得体の知れないガキと弟子見習い
※アレン視点
「……倒したのは、お前か?」
茂みを抜けた先には、十歳前後の小柄な少年が立っていた。
木刀を持ち、肩で息をしているが――血の気は引いていない。
むしろ、獣を前にした“静かな気配”さえ漂わせていた。
「……剣聖、アレン……」
……は?
思わず足が止まった。
「俺はまだ剣聖じゃねぇ」
「それに――なんで俺の名前を知ってる?」
問いかけつつ、無意識に少年の“気”を測る。
ここは導きの森の浅瀬とはいえ、魔獣の巣窟だ。
まして今倒れているのはハイゴブリン。
大人の冒険者でも油断すれば命を落とす相手。
その化け物を――
十歳そこそこのガキが、息が上がる程度で倒した?
いや、それ以前に。
「お前……なんで逃げなかった?」
“普通の子ども”なら、姿を見たら泣きながら逃げる。
恐怖が思考を奪い、体が固まって動けなくなる。
そうやって死ぬ。
だが少年は、違った。
問いにすぐ答えず、一度噛みしめるように息を吐き――
「……倒せると思いました」
「ハイゴブリンを、か?」
「はい」
迷いがなさすぎる。
これは経験の浅い者の返事じゃねぇ。
「観察していたら、重い傷を負っているのが分かりました」
「そこに全力で踏み込みました」
……観察?
十歳のガキがか?
「逃げるにしても……俺は怪我をしていました」
「逃げ切れる保証がなかったので、倒すほうに賭けました」
判断は無茶だが、論理としては正しい。
こいつ――
恐怖より先に“状況”を考えてやがった。
「……ぶっ飛んだガキだな」
口が勝手にそう言っていた。
そして試すように問いを投げる。
「今の戦いで、お前に何が足りなかったと思う?」
十歳の子どもなら、ただ勝てたことに喜ぶだろう。
だが――
少年は、即答した。
「……全部です」
その言葉に、俺の胸の奥がかすかに熱くなる。
「俺は未熟です。相手が万全だったら今頃、死んでいました」
「実力も、判断も……全部足りない」
……なんだ、こいつは。
年齢と覚悟が釣り合ってない。
まるで、長年の修羅場を潜ってきた武人みてぇな言い方だ。
「……得体の知れねぇガキだな、お前は」
そう呟いた瞬間――
「アレンさん」
少年はまっすぐ俺の目を見る。
逃げず、逸らさず、ただ真っ直ぐに。
「俺を、弟子にしてくれませんか?」
なるほど。
自分の“足りなさ”を理解してなお、俺の前に立った。
その胆力と判断力。
そしてなにより――
その魂の“いびつさ”。
胸の奥がざわつく。
こいつ……ただ者じゃねぇ。
「……自分も修行中の身だ」
「他人に剣を教えるような立場じゃねぇ」
そう口にしながら、俺は少年――クリスを観察する。
(……やっぱりおかしい)
魂の輪郭が歪んでいる。
まるで一度壊れ、別の何かが流し込まれて“上書き”されたような。
理由は分からない。
だが本能が警鐘を鳴らす。
いま剣を握らせれば、こいつは壊れる。
――心が追いつかず、折れる。
「でも俺……強くなりたいんです。どうしても」
切実というより、焦燥感に近い声だ。
「なんでそんなに焦る?」
問いかけると、クリスは言葉に詰まった。
(……ダメだな。秘密がある)
本人すら整理できていない“焦り”が、心に渦巻いている。
理由が分からない者を弟子にはできねぇ。
剣とは、心がぶれたままでは絶対に扱えない。
「まだ十歳そこらだろ」
「魔獣相手にするには早すぎる」
このまま剣を教えても、
力が先に育ち、心が潰れるだけだ。
「……弟子にはできねぇ」
クリスの肩が落ちる。
だが、そこで止めるつもりはなかった。
「だが――弟子見習いなら、してやる」
「……弟子見習い?」
「ああ。俺の村で暮らせ。仕事を手伝え」
剣を振る前に教えることがある。
それは“生き方”だ。
(心を鍛えねぇと、こいつは駄目になる)
剣よりも先に、土と汗の匂いを覚えさせる。
人と関わる生活をさせる。
逃げ場のない日常の中で、心の芯を作る。
少年は少し驚いたあと、深く頭を下げた。
「……よろしくお願いします。師匠」
……師匠かよ。
やれやれ、面倒だ。
だが悪くない。
むしろ――少し楽しみになってきた。
家族の説得を終え、クリスは正式に“弟子見習い”として俺の住む村――ソレナ村へ来ることになった。
ラガン村より大きく、人の気配も多い。
だが、それ以上に気配の“密度”が違う。
空気が澄んでいて、どこか神聖な気配すらある。
「まずは神名様に挨拶だ」
「神名様……?」
「ああ。この村の守り神だ」
案内しながら、俺はずっと感じていた。
(クリスの魂……やけに反応してるな)
嫌な予感がしていた。
祀られた部屋に踏み入れた瞬間――
クリスの姿がふっと消えた。
(あぁ……やっぱり)
神名様の間に“呼ばれた”のだ。
しばらくしてクリスが戻ってきた。
「……どうだった?」
恐る恐る聞くと、クリスは微妙な笑顔で言った。
「……大変な場所ですね。でも……心を鍛えろと言われました」
その瞬間――
クリスの魂の歪みが、わずかに整ったのを感じた。
(神名様の力か……)
心のノイズが薄れ、輪郭が安定している。
まだ“異質”だが、破綻はしていない。
「そうか。じゃあ見習い弟子として――ビシビシ鍛えてやる」
「はい、師匠!」
迷いがない。
覚悟と決意が、声に宿っている。
(……本当に面倒な弟子だ)
だが、その背中には――
久しく感じていなかった“伸びる予感”があった。
こいつは育つ。
必ず、とんでもない剣士になる。
それが分かってしまったから、俺はため息と共に笑った。
「さあ、仕事は山ほどあるぞ。ついて来い、クリス」
新しい弟子(見習い)との日々が、こうして始まった。




