導きの森再びと成長の実感
導きの森――中層。
かつて、震えながら命がけで足を踏み入れた場所。
浅瀬の魔獣たちは、アレン師匠が睨んだだけで散っていく。
「……この辺でいいか」
師匠が立ち止まった先にいたのは――
「……ハイゴブリン」
あの日、俺の全てを試した相手。
傷をつけて、必死に避け、
最後の一撃で倒した“初めての強敵”。
記憶が、嫌でも蘇る。
「よし。あれを一人で倒してみろ」
「……え?」
「“え”じゃねぇ。今のお前なら簡単に倒せる」
簡単に――?
そんなわけがない。
ハイゴブリンは“手負い”でさえ、命懸けだった相手だ。
今回は万全。
あの時より強い。
逃げたくなる本能が騒ぐ。
……怖い。
「大丈夫だ」
師匠の一言が、背中を軽く押した。
「逃げる理由は、もうないだろ」
――そうだ。
俺は、変わりたいと願ってここまで来た。
守れる男になると決めた。
ここで逃げたら、あの日の俺と何も変わらない。
剣を構える。
呼吸が静かに整っていく。
(……行くぞ)
一歩。
いや、一歩踏み込んだだけだった。
ハイゴブリンが気づき、棍棒を振り上げて突っ込んできた。
だが――
(……遅い)
思わず目を見張った。
体が勝手に動く。
無駄な力が抜けて、自然に流れるように足が動いた。
相手の攻撃が――
見える。
避けられる。
怖くない。
「――とうっ!」
自然と剣が振り抜かれた。
次の瞬間、
ハイゴブリンは地面に崩れ落ちていた。
……終わった。
呼吸が乱れない。
胸の奥にあった“恐怖”が嘘のようだ。
(俺……強くなってる……)
それが実感として胸に広がった。
「どうだ?」
振り返ると、師匠がにやりと笑っていた。
「成長した実感は湧いたか?」
「……師匠。どうして……こんなに……」
アレン師匠は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「魔法剣ばかり見てたが……
その間もお前は、毎日積み重ねてきたんだ」
「村の仕事も、修行も、心も体も。
積み重ねりゃ、そりゃ強くもなる」
「……俺が……」
「そうだ」
師匠は俺の頭を、わしわしと撫でた。
その手は、温かかった。
「魔法剣に苦戦して、焦ってんの、手に取るように分かってた。
だからよ――“今のお前”を知っておく必要があったんだ」
胸が熱くなる。
俺は、足踏みだと思っていた。
前に進めていないと思い込んでいた。
だが実際は――
ゆっくりでも、確実に、前へ。
「……ありがとうございます、師匠」
心の靄が晴れるような感覚があった。
「よし。今日はここまでだ」
森の奥へ視線を送り、師匠は続けた。
「魔法剣はな、簡単にできねぇから価値があるんだ。
焦らず、積み重ねろ」
その言葉を胸に刻み込む。
倒れたハイゴブリンをもう一度見下ろした。
――俺はまだ未完成だ。
だけど、歩みは止まっていない。
確かに、前へ進んでいる。
※アレン視点
やっと気づいたか。
クリス、お前は確実に強くなっている。
こいつは真面目すぎるほど真面目だ。
村仕事、心の訓練、マナ制御、剣の修行。
十歳そこらのガキが音を上げてもおかしくない。
それでも一度も逃げなかった。
まして回帰者だ。
前の人生を知っていれば、
プライドが邪魔をしたり、驕ることもあるだろう。
だが――
クリスは違う。
一つずつ受け止めて、
悩んで、考えて、
焦っても投げ出さずに積み重ねてきた。
……面倒なほどに、真っ直ぐだ。
魔法剣について言えば――
正直、俺だって使える気がしねぇ。
しかもこいつは
“二つのマナを抱えている”という異常者だ。
普通なら、マナを扱うどころか精神が壊れる。
だがクリスは、それを当然のように扱っている。
(……やっぱり、何かあるな)
才能か。
運命か。
それとも――もっと厄介な何かか。
理由はまだ分からない。
だが、一つだけはっきりしている。
教えられることは全部教える。
そしてこいつがどこまで行くのか――
俺が最後まで見届ける。
それが、師としての覚悟だ。




