双子本問題
ある日、タイトルが同じ2つの書籍が、同じ日に同じ出版社から出版された。
装丁は共にシンプルで、一方は白いハードカバーに黒文字のタイトルが載っており、他方は黒いハードカバーに白文字の同じタイトルだった。
著者は共に誰も知らない2人の無名作家だった。
2つの書籍にはキャッチコピーや帯がなく、出版社もその2つの書籍の宣伝を一切行っていなかったので、本の内容は全く不明であった。
その2つの書籍は、ある街の1軒の書店の新刊コーナーに隣り合って並べられた。
最初にその本を手に取ったのは、その街に住む読書好きの女子高生であった。
新刊コーナーでその2つの書籍に目を留めた彼女は、初めはそれらをシリーズものだと考えたが、シリーズものを示す表記はどこにも見当たらなかった。
彼女にとって特に興味が惹かれるタイトルではなかったが、帯が無く、著者の名前が異なっていることに気付いて不思議に思い、それらを手に取って開いてみた。
共に最初のページには目次が載っていたが、各章のタイトルやページの構成など、共に全く同じ内容であった。
更に数ページに目を通してみると、小説のようであったが内容は全く同じで、共に296ページで終わっていた。
スマホを手に取りネットで調べてみたが、その書籍や著者に関する情報を見つけることはできなかった。
彼女は2つの書籍をレジに持っていき、店員にその2冊の書籍は同じ内容ではないか、と聞いてみた。
店員は、その書籍に関する情報は一切知らされていないこと、店員自身はまだ数ページに目を通しただけで読み終えていない事、著者が違うので同じものではないだろう、とだけ彼女に言った。
彼女はそれらが同じ内容の本であるがどうかを確かめるためにその2冊を買った。
その2冊の内容を数日で比較し終えた彼女は、タイトルと内容が全く同じで、装丁と著者だけが異なる2つの小説が出版されていることを、SNS上で「双子本」と称して伝え、本をこよなく愛する自分には何故このような出版をするのかが理解できない、誰か理由を解明してほしい、と訴えた。
双子本の話はSNSを通じてあっという間に広まっていった。
SNS上では、その双子本に関する様々な解釈や憶測が飛び交い始めた。
程なくして双子本を購入したい、という声が増え始め、同時に双子本を置く書店の数も増えて行った。
それと共に双子本の販売部数も伸びていき、出版社は増版を行った。
双子本を購入してその内容を比較した誰しもが全く同じ内容だと考えた。
ネット上では多くの人が出版社に対して、詐欺ではないか、著作権侵害の問題はないのか、著者は同一人物ではないのか、単なる話題作りのための低俗な手法だ、といった批判、疑問や、新たなプロモーション手法の誕生だ、などど言って出版社を称賛するようなコメントなどを寄せていた。
一方出版社はそれらに対して、同じ内容であるかの判断は読み手次第であること、著作権侵害に関する問題は起きていない事、著者の情報に関しては著者本人の意思を尊重して一切公表できないことを繰り返し伝えていた。
出版社は更に、売上を伸ばす為の単なるインチキな手法ではない、同じ内容の本だと思う人はどちらか一冊だけ買えばよい、と反論した。
様々な批判に晒されているにも関わらず、双子本の販売部数はどんどん伸びていき、その話題は「双子本問題」と称されて全国規模になるまでに広がっていた。
ある書評サイトには、双子本に関して句読点の使い方を含め一字一句漏らさずに比較した結果、本の紙質、文字フォントの違い、栞紐の材質や織り方の違いを調べた結果など、様々な観点から比較、解析を行った多くの結果が投稿されていた。
中には特殊な薬剤を本にかけたり、本を火で焙ったりした者もいた。
おかげで他の書籍に関する書評はすっかり埋もれてしまい、全く目立たないものになっていた。
批評家やワイドショーのコメンテイターなどは連日「双子本問題」に関する様々な独自解釈を展開していたが、どれも根拠のない憶測に過ぎなかった。
だが、双子本の発行部数は伸び続けていた。
他の出版社の中には「双子本問題」に乗じた二番煎じ手法で、自らが独自に双子本を企画、出版し、その相違点を最初に見つけた読者には賞金を贈呈、などというキャンペーンを張って「双子本」を出版したり、賞金付きの「3つ子本」や「4つ子本」を出版する出版社も次々と現れ、更にはその攻略本を出版する企業さえあった。
双子本ビジネスは長年低迷していた出版界を盛り上げる起爆剤になっていた。
だが事の発端となった「双子本問題」の決着などはすっかり蚊帳の外に置かれ、出版界は双子本ビジネスの新たな手法の開発に心血を注いでいた。
だが、1年もすると双子本ビジネスはすっかり勢いを失っていた。
もはや双子本を買う者はいなくなっていた。
出版界は双子本ビジネスでは売り上げが稼げないことを知ると、潮が引くように双子本ビジネスから撤退していった。
それから更に20年の年月が流れた。
最初に双子本を手にした読書好きのあの女子高生は結婚して15歳になる女の子の母になっており、彼女もまた母親譲りの読書好きであった。
ある日彼女が高校から帰宅したときの事だった。
家の玄関の前には大きな段ボール箱が置かれてあった。
彼女がその段ボール箱の中を覗いてみると、そこには沢山の本や雑誌が乱雑に詰め込まれてあり、その1番上には、ホコリを被った黒いハードカバーに白文字のタイトルのある1冊の本が放り出されたように転がっていた。
玄関のドアを開けて出てきた母親は彼女に気付くと、それらは処分する古い本や雑誌だと言った。
彼女がその黒いカバーの本を読んでよいか、と母親に聞くと、母親はしばし段ボール箱を覗いた後で、読んでも良いが下らない本だ、と言って彼女にその本を手渡し、持って来た古い本や雑誌を乱暴に段ボール箱に放り投げると、また家の中に戻っていった。
彼女はその本の黒いハードカバーに被っているホコリを手で丁寧に払い落とすと、自分の部屋に戻ってその本を読み始めた。
彼女がその本を読み終えた時、時計は夜の11時を回っていた。
それは彼女にとって、久々に夢中になって読んだ本だった。
食事を自分の部屋に持ち込んで食べながら読んだほど、惹きつけられた本だった。
彼女はその本が彼女に与えてくれた感動にしばし浸っていた。
だが彼女には、何故母親がこの本を「下らない本だ」と言ったのかが理解できなかった。
こんなに素晴らしい本なのに...
彼女は大切にその本を本棚にしまうと、部屋の明かりを消して布団に入った。
玄関の前に置かれた、明朝に回収される段ボール箱の底には、あの双子本の一方である白いハードカバーの本が入っていた。
そんな事を全く知らない彼女は、布団の中で本の最も感動的な一節を暫く反芻していたが、やがて静かに眠りについていった。




