つ少女だった。
「天音寺 未来。玻璃ノ宮女学院の三年だ」
アンダーハーフリムの眼鏡に手を添えながらそう名乗った少女は、如何にも令嬢然とした雰囲気を漂わせていた。
彼女から見ても間違いなく美人としか言いようがないその相貌は、男子生徒から見ればまるで高嶺の花みたいなちょっと近寄りがたい印象なんだろな、と感じた。
「こんな状況で大変だろうが、助け合っていけたら良いと思っているよ。何か困った事があったら遠慮なく話して欲しい。可能な限り手伝うよ」
凛として良く響く声は、これまた彼女のイメージ通りのものだった。意思のはっきりした芯の有る声。自分とは正反対の人間だ、と隅で目立たないようにしている少女は思う。
「じゃあ次はわたしー」
未来とは正反対の雰囲気を持った少女が、さらに続く。
「牧内 麻美、16歳。I県立伊那河高校の一年生だよ」
見るからに元気いっぱいという雰囲気を持った彼女は、きっと学校でもムードメーカーだったのだろうな、と感じられた。
暗かった雰囲気が彼女が口を開く事で和らいだような、そんな印象が有った。
何が無くともただ居るだけ場が明るくなるような、そういう子。
クラスに一人くらいは必ず居るよね、と。
「絵を描くのは得意だから、スケッチとかならお任せしてね!」
スケッチブックを掲げておー!と主張する彼女の様子に、ぴりぴりとした空気がなんだか和らいだように感じた。
どこかお互い伺うような雰囲気が、急速に溶けていったように、そう思えた。
リラックスとまではいかないが――少なくとも、皆身構えた感じは和らいだとその少女は感じていた。
やはり、自分とは正反対のタイプだ。先程の未来とは別ベクトルで眩しい。こんな人達と、果たして上手くやっていけるだろうか?
「僕は……旦尾 帆です。N県けやき台高校一年です」
帆と名乗った少年は先程の琉覇や麻美とは正反対に、見るからに大人しそうな雰囲気を漂わせていた。
どんな学校どんなクラスにも居る、目立たない男子生徒。こういうタイプも居るよねえ、と未だ隅に居る少女は思う。
でもその地味な佇まいに、ちょっとだけ共感を覚えた。
どちらかと言うと自分に近いのはこのタイプだし。
「あの、その……すいません、特にアピールできる事はないです……ごめんなさい」
おどおどと何かを伺うようなその態度は、彼の自信の無さが透けて見えるようだった。
他四人に囲まれ一段と小さく身を隠す様は怯えた小動物そのものにしか見えなかった。
その姿に、その少女はほんの少しだけ共感を覚える。
自分も同じような気持ちだから。
そして最後――
「……衣目川 南那、渓城学院の一年生です」
その少女――衣目川南那は漸く、口を開くことができた。
帆の事を地味な男子、と言ったが、自分も負けずに「地味な女子」である自信があった。
学校でも目立つようなことはなく、これからもそうであるはずだった。
彼女自身もその事は自覚していたし、実際学校でも目立つような事は無かったと自認している。
凡庸などと称した帆以上にどこにでも居る人間だろうと南那自身は思っている。
「正直いきなりこんな事になって戸惑っていて、何を言えばいいのかわからないんですけど」
彼女は俯きながら、床に独白するように言葉を吐く。
実際、何を言えばいいのかわからない。
自分には誇れるような事は何も無い。|《能力》すらそうだ。
「……これからよろしくお願いします」
ただ、そう一言絞り出すのが精一杯だった。
再び、場が沈黙に支配される。
自分を含めた五人の誰もが、次何を切り出すか、どんな言葉をかければいいのか、戸惑いを隠せないでいるように見えた。
お互いの名を知ったところで――だから、何?という話。
君たちが誰だかは分かった。それでも。
結局の所、状況は何も変わらない。
自分たちが置かれたどうしようもないこの現実が、ただただ恨めしいと南那は感じていた。
「まったく見知らぬ、無理矢理集められた同士。どうにも気不味いのはまあ仕方ない」
そんな中、口火を切ったのは、お嬢様然としていた未来。
「とは言え、これから私たちは助け合っていかなければならないのは明白。まあ、おいおい仲良くなって行こうじゃないか」
「……ま、だわな」
琉覇も彼女の言に頷きを返す。
「なんであれ、ここに居る俺達同士しか頼れねェ状況になるだろうからな、これから」
彼はうんざりしたような様子だった。
それはこれからの困難を思っているようにも、それともこのような状況に叩き込まれた事を恨んでいるようにも南那には見えた。
「そう遠くない内に他の連中の標的にされるだろうからな、ここに居る連中は。なんたって――」
一度言葉を切り、確かめるように琉覇は再度吐き出す。
「俺達は無能な【保護組】って奴らしいからな」
衣目川南那と、四人の少年少女達。
彼女らがこのような奇怪な状況に陥ったのは、ある朝の事だった。
異世界などという訳のわからないものに巻き込まれたのは。
なんでもないいつも通りの、そんな朝の事だった。




