1-12 文化祭開幕
そして文化祭当日、俺は再び聖カラマーゾフ学園を訪れていた。もちろんその目的は文化祭を楽しむためではなく、隠蔽工作の仕込みや盗撮カメラの回収だ。
名門校だけあって文化祭もかなり大規模で無駄にクオリティも高く、最早実際に自治体や団体が企画したイベントとも遜色はなかった。正直演劇のレベルの低さでどうせ大した事ないだろうと舐めていたが、あれが特別悪かっただけの様だ。
「うぇへへー。パパとデートだ」
「違うっての」
だが何故か俺の隣にはニナがいて、彼女は腕に抱き着きこれでもかと甘えてくる。慕われているのは素直に嬉しいが、世間体もあるしそろそろ程々に反抗期になって欲しかった。
「自然に振舞ってくれよ、俺は仕事で来ているんだから」
「わかってるよ! パパのために助手の私がしっかりと任務をこなすね!」
なお彼女がこの場にいるのはちゃんと理由がある。学園の文化祭に縁もゆかりもないオッサンが一人でコソコソしているのはやや怪しまれるが、こうして親子連れを装えば多少は警戒されなくなる。ニナはそう主張し強引について来てしまったのだ。
本音では普通に遊びたかっただけだろうが、確かにその意見は一応理にかなっている。もっともそれ以上に不安要素を抱える事になってしまうので、一概に良いとは言えないのだが。
「あ、これパンフレット! ゲストとかもいろいろ来るみたいだよ!」
「すげぇな、葵錦が来るのか」
また会場案内のパンフレットを見ると、アイドルグループのNagoya300の元センターで現在は女優として活動している葵錦もゲストとして来るらしい。
アイドルを引退した今は昔ほど忙しくはないが、海外でも活躍して知名度があるのでむしろ芸能界でのランクでは今のほうが遥かに上だ。
普通はそんな大物とは交渉すら出来ないがそんな人間を呼べるなんて流石は名門校だ。一体どれだけ金を払えばそんな芸当が出来るのだろうか。
「あとこの百キログラムマラソンって企画も面白そうだね」
「百キロマラソン? んなもん一日で終わらないだろ。車でワープすれば別だけど」
「違うよ、体重百キロの人が学校の中の物を急いで食べながらレースをするんだって」
「足の速さと食べる速さと胃袋の容量が求められるわけか。バラエティー番組の企画みたいだな。つーか水曜日に似た感じの事をこの前やってたな」
ニナはもう一つ、なんとも俗っぽい企画に興味を示した。肥満体系の人がマラソンをするのは危険だが、メインはフードファイトになるのでその辺は問題ないだろう。そのうち違う局のライバル番組で実際にやるかもしれないな。
「お、ホッピングババアレースってのも面白そう! ババアの格好をしてぴょんぴょんしながらレースするそうだよ」
「ホッピングババアとは懐かしいな。昔ブームになったけど」
「うん、最近また学校でも噂になってるよ。下校途中に現れた関西弁のオバちゃんがお茶飲むか、って誘って断ったら鬼のような形相でジャンプしながら猛スピードで追いかけてアルゼンチンバックブリーカーを決めるんだって。私の友達の友達も会った事があるそうだよ」
「ただのヤバいオバチャンの様な気もするが。昔似たような奴と会ったがまさかあいつか? しかしどの企画も随分とバラエティー寄りだな」
ホッピングババアとは一昔前に流行った怪談、ターボババアの亜種だ。似たようなものでジェットババア、ブーメランババア、クソカケババア等がいるが、最後のはただのヤバいばあさんなのだろう。
それにしても俺にトラウマを植え付けたオバチャンは今何をしているのだろう。きっと今日もどこかで猫ちゃんに害を為す人間を半殺しにし、鉄球ジジイとともにババア系の怪異として語り継がれているんだろうな。
「むむ、でも広すぎるね。食べ物もたくさんあるし全部食べ切れないよ。ねえパパ、パパはフランクフルトとチョコバナナとアイスキャンディー、どれを食べている私を見たい?」
「真っ先に下ネタに走るな。食いたいものを食えばいいだろ。つーかこの前のアレがあってよく食えるな」
「じゃあフランクフルトにしようっと!」
迷ったニナは比較的腹にたまるフランクフルトを選択した。しかし屋台の説明をよくよく見てみると、安売りされた業務用のものではなく系列の農業高校で生産した豚肉を使っているらしい。
なお既出のチーズタルトに使っているチーズも同様だ。一応ちゃんと学園要素はあるというわけか。
本音を言えばビールでもあればもっと良かったんだが。よし、俺もフランクフルトを買ってみるか。俺はそう考えフランクフルトの屋台の前に移動した。
「ドスコイドスコイドスコーイ!」
「へいお待ち!」
「のおお!?」
「わー!?」
だが購入しようと屋台に近付いた瞬間巨漢の男達が大挙して現れ、屋台を蹂躙し用意されたフランクフルトを奪って貪り食らってしまう。
「ごっつぁんです!」
「頑張ってね!」
「いいぞいいぞ、ラグビー部に負けるな! 相撲部の意地を見せろッ!」
「畜生ッ! あんな脂肪の塊に負けてたまるかッ!」
完食に要した時間はわずかに数秒程度。生徒達から声援を受けた彼らは嵐の様に去っていき、別の屋台の食べ物を食らい尽くしていった。
「はにゃ~ん、こんな大きなフランクフルト食べられないよぉ~!」
「ゴリラが気色悪い声を出すなッ! オラとっとと食えッ!」
「ん、じゅ、んぼぉっ!」
なお一部の柔道部員は胃袋が限界に来ていたらしく、弱音を上げる彼の口内に仲間が強引に肉棒を突っ込んだ。なおこれは普通にフランクフルトを食べているだけなので別に何も変な行為をしているわけではない、念のため。
「ねえパパ……これじゃないだろーッ! こんなのいらねーよーッ! 誰が得するんだよーッ! ネタ被りはやめろよーッ!」
先に悪ふざけをしようとしたニナは悔しがりながらフランクフルトをバクバクと食べる。そこにはもちろん色気は一切無く、ただのわんぱくな子供にしか見えなかった。
「大人の事情じゃないか。お前も下ネタは程々にな」
「ぷいぷいっ!」
俺は不機嫌そうなニナを適当にあしらいフランクフルトをかじる。うん、スパイスも効いていて肉汁が溢れ出してなかなか美味い。決して高級ではないが練り物の様な冷凍の安物とは大違いだ。