導きの森と慢心、剣聖
俺に足りないもの――
それは、判断力と思考力だ。
回帰前の俺は、盲目的にザースを信じていた。
自分の力がどこまで通用して、どこから通用しないのか。
何も理解せず、ただ後ろをついていった。
力そのものは、昔から器用に扱えていた。
だが、それは「敵が弱かったから」だ。
本当に危険な相手は、いつもザースが片づけていた。
――苦戦した記憶がほとんどない。
今になって思えば、それこそ罠だった。
俺を“育てない”ための環境作り。
弱いまま使いやすい駒にして、捨てるための。
だから今度は違う。
基礎から積み、自分で考え、判断し、選ぶ。
そのために俺は、導きの森へ足を踏み入れた。
浅瀬には弱い魔獣が多く、定期的に討伐されている。
だが奥へ行けば、命を落とす危険性が跳ね上がる。
「まずは、弱い魔獣で感覚を取り戻す」
そう判断した。
草むらが揺れ、ゴブリンが姿を現す。
回帰前なら嫌な思い出が蘇り、足が止まっただろう。
だが今は違う。
ゴブリンが棍棒を振り上げ――
――遅い。
体が自然に動いた。
木刀が軌道を描き、確かな手応えが返る。
倒れ伏すゴブリン。
(……問題ない)
技そのものは錆びていない。
むしろ身体が軽い。
「この調子なら――」
そう思った瞬間。
背後で、空気が膨れ上がる気配。
「――っ!」
反応はした。
だが、判断が一瞬遅れた。
二体目のゴブリンが死角から飛びかかり、
棍棒が脇腹をかすめ――
「くっ……!」
衝撃で体勢を崩し、地面を転がる。
受け身も甘い。
呼吸が乱れ、視界が揺れた。
(しまった……!)
一体倒したことで、安心してしまった。
敵の数も、死角も、周囲も確認していない。
これこそが、俺の欠点。
距離を取り、浅い森へ下がる。
追撃はなかったが、心臓が乱暴に跳ねていた。
「……情けない」
勝てた。
だが、勝った理由は“相手が弱かったから”であって、
俺が強かったわけではない。
もしこれがもっと危険な魔獣なら――
今頃、何もかも終わっていた。
俺は脇腹を押さえ、深呼吸する。
(……やはり基礎からだ)
技だけあっても足りない。
力だけあっても足りない。
必要なのは、状況判断と冷静さ。
最悪を見越し、常に一歩先を考える思考だ。
俺は木刀を握り直し、構える。
――次は、同じ失敗をしない。
森の中で肩を落としながら、俺は自分自身に吐き捨てた。
「……何のために回帰したんだよ」
過信。
慢心。
状況確認の甘さ。
これらすべてが、前の人生で最悪の結果へ繋がった。
ザースの計画を読み損ねたのも、
俺が“考えられない”男だったからだ。
後悔しても意味はない。
必要なのは、学びと修正。
そのとき――
――ぞわり。
背筋が粟立つ。
空気が震える。
「……まさか」
茂みの奥から姿を現したのは――
「ハイゴブリン……!」
浅瀬にいるはずのない魔獣。
明らかに異質な存在。
(なぜ、こんな場所に……?)
一歩下がり、深く息を吸う。
回帰前の俺なら問題なく倒せる相手。
だが今は、十歳の身体。
剣もない。防具もない。仲間もいない。
――状況を読め。今度こそ。
視線を走らせると、ハイゴブリンの体に大きな傷跡。
戦闘後だ。
だが、勝ってこちらへ来たのかもしれない。
油断はできない。
足場、距離、逃げ道――
すべてを確認する。
そして、決めた。
「……今だ」
傷ついている側へ、最短距離で踏み込む。
全身の力を一点に集中し、木刀を振り抜く。
悲鳴。
巨体が崩れ落ちる。
息が整わない。
(……俺は勝てたんじゃない。
相手が万全じゃなかっただけだ)
もし完全な状態だったなら、
逃げる以外の選択肢はなかった。
「……情報を見て、考えて、選ぶ」
これが生死を分ける。
そう実感した瞬間――
「おい、こっちにハイゴブリンが来たって――」
聞き覚えのある声。
姿を現したのは、
若い男だった。
鋭い眼光。
無駄のない立ち姿。
ただ立っているだけで、あたりの空気が張り詰める。
(この圧……まさか)
「……倒したのは、お前か?」
その存在感に、胸が震えた。
「……剣聖、アレン……」
記憶より若く、だが間違いなく。
この男が――後に世界最強と呼ばれる男。
ここから、俺の第二の人生は本格的に動き出す




