1-5 芸達者な名犬ロッシー
――堤三千世の視点から――
変態騒動から一夜明け、必要な道具を揃えた俺は二枚分のトーストを焼き朝食の準備をする。
「行くぞオラー!」
「オウフ!」
ニナとロッシーは朝から元気いっぱいで、ソファーの上に立った相棒はプロレスラーが挑発する様に手招きをした。
「とおー!」
「オウン!」
それを合図にマスクドコケシの魂を宿したニナは助走をつけこけしロケット――要はダイビングヘッドバッドを放つ。しかしロッシーはすかさず直前で回避、彼女はソファーに沈み渾身の技によって盛大に自爆してしまう。
「どう!? マスクドコケシの名場面!」
「オウン!」
おそらくこれには元ネタがあるのだろう。プ女子という言葉もあるし別に女の子がプロレスに興味を持っても変ではないが、ここ最近は物を壊す等実害を伴い始めてきたのでそろそろちゃんと注意したほうがいいかもしれない。
ちなみにマスクドコケシとは新進気鋭のプロレスラーで、こけしの様に細長く引き締まった身体とガラガラ声が特徴的な謎の覆面レスラーだ。ただ一応正体不明という事にはなっているが、確実に正体は山形出身のあいつだろうな。
だがマスクマンの正体がバレバレでもそれに触れないのがプロレスのルールだ。なので決してドラゴンさんの様にお前平田だろ、なんて言ってはいけないのである。
「朝っぱらからあんま暴れるな、埃が舞うから」
しかし多少理解出来なくても子どもの好きな事を否定するのはやっぱりなあ。俺は結局ニナに厳しく言う事が出来ず、子供を叱れない現代の親としての役割を全うしてしまう。きっとこういう駄目な親が公共の場所で子供がやらかした時にネットで叩かれるんだろうな。
「えー、折角一生懸命教えたのにー。子供の可能性を潰す駄目なタイプの親だー」
「オウーン」
思った様な反応が返らず、ニナとロッシーはしょんぼりと肩を落としてしまう。ただ実際身体能力は高いし、そのうち本当にプロレスラーや格闘家になる可能性はあるかもしれない。親馬鹿と言えばそれまでだけど。
「子供の可能性というよりむしろロッシーの方が凄かった気もするが。いつの間にそんな芸を覚えさせたんだ?」
「私の指導の賜物だよ! ほら、いつかマスクドコケシと戦う時が来るかもしれないじゃん! プロレスは事前の対策がモノを言うんだよ! もしも野生のマスクドコケシが現れたらこうやって空振りさせてリングアウトさせるの!」
「オウン!」
「そうか、いつかそんな日が来るといいな」
おそらくそんな日は永遠に来ないだろうが俺は適当に受け流し夢を壊さない様にした。だがこれを動画で撮影してネットに挙げれば話題になるかもな、芸達者な犬の方が。
俺は焼き上がったトーストを回収、焦げ目を確認する。うむ、いい感じにこんがり焼けて美味しそうだ。これを食ったらさっさと今日の仕事を始めるとしよう。




