ポンコツ大魔導士 エレナ
※エレナ視点
最近、アレンが“変な子ども”を連れてきた。
村で黙々と働いている姿は見かける。
けれど――その魂を覗けば、すぐ分かった。
ひどく不安定で、いびつで、
壊れかけた器を無理やり形に戻したような……そんな魂だ。
……あんな魂、初めて見た。
だが、正直に言えば私には関係のないことだ。
私は私の研究――「マナ」の本質の解析で忙しい。
私のマナは、
“魔道(術式)へ変換すること”に特化している。
だからこそ、剣や身体強化は一切できない。
逆にアレンは、私とは反対で“物質強化・肉体強化”が得意。
ゆえに私は剣を捨て、この道を選んだ。
それに、外に出るのは好きじゃない。
部屋に籠もって研究している方がずっと落ち着く。
今日も、そういう一日――のはずだった。
「エレナ、いるか」
扉越しに聞こえた声に、私は眉をひそめる。
「……夜に何? アレン」
「実はな、折り入って頼みがある」
「珍しいわね。あなたが私に頼むなんて」
幼馴染ではある。
けれど性質も方向性も違いすぎて、普段の交流はほとんどない。
だからこそ、嫌な予感しかしない。
「例の弟子の話だ。クリスがな……
“正義のマナ” に覚醒した」
……は?
「正義? ……マナ?」
淡々と語られる状況を整理する。
歪んだ魂。
「復讐」と「正義」という相反する核。
暴走しかけたマナ。
神名の儀で“正義”を掴み、魂が安定した。
そしてアレンの正式な弟子になった、と。
「なら、あなたが鍛えればいいだけじゃない」
「それが……そう簡単じゃねぇ」
アレンの表情は、珍しく真剣だった。
「剣とマナの相性が最悪なんだ。
剣技は良いが、正義のマナが剣に乗らねぇ」
……なるほど。
マナの相性は人によって全く違う。
私が剣を捨てたのと同じく、
その少年も武器強化系と相性が悪いのだろう。
「なら、身体強化で無理やり合わせれば?」
「それじゃ駄目だ」
「どうして?」
アレンは、言葉を慎重に選ぶようにして口を開いた。
「あいつは……伝承にある“勇者”の可能性がある」
「…………は?」
理解が追いつかない。
ついこの間まで魂がぐしゃぐしゃだった少年が、勇者候補?
アレンは続ける。
「会えば分かる。魂の輝きが違う。
強く、まっすぐで、すげぇ綺麗なんだよ」
(……はぁ)
まったく……面倒事の匂いしかしない。
だが――興味が湧く。
ほんの少しだけ、本当に少しだけ。
「でも、私は家から出ないからね」
「この引きこもりが……」
「なんとでも言いなさい」
言いながらも、少しだけため息をつく。
「……ここに連れてくるなら、見てあげる」
アレンの顔が少し明るくなる。
「助かる。明日連れてくる」
彼が去ったあと、
私は思わず胸に手を当てた。
(……大丈夫かしら、あの子)
心がざわつく。
エレナ――人見知りの大魔導士。
初めて自分から“外の厄介事”に関わろうとしていた。
※クリス視点
アレン師匠に連れられ、ソレナ村の一角にある家の前に立っていた。
「師匠、今日は剣の修業じゃ……?」
「今日はそれ以上に大事なことがある」
そう言うや否や、アレン師匠は扉を開けた。
次の瞬間――
視界は本で埋まった。
棚。床。机。イス。
どこを見ても本、本、本。
「……師匠。ここ、誰の家ですか?」
「あー、言ってなかったな。
俺の幼馴染で、“マナ”に詳しい奴の家だ」
「マナに詳しい?」
「エレナ。大魔導士だ」
大魔導士。
その響きから勝手に想像が膨らむ。
荘厳なローブ。
鋭い眼光。
威圧感に満ちた大人の魔導士――。
だがアレン師匠は一番奥の扉の前で立ち止まり、
「エレナ、入るぞ」
返事も待たず、扉を開け放った。
そこにいたのは――
小柄で、華奢で、
透き通るような白い肌の少女だった。
「……え?」
「アレン。隣の子が、例のクリスね」
「そうだ。こいつが俺の弟子だ」
え?
この人が“大魔導士”?
貫禄は? 威圧感は?
ていうか、どう見ても十代にしか見えないんだが。
エレナはじっと俺を見つめる。
「魂の歪みはもう感じない……
むしろ前よりずっと強く、きれいになってる」
「えっ……分かるんですか?」
「分かるよ。
私のマナで、君のマナに少し干渉してるからね。
心の奥を覗くようなものだよ」
(……すげぇ)
思わず感心したその時だった。
エレナが椅子から立ち上がり――
どさっ。
「……え?」
何もないところで派手に転んだ。
「……っ」
「……」
「こいつ、昔からどんくさいんだ」
アレン師匠の無感情な説明で、すべて理解した。
(……ポンコツだ)
間違いなく“とんでもなく凄い大魔導士”なのだろう。
でも――
俺の中では、
ポンコツ大魔導士 という新しい称号が刻まれた。




