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1-9 どこか歪な青春

 盗撮と言えばやはり着替えの瞬間だ。なので俺は音楽ホールに向かい犯人を捕まえる作業に取り掛かる。


 学園で一番金がかかっている大聖堂の様な音楽ホールは近くで見るとより大きさを実感し、これがただ単に新興宗教団体が作ったそれっぽいものだとわかっていたはずなのに俺は気圧されてしまった。


 かつてはここで教祖を崇拝していた学園関係者が説法まがいの話をしていたのだろうか。文化祭当日、音楽ホールは本来の役割を与えられバンド演奏や演劇を行うらしい。なのでひっきりなしに着替えもするわけなので盗撮犯も確実にここを狙うはずだ。


 また同時にこの場所は文化祭のイベントで最も盛り上がるはずだろう。何故ならば祭りの主役が登場するのはまさしくこの大聖堂だからだ。


「これでいいか?」

「はい、ありがとうございます!」


 俺は用務員兼業者として堂々と機材の搬入やセッティングを行う。幸いにしてここでの作業は文化祭のイベントとも絡んでいるので怪しまれる事は一切無い。快活そうな女子生徒は感謝の言葉を述べて同級生の元に戻り、俺はその隙にしれっと盗撮カメラをセッティングする。


 テレビクルーは舞台上に立つ難病の少女の一挙手一投足を撮影する。今は体操服を着ているが本番ではちゃんとした衣装を着るのだろう。


 ただ衣装とかそういうレベルではなく演技の技術は普通だった。悪くもないが良くもない、絶妙に弄り難いレベルだ。


 なんとなく中世を舞台にしたラブロマンスっぽいがロミオとジュリエットでもやるのだろうか。俺は適当に横目で見ながら仕事をこなし、怪しまれない程度に着々と準備を行う。


「ミチオ! 私はあなたを受け入れる事は出来ない。もう終わりにしましょう!」

「わかった、それが君の望みならこの物語を終わらせよう、フヨウ。夢を見せてくれてありがとう!」


 しかしそれ以上にシナリオが破綻しており、芝居どうのこうの以前に文化祭レベルである事は明白だった。中世風なのに役名も世界観を無視して本名だし、あくまでも身内で楽しむタイプの演劇らしい。


「ああ、完璧! 流石私の書いたシナリオね! 芙蓉ふようちゃんと道雄みちお君も良かったよ!」

「う、うん」

「良かったのか? うーん。っていうか書いたのは桂里奈かりなじゃなくてゾフィーだろ」


 脚本を担当したムードメーカーらしき桂里奈という少女は出来栄えを自画自賛するが、主演の芙蓉という難病の少女と道雄というチャラチャラした少年はしっくり来ていない様子だった。


 というかシナリオが変だと思ったら脚本を人工知能に書かせたのか。それで作者を気取るとはなかなか厚かましいな。


「だけど確かにそうだね、もっと良く出来るかも。よし、あれこれ修正してみよっか。ゾフィー、修正に良さそうなのアイデアを出して!」

「別に修正するのはいいけど程々にね、もう本番まで練習時間はないし」

「まあまあ、いいじゃない紅葉くれはちゃん! こういう文化祭イベントでよくある間に合うか間に合わないかのギリギリの攻防って青春って感じがするし!」

「うんうん、青春青春!」

「どこまでもついて行くぜ、桂里奈!」


 同級生の紅葉というモブ顔少女は突然の変更を諫めるが、桂里奈は悪びれる様子もなく親しい友人とはしゃいでいた。どうやらリーダー格の彼女は男女問わず慕われている様だ。


「まあいっか、芙蓉が折角勇気を出したのなら私もいいものにしたいからね。芙蓉と道雄もそれでいい?」

「う、うん。私は別にいいよ」

「また台詞を覚えなおさないといけないのかあ。サッカーの練習とか勉強とかいろいろあるんだが……仕方ないか」


 紅葉は空気を読んで苦笑しながら同調し、やや不本意そうだったが芙蓉と道雄もその決定に納得する。


 多少無理があってもクラスの人気者が言えば全てが肯定される、俺はそのどこか歪な光景を見て宗教とよく似ているな、と思ってしまった。


 日常系の漫画ではしばしば憧れの先輩に親衛隊がいてファンに神様扱いされていたりするが、実際に目にするとなかなか不気味である。


 しかしこれは歳を取って夢を無くしてしまったオッサン独自の見解だ。一般的にはこれはただの青春時代の一ページであり、それ以上の深い意味はないのだろう。


「それにとっておきのサプライズ計画もあるからね~、アレはどう組み込もうかな」

「サプライズ計画ってなーに? もう、焦らさずにいい加減教えてよ~」

「慌てない慌てなーい。でもヒントを言うなら衝撃の秘密が暴露されるって感じかな? そりゃもうマヤの予言とかディープステートとか目じゃないくらいの飛び切りの秘密がね!」

「なにそれなにそれ! 聞きたい聞きたい!」

「まあまあ、楽しみにしていてね! あ、ディレクターさんもあの事はくれぐれに内緒にしてくださいね?」

「はは、わかってますって」


 楽し気な桂里奈はなにやらどうでもいい事を考えているらしく、好奇心旺盛な同級生の追跡をかわしながらテレビクルーと内緒話をしていた。どうやら彼女が企んでいるサプライズに関して連中は知っているらしい。


「みんながんばってるね。さしいれもってきたよー」

「わあ! ありがとうございます!」

「それじゃあそろそろ休憩しよっか!」


 そこにスイーツと共にもふもふ君が現れ生徒たちは黄色い歓声を上げた。タダで人気店のスイーツが食べられるなんてなんとも羨ましいが、休憩時間ならば今のうちに自由に動けそうだ。甘いお菓子に夢中になっている間にメインの作業を済ませよう。


「ううむ、美味しそうだけどカロリーが怖いな」

「だよねー。ねえ桂里奈、ちょっとお腹出てきてない?」

「ッ! あはは、気のせいだよ、気のせい!」


 それは何気ない会話だったはずだが、デリカシーのない友人の発言に桂里奈はかなり慌ててしまう。やはり女性だと体重は気になってしまうだろうな。


「でも確かにダイエットしないとなあ、今月お小遣いピンチだししばらくお菓子我慢しようっと」

「まったく、化粧品とかブランド物のバッグとか買い過ぎるからだよ」

「だって目の前にあったら欲しくなるもん! それが女の子だもん!」


 友人に注意された桂里奈はヤケ食い気味にスイーツを貪る。女子高生は何かとお金がかかるが、そんなものを気軽にお小遣いで買えるだなんて流石は名門校、親もかなりの金持ちらしい。


「ほら、芙蓉も一緒に食べよう?」

「うんっ」


 一方少し離れた場所にいた芙蓉と紅葉は仲睦まじく二人きりで一緒に食べていた。人だかりの数では人気者の桂里奈や道雄には劣るが、不思議とこの中の誰よりも幸せそうに見える。


 友人は量より質、大人になると友達が何人いたとかそういうのは何の自慢にもならなくなる。大して親しくもない上辺だけの友人はやがて何もせずとも疎遠になるものだ。


「これ食っていいぞ。俺チーズもタルトも無理だから。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「ん、ありがとう。はいこれ」

「うん、ありがとね」


 道雄はそう言ってチーズタルトを紅葉に押し付け音楽ホールから出て行く。彼女はそれをどうしようか困ってしまったようだが、取りあえず半分こして芙蓉と分け合う事にしたらしい。


 見た感じ特別仲良くはないが嫌っているわけでもない。舞台上とは違い別にそういう関係ではない様だ。


「……………?」


 しかし道雄が音楽ホールから出る時、彼がキョロキョロと周囲を見渡していたのを俺は見逃さなかった。別にそれだけの事だが少し挙動不審だな。


 カメラも全て仕掛けたしそろそろ別の場所に移動しよう。ついでにそれとなく尾行してみるか。

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