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9/11

17:02

 本来は終業時間であるはずの定時を迎えた。

それが権利とはいえ、堂々とこの時間に帰れる人間は多くはない。

五時を迎えたところで、片付けのための準備が始まる。

残務処理の始まったフロアには、黙々としたタイピング音が響いていた。


『今日はお疲れ』

『お疲れさまだったね』

『そろそろあがれそう?』

『まだちょっと無理』

『こっちもまだ終わらない』

『目標18:00で』

『分かった。頑張る』


 送られてきたメッセージに、キーボードを叩く指先が加速する。

議事録なんてものは、さっさと書いてさっさと出すに限る。

特に今回は、堺田チームに先回りされないうちにまとめ上げて部長報告しないと。

上にチクるという目的を果たすなら、絶対に早い方がいいと思うと、力も入る。


 新井室長は煙草休憩なのか、席を外していた。

外周り担当の翔真先輩と宮澤さんは、熱心に打ち合わせを続けている。

堺田チームから外された仕事がうちに回ってくることを予測して、取り引き先の情報交換をしているのだろう。

今回プレゼンした担当も新しく増えることだし、仕事の分担も必要だ。

藤中くんは相変わらず甲斐くんを捕まえて、データの見方と発注のコツを教え込んでいる。


「じゃ、僕たちはそろそろ失礼するよ」


 一番最初に立ち上がったのは、翔真先輩と宮澤さんだった。


「翔真先輩、お疲れさまでした。宮澤さんもお疲れ」


 そう言った私に、彼女は突然、鼻先まで顔を寄せてきた。


「あの、天野先輩」

「ん? なに?」

「ずっと言おうと思ってたんですけど、今日のカッコウ、めっちゃ可愛いです」

「え? どれどれ? ふふふ。本当だね」

「あー……」


 翔真先輩に笑われている。

だけど宮澤さんから褒められるってことは、大丈夫ってことだよね。


「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい」

「お幸せに」


 あはは。

まだ仕事を続けていた、藤中くんと甲斐くんもこちらを振り返った。


「天野先輩は、いつでも可愛いですけどね」

「別にそんな取って付けたように気を遣ってくれなくてもいいんで!」

「うわー。照れてるよ」


 藤中くんのけだるい目が、私を見下ろす。


「ま、別になんだっていいんだけどね」


 それはどういう意味なんだろう。


「じゃ、お先に失礼しまーす」

「僕もお先に」


 宮澤さんと翔真先輩がフロアを出て行く。


「藤中くんと甲斐くんはまだなの?」

「もうちょっと」


 そう言った甲斐くんの目が、じっと私を見つめた。


「天野さんは、まだ時間かかりそうですか?」

「まぁね。でももうちょっとで終わるから」

「今回の議事録は書くこと多いですもんね」


 少し申し訳なさそうに視線を反らす彼に、やっぱり私は自分の中の何かをくすぐられるようだ。


「大丈夫よ。議事録なんてものは、書き慣れれば早いもんだし。今日中にさっさと終わらせておきたいだけだから」

「そうだぞ、元稀。天野さんには明日から、またこっちも手伝ってもらわないといけないんだから」

「はい。そうでした」

「俺たちもさっさと終わらせるぞ」


 作業に戻った二人の背中を見て、もう一度気合いを入れ直す。

私も頑張らないと、約束の時間に遅れちゃう。

卓上には、飲みかけの紅茶が入ったマグカップが残されていた。

これはもう先に洗って、片付けておこう。

ちらりと壁にかかった時計を見上げる。

時刻は十七時二十五分を過ぎていた。


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