働かざる者食うべからず
私は今掃除用具入れのロッカーに閉じ込められ、お情けで死なないだけの食事と水を与えられ生きていた。
こんな事になったのは20年前のあの日に起因する。
中高一貫の女学校に勤務する教師だった私はあの日、休日にもかかわらず担当する部の部員たちと共に部の備品整理を行っていた。
そろそろ昼食を摂ろうかと思った時、突然スマホからJアラートの警報音が鳴り響く。
スマホを見ると、北半島国から中距離弾道ミサイルらしき物が発射されたという警報。
何時ものように頭上を飛び越えて行くだけだろうと思ったが、念の為にと生徒たちと共に学校の地下に造られた核シェルターに避難する。
核シェルターの扉をロックしてシェルター内のモニターでテレビのニュースを見ていたら、北半島国が発射した中距離弾道ミサイルは我が国に到達する前に海上で撃墜されたと流れた。
ヤレヤレと思いながら核シェルターから外に出ようとしたら、扉のロックが解除されず出られない。
そして核シェルターを管理するコンピューターの警告の音声がシェルター内に流れた。
「核シェルター外の空気に未知の病原菌を探知しました、此の病原菌の安全性が確認できるまで扉のロックは解除されません」
病原菌とは何の事だとテレビのニュースを見る。
そうあの忌まわしいゾンビ菌が世界に放たれていたのだ。
北半島国にしてみれは迎撃されようとされまいと何処で中距離弾道ミサイルが爆発しても構わなかったのだろう。
何故ならゾンビ菌は偏西風によって全世界に拡散されたのだから。
私たちは此の核シェルターから出られない事を知る。
出られないと知っても私たちはそれほど悲観しなかった。
何故なら学校の下に造られた此の核シェルターは、学校の全生徒と教職員約3000人が10年間籠もれるだけの食料や生活必需品が備蓄され、その10年の間も勉学が続けられるように体育館や図書館など普通の学校にならある全ての物が備わっていたからだ。
私と30数人の生徒たちだけが籠もるなら100年以上籠もっても大丈夫だろうから。
寧ろ私は男は私1人でピチピチギャル(死語)が約30数人で、ハーレムだと喜んだのを覚えている。
そう最初は良かった、まだ50代前半だった私はまだまだ精力も衰えておらず、2〜30代の奴らと同じくらい頑張れた。
ハーレムを作ると義務も生じるという事を知っているだろうか?
その義務とはハーレムを構成する女性たち全てを均等に愛し、均等に快感を与えなくてはならないと言う義務。
だから最初は性に興味津々でそれなりに性欲がある30数人の女の子たち全員を満足させる事が出来た。
その義務を果たすため私はシェルター内での全ての作業を免除される。
だがあれから20年経って70を過ぎた私には、まだ30代で性欲が衰えていない女性たちを満足させる事なんて無理。
シェルター内での作業を何も行わず女性たちを満足させられない私はお役御免となり、「働かざる者食うべからず」だと言われ、最低限の食事と水だけを与えられて掃除用具入れのロッカーに隔離されているって訳なのだ。