1年の成果と実践に向けて
魔法剣の修業を始めて、一年が経った。
身体は鍛えられ、マナの制御も、当初に比べれば何倍も上達している。
村仕事でもマナを自然に扱えるようになり、
村の大人たちより早く動ける場面も増えた。
――それでも。
魔法剣だけは、完成には程遠かった。
魔力を刃として放出する段階までは行ける。
しかしそれをマナで“剣の形”として安定させる瞬間――
霧のように散ってしまう。
一合目だけは、魔法剣でも打ち合える。
だが二合目に入る頃にはもう形を維持できず、
結局、木刀に戻る。
そんな日々が延々と続いていた。
「……どうしたらいいんだろう」
思わず独り言が漏れた。
「ふむ、その悩み、分かるよ」
机に肘をつきながら、エレナが言った。
眠そうな目なのに、頭脳だけは常に冴えている。
「私が思うにね、クリス君」
エレナは片手を立て、指を一本立てた。
「君は、自分の“概念”をひとつ捨てる必要がある」
「概念……?」
「そう。固定概念」
エレナは軽く頷いた。
「『これはこういうものだ』
『こうでなければならない』
そういう思い込みは、思考を止めるの」
「世界には当たり前が溢れてる。
でもね、その当たり前を疑えたときにしか、
次の一歩は踏み出せない」
胸の奥に、何かがすとんと落ちた。
(……固定概念か)
そうだ。
俺は常に“剣”として魔法剣を扱おうとしていた。
実体剣と同じ形。
実体剣と同じ使い方。
剣としてのフォーム。
全部、前世から引きずっている“剣の常識”だ。
「つまりね、クリス君」
エレナは静かに言う。
「魔法剣を“剣”だと思ってる限り、
君はそこから先に進めないかもしれないよ」
その言葉は胸の奥でずっと反響していた。
(常識を……覆す)
やるしかない。
前世の経験に縛られている場合じゃない。
「……もっと修業ですね」
「そういうこと」
エレナは、助手を得た研究者のように満足げに頷いた。
さらに訓練を続ける中で、
俺はようやく“自分のマナの癖”を掴み始めた。
――俺のマナは、“他者”を拒む。
剣。
槍。
道具。
外側の物質へ流すと、
途端に霧散する。
対して――
自分自身の体や、体内の魔力へは驚くほど素直に馴染む。
通常のマナは
“外へ作用させる”力でもあるが。
俺のマナは――
徹底的に“内向き”だ。
そしてもう一つ。
俺の中には“二つのマナ”がある。
本来のマナ
そして、覚醒した「正義」のマナ
この“正義のマナ”はあらゆる現象に干渉する力を持つ。
だがそれは同時に、不安定さも孕んでいた。
――特に、感情が揺れたとき。
怒り、焦り、決意。
強い感情が起きるほど、正義のマナは過剰に反応し、
もう一つのマナを巻き込み、制御が乱れる。
だから、剣に乗せれば――壊れる。
力を使おうとすると――噛み合わない。
(……どうすれば……)
答えが見えない。
正義のマナを扱える感覚があるのに、活かせない。
そう悩んでいた時だった。
「よし。実戦で身につけるか」
振り返ると、アレン師匠が立っていた。
「……師匠?」
「この一年で、心のマナは育った。
器も形も、もう崩れていない」
アレン師匠は真剣な眼で俺を見つめる。
「これから先は――実戦だ」
「じ、実戦……?」
「導きの森の……?」
「中層以上に潜る」
「い、いきなり!?」
「あぁ。前までは心のバランスに不安があった。
だが今のお前は違う。状態はいい。行ける」
師匠は一本の剣を差し出した。
「魔法剣が使えなくてもいい。
まずはこの剣で戦え」
手に取った瞬間、
不思議としっくりきた。
(……これ)
「俺のお古だ。だがまだ現役だぞ」
アレンは豪快に笑ったあと、
少しだけ真面目な声で言った。
「これまでの稽古で分かった。
クリス、お前なら中層でも戦える」
喉が鳴った。
恐怖――ある。
正直に言えば、怖い。
あのハイゴブリンのときの恐怖が、
鮮明によみがえる。
それを見抜いたかのように、
アレン師匠は静かに言った。
「お前が今まで、誰の剣を見てきたと思ってる」
「……師匠の……」
「そうだ。自分を信じろ。
お前は、もう逃げるために森へ入るんじゃない」
師匠の眼は揺らがない。
「――戦うためだ」
俺は深く息を吸い、
ゆっくりと頷いた。
「……はい」
こうして俺は、
再び導きの森へ向かうことになった。
今度は、あの日の続きではない。
ここからが、本当の戦いの始まりだ。




