2-2 ミステリー小説の現実
――堤ニナの視点から――
肌寒い初秋の風に耐え、私はロッシーと一緒に警察署の前でパパを待っていた。
子供と犬と警察署の組み合わせは悲劇的なストーリーの妄想を掻き立てるからなんかいいよね。どうせなら刑務所の前とかの方がもっといいけど、チャウチャウのロッシーはヒューマンドラマに出演するにはちょっと大きくてもふもふ過ぎるかな。
「うげ」
「お帰り、パパ……! 私、良い子にしてずっと待ってたよ……! 私はパパが事案野郎の変態でも大好きだよ!」
警察署から出たパパは嘘泣きをした私を見て回れ右をして戻っていく。そんな事をせざるを得なかったのは良からぬ想像をした通行人がざわついていたからだろう。
「ニナ、誤解を招く発言で俺の社会的地位を下げるな。普通に事情聴取をしていただけだ」
「あれ、パパに今更失う様な社会的地位なんてないよね? セクハラと痴漢で懲戒免職になって社会のド底辺で生きてるパパに」
「お前は一応義理の娘だがパイルドライバーをぶちかましていいか」
「きゃー、パパが義理の娘に身体的虐待をしようとしてるよー! 無抵抗な義理の娘を逆らえなくなるように調教しようとしているよー!」
「……ったく、俺が悪かったから黙ってくれるか」
「オウフ」
「ロッシーも待ってくれてありがとうな。もうお前だけが心の支えだよ」
私の悪ふざけにたじたじになったパパはとてとてと近付いたロッシーをわしゃわしゃと撫でた。むう、私にはあんな事しないのに。もふもふは事案野郎でも虜にするんだね。
「でも大変な事になったねー。私はよく知らないけど人が死んじゃったんだよね。ねえパパ、探偵なら事件を解決してみようよ。私も小学生探偵になるから!」
「俺はそういうタイプの探偵じゃない。探偵が刑事事件を解決するのはフィクションの中の話だ。第一小学生探偵が麻酔針で眠らせて事件を解決しまくったら警察は無能な税金ドロボーって文句を言われちまう。ガキが麻酔なんてホイホイ使ったら法律に抵触するし」
「むー、そこはまあうん、なんとか適当に」
「普通の探偵だとしても勝手に捜査したら法的に問題がある。今はフィクション作品だろうとコンプラがうるさいんだ。そういう事がしたけりゃ私人逮捕系の迷惑動画主になれ。普通に捕まるし報復で殺される可能性もあるけどな」
私がそう提案すると夢のないパパはミステリー小説を全否定するような発言をした。特定の名探偵をピンポイントで批判した気もするけど、怒られそうだからあまり掘り下げないでおこう。
「元も子もない話だが警察組織なんてものは優秀な探偵が何万人と集まってる様なもんだ。法律で強大な権限を与えられて、最先端の科学技術でわずかな痕跡から犯人を特定して検挙する。仮にシャーロックホームズが百人集まって十人くらいの警察と犯人を先に捕まえる競争をしたとしても秒殺されるだろうな。シャーロックホームズは作者がわかりやすいヒントを用意してくれたから名探偵になれたんだ。名探偵は最先端の科学技術を使った捜査をする事も蓄積された膨大なデータベースにアクセスする事も出来ない。現実ではもうミステリー小説みたいなシチュエーションは成立しなくなったんだよ」
「むぐぐー。そうだけどー。いけずー」
パパは探偵ごっこをしたい私を論破してしまう。実際その通りだしぐうの音も出ない。そりゃ私だって子供じゃないからわかってはいるけどさー。
「わかったらロッシーと散歩しておけ。折角ここまで連れてきたんだし」
「オウフ!」
「ちぇー。わかったよ、もう」
普段はぐうたらなくせにロッシーはおねだりする様に元気よく吠えた。仕方がない、いつも通りこの可愛くて仕方がないもふもふ犬と一緒に遊ぼうか。