マナの理解と魔法剣
「……こほん」
エレナは軽く咳払いし、胸を張った。
さっきまで転んでいた人物とは思えないほど、妙に堂々としている。
「改めて名乗ろう。
私はエレナ。この家で日夜、魔道と『マナ』を研究している者さ」
(……さっき盛大にこけてたけど)
「ただの引きこもりとも言うがな」
アレン師匠の追撃。
「ちょっとアレン、余計なこと言わないで!」
言い返す声が、少し裏返っていた。
「はじめまして、クリスです。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
エレナは満足そうに頷くと、すぐ本題に入った。
「じゃあクリス君」
「君は『マナ』をどう考えてる?」
「人によって違う力……個性ある力だと思います」
「おおっ! いいところに目をつけてるね!」
エレナの瞳が一気に輝いた。
「マナには“属性”があると私は考えているよ」
指を折りながら説明を続ける。
身体強化型
物質強化型
魔道反応型(術式特化)
生体作用型(他者への影響)
「そしてそれぞれに“得意と不得意”、
つまり“相性”が存在する」
エレナは自分の胸をぽんと叩いた。
「例えば私は魔道系が得意。
逆に身体強化系はダメダメ」
「アレンはね、身体強化も物質強化も化け物みたいに強い」
横を見るとアレン師匠が苦笑していた。
「さらに言うとね」
「マナは“性格”みたいな部分もあって、
同じ型でも使い手によって性質が変わるんだ」
「……なるほど」
“性格”という表現は、妙にしっくり来た。
エレナはふっと表情を引き締める。
「さて、ここからが本題。
クリス君のマナを――直接見せてもらうよ」
「えっ、ちょ、何を――」
俺の言葉が終わる前に。
エレナは 背中に両手を当てた。
「――『マナ』、注入」
次の瞬間。
体の奥に、異質な“流れ”が流れ込んできた。
「っ……!」
胸の奥がざわつき、
光と影が混ざるような得体の知れない感覚が走る。
「……なるほど、これが君の――」
エレナが言いかけた、その時。
どさっ。
「……え?」
エレナが、前のめりに倒れた。
「おい、大丈夫か!?」
「エレナ!」
アレン師匠が慌てて支える。
エレナは息を荒げながら俺を見た。
「クリス君……君、どうして正気を保っていられるの?」
「……え?」
「君の中では――
黒いマナと光のマナが、常にぶつかり合ってる」
心臓がドクンと跳ねた。
「黒い……マナが……?」
「そう。小さいけど“濁ったマナ”が
君の光のマナをずっと削ってる。
本来なら……発狂しててもおかしくない」
(……やっぱりか)
マナが暴走した理由が繋がった。
だがエレナの“診断”はまだ終わっていなかった。
「それだけじゃないよ」
表情が、真剣なものへと変わる。
「君の中には――
魔道に必要な“魔力”が、桁違いに蓄えられている」
「桁違い……?」
「正直に言うと――異常だ」
「普通の人間じゃありえない」
エレナは俺とアレンを見比べた。
「クリス君、あなた……何者なんだい?」
アレン師匠の時と同じように、
俺は過去に起きたこと、回帰の真実を話した。
エレナは途中から言葉を挟まず、
ただ真剣に聞いていた。
やがて、静かに呟く。
「……聖女の力で蘇り、
厄災を止めるために未来から戻った……」
「荒唐無稽だけど……
君の魂を見てると、完全に否定はできないね」
エレナは立ち上がり――
なぜか本を踏んでまた転びそうになり、
アレンに支えられた。
(ポンコツ……)
気まずそうに咳払いをしてから、
エレナは俺の方を向いた。
「ねぇ、クリス君」
エレナは、にやりと笑った。
「君さ――“魔法の剣”って、興味ない?」
「魔法……剣?」
エレナは机の上に簡単な図を描く。
「私が考えている『魔法剣』の概念だけどね」
「基本は単純。
魔力を放出し、それをマナで“剣の形”として固定する」
「実体のある剣じゃない。
純粋な魔力をマナで纏めた『刃』だよ」
全身が震えた。
――それは、俺が求めていたものかもしれない。
剣技とマナが噛み合わない。
実体武器と相性が悪い。
ならば――最初から実体を持たせなければいい。
長剣、短剣、槍。
形も、性質も自在に変えられる。
「……すごい……」
だが、エレナはすぐに言葉を重くした。
「ただし――致命的な欠点がある」
「……欠点?」
「魔力放出とマナ制御を“戦いながら”同時に行う。
それを常に続けられる精神と技術が必要」
「一瞬でもバランスを崩せば、剣は霧散する」
「最悪の場合……自分のマナに食い殺される」
部屋が静まった。
(……それでも)
エレナは肩をすくめる。
「以上が私の提案。
やるかやらないかはクリス君次第だよ」
逃げ道は用意されている。
やめてもいい。
誰も責めない。
でも俺は――
拳を握りしめた。
「……俺は」
顔を上げ、まっすぐ言う。
「世界を守るために」
「この力が必要なら――」
「魔法剣を、手に入れてみせる」
エレナの目がわずかに丸くなり――
すぐに研究者の目へと変わった。
ゆっくりと笑う。
「……やっぱりね」
その笑顔は、
新しい実験素材を見つけた時のそれに近かった。
でも――
その目の奥に、確かにあった。
クリスという“特異点”への期待。




