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それにしても、バーガーがデカい。
ネットでよくみる巨大バーガーのありえない大きさ設定が、そのまま隣の客席テーブルの上にのっかっている。
情報通の宮澤さんオススメということで来てはみたものの、こんなお店、会社仲間で来るところじゃないでしょ。
大手チェーン店ではない、地元個人経営のバーガー屋さん。
古き良きアメリカンな雰囲気のお店で、壁の至る所にステッカーだとか、レトロカーの写真が飾られている。
木製のカウンターと客席は黒に近い焦げ茶色をしていて、車のハンドルやランプなんかも飾ってある。
席についてしばらくすると、それぞれに注文した品がテーブルに運ばれてきた。
甲斐くんと宮澤さんは何度か来たことがあるらしく、慣れた雰囲気で今週の店長オススメメニューを頼んでいた。
甲斐くんは口の周りにソースがつこうが手が汚れようが、全く気にしないで黙々とかぶりついてる。
宮澤さんもだ。
「なんか意外。甲斐くんがガツガツ行くのは分かるけど、宮澤さんも手が汚れたりする食べにくいの、結構平気なんだね」
「だって、こういうお店って友達なんかとは来にくいじゃないですか」
「そ、そうだよね。一般的な女子は避けるかなーと。あくまで一般的な話だけど」
「でしょ? 友達とか知り合いと一緒の時にこういう店選ぶと、嫌がられる確率高いじゃないですか。その点、職場の人だと気にならないっていうか」
「そうなんだ」
普通は逆のような気がするけど。
「かといって一人では来にくいし。でも食べたいし。だったら一番気を遣わない職場の人たちで来るのがベストかなって」
「なるほど?」
「え? 天野さんは、そういうの気にするタイプでした?」
「いや。私は何とも思わないよ」
「ですよね」
「俺もー」
よく分からないけど、美味しく食べれるのなら、それが一番。
二人が黙々とバーガーにかぶりついている一方で、新井室長は肉厚ビーフバーガーという、店内でもトップクラスのボリュームバーガーを注文していた。
大きなバンズに、肉厚ビーフステーキと、輪切りのトマト、レタスとアボカドが挟んである。
室長は運ばれて来たバーガーをナイフとフォークで一つ一つ解体すると、それらの具材を丁寧により分け、普通に切り分けて食べている。
もはや同じソースのかかった同じ味付けのグリル焼きランチだ。
藤中くんに至っては、バーガー屋さんに来ていながらバーガーを頼んでいない。
サイドメニューのチキンナゲットだけを、ボソボソと口に運んでいる。
「俺、最近油モノ苦手になっちゃって」
「そのわりには、ナゲットって。結局から揚げじゃない?」
「ちょっと、藤中さん。ナゲットをから揚げって言わないでくださいよ」
宮澤さんの突っ込みも、彼にはどこ吹く風だ。
「室長は肉とか平気ですか」
「藤中もちゃんと肉食いなさい」
「いや、ナゲットも肉っす。そこそこボリュームありますよ。これ」
そう言って持ち上げたナゲットは、一ピースで私の握りこぶしくらいの大きさがある。
「てゆーかさ……」
藤中くんの視線が私に向けられる。
それと同期するように、テーブルにいた全員が私を振り返った。
「天野さんの、サラダだけってのはないわー」
「ですよね」
「なんでついて来た?」
「それこそ空気読んでないですよね」
「いま、ダイエット中なの!」
それに、だって、だって今日はこのあと……。
「はい。あげる」
甲斐くんが、自分の皿に乗った厚切りフライドポテトを一本手にした。
「あーん。ほら、口開けて?」
にこにこと無邪気な顔でそう言われると、なんとなく拒否出来ない。
仕方なく口を開けると、彼はそこにポテトを突っ込んだ。
「ね、美味しいよ」
「ダイエットとかって、天野さん十分細いですよね。それ、めっちゃ食べてる私に対するイヤミですか?」
宮澤さんまで、自分のポテトを私に差し出す。
「私のダイエットにも、もちろん協力してくれますよね」
彼女の手から、二本目が口にねじ込まれる。
「肉食えって、いつも言ってるよね」
今度は室長から、フォークに刺さった厚切りビーフのひとかけら。
「はい。よく食べました」
「いや、もういいですって!」
「え? 待って。俺のナゲットはどうなるの?」
藤中くんは、自分が半分かじったナゲットを私に食べさせるつもりだったらしい。
「いや、さすがにそれはちょっと。いらないから」
「……。えー。ショックー」
口いっぱいのポテトとお肉を、もぐもぐして何とか飲み込む。
「こちそうさまー。じゃ私、メイク直ししたいから先あがりますね」
「あ、俺も先に出ます」
宮澤さんが席を立つのと同時に、甲斐くんもその場を離れた。
「おー。午後からの会議よろしく」
「室長、お先でーす」
一足早く会計を済ませ、本当にメイクを直しに行く宮澤さんと、きっと資料作りの続きをしにいく甲斐くんが会社に戻ってゆく。
昼休みは終わりを迎えていた。