新たな決意、そして旅立ち
「……ん……」
重たいまぶたが持ち上がる。
光がぼやけ、世界がゆっくり形を取り戻していく。
「ここは……」
「やっと目を覚ましたのじゃな」
柔らかく包み込むような声。
視線を向けると、そこには――神名様が立っていた。
「邪神の眷族と相まみえ、生き延びたのじゃ。立派なものじゃよ」
「……邪神の、眷族……」
胸の奥に、あの男の狂気と再生が蘇る。
神名様は静かに告げた。
「邪神〈ロドスト〉を信奉し、その血を分け与えられた者たちじゃ。
邪神の血――“魔血”を取り込み、魔族となったのじゃ」
「魔血……だから再生したり、強化されたり……」
「そうじゃ。
力は手に入る代わりに、魂が邪神へと縛られる。
あの男が飲み込んだ黒い球体――あれは“魔薬”。
魔血をさらに濃縮し、強引に力を引き上げる代物じゃ」
魔薬。
それを迷いなく飲み込んだあの男。
背筋が冷える。
すると神名様は視線をこちらに向けた。
「それはさておき――お主、自身のマナと“対話”できたようじゃな?」
「……対話……?」
「あの時の声じゃよ。
特別なマナには意志が宿る。
お主のマナは、まだ完全ではないが――確かに“心”を持っておる」
(あの声……俺の心の“主人”と言っていた……)
神名様は微笑む。
「今はまだ時ではないゆえ、姿を現すことはできぬ。
だが、いずれ“その意志”と向き合うときが来るじゃろう」
胸の奥に、淡く光が灯る。
そして――神名様は優しく言った。
「アレンを救ってくれたな。礼を言おう」
「……突然、どうしたんですか」
「守り人は、我ら神界にとって子のような存在じゃ。
アレンは童の大切な守り人。
その命を救ったのじゃ。誇ってよい」
少し泣きそうなほど、優しい声だった。
「いえ……当然のことをしただけです」
「それでも――ありがとうじゃ、クリス」
胸の奥が温かく震えた。
沈黙が落ち、
俺はふっと決意を口にした。
「……神名様。俺、一度……ラガン村に帰ろうと思います」
神名様は否定せず、静かにただ頷いた。
「夢の中で、思い出しました。
俺が強くなりたい理由を。
ラガン村を……守りたいんです」
「……そうか」
神名様は微笑んだ。
寂しさと誇りが混ざった、優しい笑み。
「ならば、童の“加護”を授けよう。
お主の心が善へ向かうたび、その力は育つ。
この村におらずとも、心の成長は続くじゃろう」
「……ありがとうございます」
「お主はもう、童の家族のようなものじゃからな」
その言葉に――胸が熱くなった。
「では行くがよい。お主の未来は、まだ広がっておる」
意識がふっと薄れていく。
神名様の姿が霞み――世界が再び色づいた。
「……ん……」
ゆっくりと体を起こすと、
視界にアレンとエレナの顔が飛び込んできた。
「三日も寝てたんだぞ、馬鹿弟子」
「三日……?」
そんなに眠っていたのか。
だが不思議と体は軽い。
深く淀んでいた何かが洗い流されたような感覚があった。
「クリス君……」
エレナが、じっと俺を観察する。
「交わらないはずの“心”が……融合してる」
「融合……?」
「正義のマナと、本来のマナ。
本来なら絶対混ざらないのに……あなたの中で馴染み始めてる」
そうか。
魔族との戦いで、あの力を使ったとき……
「マナが話しかけてきたの……?」
「まあ、そういうことだと思います……」
「……情報量が多すぎて追いつけないわよ!!」
エレナは頭を抱えたが、数秒後には溜息とともに整理していた。
「要するに、クリス君は身体も心もまだ未完成。
だから“完全開放”すると壊れるの。
今回はギリギリ耐えたってだけ」
「……はい。わかってます」
「ほんと無茶するんだから……」
エレナは、呆れたように、それでいて優しく笑った。
そのときアレンが、ゆっくり言った。
「クリス。これからどうする」
深呼吸して、静かに答える。
「……ラガン村に、帰ります」
アレンは少し寂しそうに、しかし誇らしげに頷いた。
そして、傍らに置いてあった“一本の剣”を手に取った。
「これを、受け取れ」
差し出されたのは、
新品の剣。
「……卒業、おめでとう」
呼吸が止まった。
「今日からお前は、俺と同じ“剣士”だ」
「……え……」
「勘違いすんなよ。俺はお前に救われた。
お前がいなきゃ、俺はここにいない。
感謝してる」
胸が熱くなる。
「……し、師匠……」
「違う」
アレンはまっすぐ言った。
「これからは、アレンだ」
「対等な存在として呼べ」
「……はい」
「アレンさん」
「よし」
その横で、エレナが一歩進み出る。
「じゃあ、私からも」
差し出されたのは――指輪。
「魔力制御の補助装置。
あなたには、まだ必要でしょ?」
「こんな貴重なもの……もらえないよ」
「いいの」
エレナはほんの少し照れながら言った。
「研究に、家事に……助けられっぱなしだったんだから」
「……エレナさん」
胸の奥が温かく染まる。
この村で過ごした一年。
厳しく、つらく、
でも――俺の人生を変えた、大切な日々。
「……村のみんなにも挨拶してきます」
そう言うと、
ソレナ村の人たちは口々に笑顔で見送ってくれた。
「また来いよ、クリス!」
「今度はゆっくりしていけ!」
手を振るたび、胸の奥が少しずつ熱くなった。
――帰る場所が、ひとつ増えた。
……そして守る場所は、もっと大切になった。
俺は、ゆっくり村の入口へ歩き出す。
(待ってろ、ラガン村)
復讐に生きるはずだった少年は、
“正義”を選んだ。
だが――




