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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ
9/49

9 家族

 その日の夜。

 時間は九時を回っている。

 夕飯を終えて銭湯に行ったあと、屋敷に帰るなり昴さんは出かけてしまい、今私はひとりぼっちだ。

 早く寝よう。

 そう思い布団に入るけれど……昨日とうってかわって全然寝付けなかった。

 昨日は一晩中走ってうちまで行って、全然寝ていなかったから疲れて眠れたんだろうけど……今日は違う。

 そこまで疲れることをしていないし、頭の中を利一さんのことがチラついてしまう。

 あの日の夜、なぜか別の部屋でひとりで寝るように言われて、寝てたら利一さんが部屋にいた。

 そして、布団を引きはがされて寝間着に手を掛けられて……

 思い出しただけで身体が震えてくる。

 皆知ってて、私をひとりで寝かせたんだろうな。

 そう思うと裏切られたみたいで悲しすぎる。

 そして、利一さんに襲われて夢中で逃げ出して、ここにたどり着いた。

 あれは月曜日の夜で、今日が水曜日だから……まだ二日しか経ってないんだ。

 やだ、涙が出てきた。

 どうしよう……怖い。

 ここは安全なはずだ。

 昴さんの家だし、利一さんは私がどこにいるかなんてわからないはずだから。

 なのに……

 怖い。

 だって利一さん、わざわざ私を追いかけてきたんだもの。

 また私の前に現れる可能性はじゅうぶんある。

 こんな想いをするなら、思い切って殺しておけばよかった。

 私をあんな目に合わせたんだから。


 


 結局ほとんど寝ることが出来なくて、ふらふらと起きて着替えをし、廊下に出た。

 すると今日は昨日と違う女の子が雑巾がけをしていた。

 ぼたんちゃんよりは年が上で、たしかめいこ、って名前だと聞いた。

 ぼたんちゃんが七歳で、めいこちゃんは十歳だと言っていたっけ。

 くりくり、とした目の彼女は私を見るとにこにこ笑い、言った。


「おはようございます!」


「あ、お、おはよう、ございます」


 言いながら私は頭を下げる。

 彼女は私の顔をじっと見つめて首を傾げた。


「あれ、すごく疲れてる顔してるけどねむれなかったの?」


「え、う、うん……ちょっとね……」


 ほとんど眠れなかったんだから顔に思いきり出るよね……


「怖い夢でも見たの?」


 怖い夢、ならどんなによかっただろう。

 あれは夢じゃない。

 それでも私は無理やり笑顔を作って、


「大丈夫」


 と答える。


「昴様はね、ひとりでは眠れないんだって。私もそうだからすっごくわかる。お姉ちゃんも誰かと一緒に寝たらきっと怖くないよ!」


 昴さんがひとりで眠れないって話、こんな小さい子まで知ってるんだ。

 でもなんでひとりじゃ眠れないんだろう?

 

「誰かと一緒かぁ……」


 そう言われても一緒に寝る相手なんていない。

 

「そうだよ! 私はぼたんと一緒に寝てるんだ! 私もぼたんも、鬼の夢見て泣いちゃうことあるけど、ふたりで一緒にいるから平気なんだ!」


 鬼の夢……?

 それってどういう……

 なんだか引っかかるけどめいこちゃんは、掃除があるから、と言い雑巾がけを再開した。

 めいこちゃんとぼたんちゃんは孤児だと聞いた。

 昴さんが拾ってきたと。

 もしかして……家族が鬼に殺されたのかな。

 そうは思うものの確認なんてできるわけがなく、私はいそいそと台所へと向かった。

 食事の用意が終わり食卓に行くと、眠そうな顔をした昴さんが新聞を見ていた。

 昨夜も遊郭に行っていたんだろうな。

 誰かと一緒になら眠れるか……

 この家にいるのは昴さんだけだし……でも昴さんは夜、家にいない。

 そうなると今夜も眠れないかな、私。


「今日は午前中、加賀子爵の家に行ってくるよ。夜はいないからよろしく」


「かしこまりました」


 そんな昴さんの言葉が聞こえてくる。そうだよね、夜はいないんだもんね。

 今夜も私、この広いお屋敷にひとりか。

 そう思うと無性に寂しさが広がっていく。

 朝食を終え、片づけをしようとすると昴さんに呼ばれた。


「ねえ、ちょっと来て」


「え、あ……はい」


 来て、と呼ばれて後を着いて行くと、連れて行かれたのは書斎だった。

 いったい何の用だろう……

 中に入るなり、昴さんは私の頭に手を触れて言った。


「何かあった?」


「え……い、いいえ何もないです」


 夜眠れなかったけど、それは大したことじゃないし……

 頭に触れた手が、なんだか温かい。

 

「そう、ならいいけど」


 言葉と共に頭に触れていた手が離れていってしまう。

 何でだろう、さっきまで寂しさとか哀しさとかあったのに、今はそんな気持ち、どこかにいってしまったみたいだ。


「あ、あの……」


「なに」


「いつも、夜は遊郭で寝ているんですか……?」


「混んでいなければね」


 遊郭って混むことあるんだ。


「なんで遊郭で寝ようって……」


「それは……」


 と言い、昴さんは気恥ずかしそうに視線をそらす。


「家族が死んで、最初の一年は敬次郎たちの家族と一緒に寝ていたけれど……いつまでも一緒にいるわけにもいかないし。でもひとりでこの家を使うようになってからは、ずっと外で寝てて、家で寝られたことはないかも」


「ご家族はいつ……」


「僕が十二の時だから……九年前かな」


 っていうことは、昴さんは二十一なんだ。

 でもちょっと待って? 家族全員同じ時期に死んだって事?

 事故かなにかだろうか。まさか一家心中とか?

 でもひとりだけ生き残るって哀しすぎる……

 

「ど、どうして亡くなったんですか?」


 遠慮がちに尋ねると、ぴきーん、と空気が張りつめたような気がした。

 き、聞いたらまずかったかな……

 私は俯き、


「すみません」


 と、消え入る声で言う。

 知り合ってまだちょっとしかたっていないし、そんなことおいそれと聞くことじゃないよね。

 反省していると、昴さんの声が聞こえてきた。

 

「殺された」


 静かな、冷たい声が響く。

 殺された……?


「え、あ……それってどういう……」


 顔を上げておそるおそる尋ねると、昴さんは下を俯き、怖い顔をしていた。

 殺されたって……いったい誰にそんなこと。

 

「その話は今するつもりはないよ。じゃあ僕は出かけるから」


 冷たい声で言い、昴さんは私から離れて書斎を出て行ってしまった。

 どうして私をここに呼んだんだろう……

 頭に触れたかっただけ……?

 そんなわけないか。

 不思議な人だな、昴さんて。 

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