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受付から連絡が入り、今回が初めての顔合わせとなる取り引き先の方々が会議室に入ってきた。
チームの外渉担当である宮澤さんと翔真先輩が出迎えに向かい、新井室長と名刺を交わす。
「初めまして。よろしくお願いしますね」
新井室長は長い髪をシュシュで後ろ一つにまとめていた。
黒縁眼鏡の奥で、細い目が知的に輝く。
「本日は顔合わせを楽しみにしていました。こちらこそよろしくお願いします」
やって来たのは、中堅二人と若手一人といったところの、男性社員三人だった。
さっそく新井室長の見目麗しいお姿に、目がくらんでいる感じがかわいらしい。
「失礼! ちょっといいかな」
不意にドアが乱暴に押し開けられ、同じ部署の堺田室長と上山さんが現れた。
堺田室長はうちの新井室長と同期の男性社員で、社内で互いにシノギを削り合う正真正銘のライバル……というより、敵だ。
「あーら。社内コンペで今回の企画獲得に敗北した堺田チームが、一体何のご用かしら?」
「あはは。新井室長。今回はぜひ勉強させて欲しくってね。うちの部署で一番のトップセールを誇る新井チームの新規開拓案件だ。今後の会社利益向上のためにも、互いに情報共有と意見交換は必要だろう?」
厄介なことになった。
これから重要な初顔合わせだというのに、よりにもよって一番面倒な人たちが乱入してきてしまった。
何が気に入らないのか、いつも新井チームに難癖のようなものをふっかけてくる。
堺田室長はジムで鍛えた三十二歳のガッシリした筋肉質な体つきをしている。
背格好も問題なくいい歳した大人なのに、とにかく性格がねちっこくてイヤらしい。
それでも、会社のためと言われると断れない。
彼らの魂胆は分かっている。
社内コンペでギリギリでうちのチームが勝ち取ったこの案件を、あわよくば取り引き先にけしかけて横取りしようっていう計画だ。
「ははは。それは面白いですね。うちとしても、いい条件で取り引き出来るのに越したことはありませんので」
「では許可も頂いたということで。こちらで見学させていただきますね」
ニコッと含みのある笑みを浮かべ、一ミリの躊躇もなく空いていた席に腰を下ろした。
堺田室長の片腕である上山さんは、早速持参したノートPCを開くと、電源を繋いで立ち上げる。
上山さんが眼鏡の中央を機敏に持ち上げた。
「堺田室長。準備できました」
「よし。じゃあ始めようか」
上山さんの声に、堺田室長がプレゼン開始の合図を出す。
「ふん。こんな大事な会議に、礼儀も覚えていないような新人を当てるとはね。キミが今回のプレゼンターなのか? まぁいいだろ。準備は出来てるんだろうな」
自分のチームの案件じゃないのに、何を勝手に仕切ってんの?
突然の乱入にイラついているのは、私だけじゃない。
ここにいるチーム全員が不快に思っている。
だけど、そんなことを取り引き先に気取られるわけにもいかない。
「じゃ、甲斐くん。よろしくね」
新井室長が改めて合図を出す。
細めの眉は完全に怒りにつり上がってたけど、この状況が逆に甲斐くんだけでなく、チーム全体の闘志にも火を付けた。
「よろしくお願いします」
甲斐くんが取り引き先の三人に頭を下げ、翔真先輩が部屋の明かりを消した。
彼を見守る私の目にも気合いが入る。
午前中、ずっと資料を作っていた私と藤中くんの頭の中には、完璧に内容は入っていた。
新井室長は両腕を組みどっしりと構え、その横で宮澤さんは情報収集のためスマホを操作しまくっている。
最初の表紙扉が浮かび上がった。
「まずは今回、プレゼンの機会を頂けたことに感謝いたします。我が社のコンセプトである……」
甲斐くんの、デビュー戦が始まった。