1-11 世知辛いもふもふの優しいチーズタルト
後日、順調に盗撮の証拠を集めた俺は報告書をまとめ再び校長室を訪れる。
結論から言えば犯人は隅地教頭だった。人は見かけによらないとは言うが、今回の事件は見た目通りの人が怪しい事をして見た目通りの罪を犯したという、なんとも面白みのない事件だった。
だが実際の事件なんてそんなものである。現実にはそういうロマンとかそんなものはないのだ。
「わかりました、ありがとうございます。しかしよりにもよって犯人は隅地先生でしたか……彼の事は信頼していたんですけどね。これが世間に知られたらどうなる事か」
鵯校長はかなり気落ちしている様に見えた。教師の不祥事に良いも悪いもないが、若い新人教師ではなく学園で校長に告ぐ立場にある教頭がその様な行為を行っていたというのはかなりダメージが大きいだろう。
「心中お察しします。ですがそのために自分の様な人間がいます。アフターサービスは行いますか?」
「ええ、追加料金は支払うのでお願いします。被害を受けた事も知らない生徒たちのためにもそちらのほうがいいでしょう」
ただそんな事は関係ない。この不祥事を闇に葬り去るためには事前に準備していた諸々のプランを発動すればいいだけだ。校長は悪魔の取引を受け入れ、俺の思考はボーナスで何を買うべきかそちらにシフトする。
「ひとまず隅地先生は謹慎処分にするとして入試問題はどうしましょうか」
「入試問題?」
「ええ、我が校の入試問題は隅地先生が作成していました。彼はとても優秀で信頼のおける人物でしたから。ただこちらに関してはなんとかします」
「そうですか」
また彼女は別の問題に頭を悩ませるが、流石の俺でも名門校の入試問題を作る事は出来ない。人工知能に任せればそれっぽいものは作れるだろうが、もちろん入試問題は学校にとって最高機密に該当する情報なのでアウトである。
「ところで犯人を捕まえるために仕掛けたカメラですが、どのタイミングで回収すればいいですか? 隅地教頭の盗撮カメラもバレないうちに早めに片付けたほうがいいでしょうが」
「そうですね……今は文化祭の準備やテレビの取材があるので無理にしなくてもいいです。明後日の文化祭が終われば安全に行動出来るのでそれからにしていただければ。ただ、もしよければ文化祭の間に無理のない範囲で一部を回収する事は出来ますか?」
「もちろん可能ですよ。ではまた日を改めてお伺いします」
「はい、ありがとうございました」
話し合いは終了し、しばらくは出来る事もなさそうなので俺は校長室を後にした。ここまで来ればもう依頼は完了したも同然だが、最後まで気を抜かずに仕事をこなすとしよう。
俺は来賓用の出入り口から校舎の外に出る。依頼が終わればこの作業着もしばらく着なくなるのだろう。
その事自体には特に何の感慨もわかない。また悪徳探偵として闇の世界に戻るだけだ。学校という希望溢れる場所は俺みたいな人間には息苦しいしそのほうが気楽である。
「あれ、ようむいんさん。こんにちはー」
「ん、ああ。こんにちは」
学校から脱出する際に最後の障壁としてあらわれたのはもふもふ君だった。彼は相変わらずのほほんとした癒される声で挨拶をし、毒気しかない俺は少し怯んでしまう。
「ようむいんさんもいる? さしいれあまったのー」
「ああ、うん、どうも。娘のお土産にするよ」
もふもふ君はチーズタルトを渡し、断ると警戒されそうなので俺はそれを受け取った。この場で食べても良かったが、長居すべきではないと判断し俺はそれらしい言い訳を告げる。
「そっかー、むすめさんがいるんだね。ならがんばらないとね」
「ええ、はい」
「このしごとははじめて? みないかおだったから」
「臨時で雇われた人間なもんで。文化祭が終わって片付けをすれば無職になります」
「そっかー、さいきんふけいきだもんね。ぼくもまえにはたらいてたかいしゃがにとうさんして、それでこのしごとをはじめたから」
「なかなか世知辛いもふもふなんですね」
「でもいまはみんなのおかげでおみせもきどうにのって、なんとかたべていけるようになったよ」
ニコニコとした笑顔で世間話をするもふもふ君は怪しんではいないが妙に勘が鋭く、俺はボロが出ない様に笑いながら返事をした。曲がりなりにも人気店のオーナー兼パティシエ、洞察力はそれなりにあるらしい。
「あ、むすめさんがいるならふたりぶんひつようだね。はいこれ、ふけいきだけどおたがいがんばろうね」
「ありがとうございます。一緒に食べさせてもらいますよ」
結局もふもふ君は俺の正体に全く気付かず、追加でチーズタルトを渡してぽてちてと去っていく。
やべ、罪の意識と優しさで泣きそうになってくるな……俺がいかに薄汚れた人間なのか嫌というほど思い知らされてしまったよ。
お金なんかよりもこのチーズタルトが今回の依頼で一番のボーナスかもしれない。ニナの奴もきっと喜ぶだろうな。