裏切りと回帰
「……くそ、ここまでか」
呼吸が荒い。
剣を握る手が震える。
胸の奥で、何かがきしむ音がした。
(どうして、こうなった――)
皇族暗殺。
その濡れ衣を着せられ、仲間に追われ、味方は誰もいない。
逃げ場も、立場も、明日すら無い。
そして。
「よぉ、クリス」
その声が、背後から聞こえた瞬間――
胸の奥で何かが崩れた。
振り返る。
そこに立っていたのは、俺を騎士へと導いてくれた男。
……信じていた男。
刃が閃いた。
反射的に身をひねり、首筋すれすれでかわす。
「さすがだな。この一撃を避けるとは」
笑っている。
その笑みの裏に、黒いものがはっきりと宿っていた。
「状況が飲み込めてないな、クリス。
お前は――皇族殺しの大罪人だ」
胸が、ひりつく。
「……なんでだよ……」
「なんで、こんなことを……!」
「あー察しが悪いな」
「教えてやるよ。お前は……これから始まる革命の“捨て駒”だ」
捨て駒。
その言葉が、ゆっくりと胸に沈む。
「いつから……」
「最初からだよ」
「お前を騎士にしたのも、そのためだ」
視界が揺れた。
これまでの努力、信頼、友情――すべてが嘘だった。
「あの第三皇女はな……平民聖女の娘だ」
「平民の血が皇族に混じるなど、許されると思うか?」
(……そういうことか)
第三皇女セリーヌ。
俺が警護していた、あの優しい少女を――
“不要な血”だからという理由で殺した。
それを俺の罪にしたのか。
「話は終わりだ」
男は禍々しい魔道具を取り出した。
次の瞬間――
胸が強く締めつけられ、膝が崩れる。
「その魔道具はな」
「騎士の誓いのとき、お前に仕込んだ《起動装置》だ」
体が動かない。
意識が遠のく。
「貴族だったら使えたのにな、お前は」
「じゃあな、くそ平民」
刃が振り下ろされ――
――世界が暗転した。
………………………………
静かな声が響いた。
――いいえ。
あなたはまだ、やり遂げていません。
(……声?)
――聖女の力で、あなたを“ザースに出会う前”へ戻します。
この国を……いえ、この世界を救ってください。
光が満ちていく。
そして――
目を開けると、そこは――
「ラガン村……」
懐かしい家。
家族の笑い声。
幼馴染たちの遊ぶ声。
そして。
「クリス? ここにいたの?」
小さくて、儚げで、温かな声。
振り返ると、幼馴染のエルが立っていた。
その姿を見た瞬間、涙がこぼれた。
(……戻ったんだ。本当に)
――だが、この村は五年後に滅ぶ。
全てが焼かれ、家族も、エルも、誰も残らない。
そして“救世主”として現れたザースに、
皆が感謝と称賛を送った。
……違う。
「全部……あいつの自作自演だったんだよな」
喉の奥から、黒い感情が込み上げる。
ザースへの復讐。
第三皇女を救えなかった後悔。
そして、この村を――未来を取り戻すため。
泉へ向かい、水面に映る自分を見る。
映っていたのは、十歳ほどの幼い俺。
(五年……五年あれば、変えられる)
拳を握る。
「次は……守る。誰も失わないために」
ラガン村の穏やかな風が頬を撫でた。
俺は、静かに立ち上がった。
俺は強くなる必要がある。
剣も、魔術も、情報も、金も。
そして――
記憶がある今なら、探しに行ける。
「剣聖アレン……
この時代ならまだ無名のはず」
平民出身の剣聖。
そして――
「魔道王エレナ……この村の近くの出身だったはず」
この世界最強の剣士と魔導士。
二人を同時に師として迎えられる可能性がある。
(回帰前にはできなかったことを……全部やる)
木刀を握り、小さく息を吸う。
「この道は……俺が選ぶ」
過去を変えるためではない。
未来を守るために。
――俺は、歩き始める。




