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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ
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8 神社で

 私は昴さんと共に夕暮れの通りを歩いていた。

 九月の半ば。日中はまだ暑い日が多いけど、日が暮れると風が冷たくて気持ちがいい。

 昴さんの屋敷から歩いて三十分ほどの場所にある神社に着くと、夕闇の中にそれはいた。


「……何、ですか、あれ……」


 呆然と私は呟き、それを指差す。


「何って、石だよ」


 何事でもないように昴さんが言う。

 確かに石だけど……

 神社の境内を大きな青い石が、ちりんちりん、と音を立てて転がっている。

 大きさは、大人が腕を回して一周はできるかな、ていうくらいだけど、持ち上げるのは無理だろう。

 岩というには小さいけど、石というには大きい。

 それが楽しそうに神社の境内を転がりまわっている。

 ……何なのこれ?


「何で……石が勝手に転がってるんですか?」


「さあ、何でだろう」


 何事でもない様に言い、昴さんは石を見つめている。


「え、怖くないですか?」


 言いながら、私は昴さんが着ているマントを掴んだ。

 石は、ちゃんと木や狛犬にぶつかりそうになるとちゃんと避けて、境内を自由に転がりまわっている。


「怖いかなぁ。神主も氏子たちも怖いから何とかしてくれ、て言うんだけど……転がってるだけで実害はないんだよね」


「え、あ……でも何で転がってるのかわからないのって怖くないですか……?」


 わからないってことは、それだけで怖いものになるんじゃないだろうか。

 私の言葉に昴さんは目を瞬かせて顎に手をあてる。


「わからないものへの恐怖……そうか、あの石、ただ転がってるだけだから僕としては放っておいてもいいと思っていたんだけど……怖いから、ていう理由は考慮していいかもね」


「そ、そうです怖いです。」


 言いながら私は何度も頷く。


「じゃあ、君がおとりになってくれるかな?」


 にこやかな笑顔で私の方を向き、昴さんは言った。

 ……おとり? てなに?

 呆然としてると、昴さんは言葉を続ける。


「とりあえず、あの石の前に出てほしいんだ。この間来たときは逃げられちゃって」


「え? あ、そ、そんなことしたら石にぶつかっちゃうんじゃあ……」


 恐怖からだろう、声が震えてしまう。

 すると、昴さんは私の肩にそっと手を置いて、


「大丈夫だよ」


 と、笑顔で言った。

 す、昴さんが大丈夫、て言うなら大丈夫……なのかな……?

 私は小さく頷き、


「わかりました」


 と呟いて、昴さんのマントから手を離して石の方を向いた。

 必要とされてるんだからがんばらなきゃ。

 私はぎゅっと手を握りしめて、転がりまわる石の前に出た。

 すると石は、私の手前でぴたり、と止まる。

 まるで悩むかのように横に揺れたあと、向きを変えたので私は石の正面に移動する。

 すると石はぴたり、と止まり、また悩むかのようにゆらゆらと揺れた。

 ……何これ。


「やっぱりこの石、人に危害を加えるつもりはないみたいだね」


 昴さんの、感心した様な声が聞こえてくる。


「あ……だからどっちに行こうか悩んでる……んですかね……?」


「そうだねぇ……僕の時はさっさと逃げ出したんだけど、相手をみて行動を決めているのかなあ」


 と言い、昴さんは石に歩み寄ると、その石に手を触れた。


「遊びの時間は終わりだよ。君は元の場所に帰って眠るんだ」


 そう昴さんが声をかけると石はごろん、と向きを変えて転がりだしそして、境内の片隅へと向かっていった。

 あとをつけていくと、石がのっていたと思われる土台が目についた。

 石はその土台にのっかると、ぴたり、と動かなくなってしまった。

 そして、その土台の横には屋根のような三角形の石が落ちている。


「これ……」


「この石を封印していたものだよ。誰かが落としたんだろうね」


 言いながら、昴さんは三角形の石に触れた。


「落としたって……」


 その石はかなり重そうだ。

 大人の男の人でも動かすのは無理じゃないかな。

 なのに三角形の石はふわり、と浮かび、丸い石の上にのっかる。

 ……何これ、すごい……

 石が浮かぶなんて……どうなってるんだろう……?

 呆然としていると、昴さんは三角形の石から手を離し、パン! と大きく手を叩き何か言い始める。

 聞いたことのない言葉だけど何だろう。

 しばらくすると石が強い光を放ち、眩しさに思わず目をつむる。

 そして次に目を開けたとき、光はなくなりただ静かに石がそこにあるだけだった。


「こ、これで大丈夫……なんですか……?」


 おそるおそる尋ねると、昴さんは石を見つめたまま頷く。


「大丈夫だよ。封印したし」


 封印……って、昔話で聞いたことあるけど本当にそんなことできるんだ。


「この石……一体何なんですか……?」


「石だよ」


 それは見ればわかる。

 でも石はふつう、あんなふうに転がり回らない。


「昔、飢饉があった時にこの石が町中を転がりまわって人々を恐怖に陥れたらしいよ。それで噂が広まって人が寄り付かなくなっちゃったんだって。それでここの神主が石を封じたっていう昔話が残ってる」


 ……あ、転がりまわるだけなんだ。

 意味わかんないけど怖いものは怖いよね……


「そんなことあるんですね……」


「これは害がないことはわかってたし。君が足止めしてくれたから簡単に捕まえられたよ。ありがとう」


 そして、昴さんはこちらを振り返り笑ってみせた。

 その顔を見て、私は思わず下を向く。

 役にたててよかった……

 私にもできることあるんだ。


「追いかけ回されることもあり得たから、動きやすい服装させたんだけど……あの石にそんなつもりはなくてよかったよ」


「あ、確かに……なんだか避けようとしてました……よね?」


「人に害なすものばかりじゃないからね、あやかしは」


 そうなんだ……

 あやかしって、怖いものだと思ってた。

 だって、昔話にでてくるヤマンバや鬼はとても怖いものだから。


「次は……土曜日に。そっちも害はないんだけど、気味悪がってるから」


 またお仕事の手伝いができるんだ。

 そう思うと嬉しくて、私は顔を上げて答えた。


「あ、ありがとうございます」


 そう私が笑顔で言うと、昴さんは不思議そうな顔になる。


「なんで礼なんて言うの?」


「あ、えーと……あの、お役に立てるのが嬉しいから……」


 奉公先では毎日仕事づめで、礼なんて言われたこと殆どない。

 お嬢さん以外は皆、何かに追われるように生きていて、余裕がなくって遅いって怒られることと多かった。


「何かをしてもらったらお礼はいうものだけど、僕が君に何かをしたわけじゃないし」


「そ、そうなんですけど……私、なんて言えばいいのかわかんなくて……」


 でも、嬉しいってことは伝えたかった。


「そう。とりあえずご飯食べに行ってお風呂に行こうか。君を家に送ったら僕はまた外に出るから」


 それってつまり、また、遊郭に行くってことかな。

 そうなると私、夜はあのお屋敷にひとりきりか……

 昨日はぐっすり眠れたけど今日は大丈夫かな。

 すこし不安になりながら、私は昴さんと一緒に神社を後にした。

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